悪魔が人を滅ぼす日
「さて、人類最後の町を占領するときがやってきました」
豪華な天幕の中で白のフロックコートの男――ウィル・コンスタギオンは薄い笑みを浮かべていた。
「新しい水のレートリヒカイトが反対をしなければ、もっと早くに終わらせることができていたのですがねぇ」
手には血のように赤いワインが入ったグラス、視線の先には軍略図があった。
そこに描かれているのは振り落としの町ドライクルだ。
『ゲヒャヒャヒャ! 本当にここまで長かったなぁ! 無駄によぉ!』
この天幕の中にはウィル以外いないのだが、彼ではない声が聞こえてきている。
「七大悪魔王、蟲のヴィアラスカ……」
ウィルが声をかけた先には、一本の管のようなものがあった。
よく見るとそこには小さな目と口が付いており、それが外から伸びてきている触手だとわかる。
「気持ちはわかりますが、少々耳に響きます」
『おぉっとぉ! こいつァ失礼したぜ! オレ様は小さいテメェの気持ちなんてわからねぇからなぁ! ゲッヒャッヒャッヒャッヒャ!』
「……まったく」
ヴィアラスカは、ヤスリで金属を削るような大声で笑う。
ウィルは不快極まりないという表情だ。
『……テメェ、毒のゼンメルヴァイツ……。いかにも三下を見るような目だなぁ、オイ……』
「ええ、正直なところアナタの性格は三下にも劣ります。ですが、その力は認めていますよ」
『ケッ、せいぜい戦場で人間と間違われて潰されねぇようになぁ……! これから町すべてを蹂躙してやるぜ……やっとやっとやーっと皆殺しだ……! 新しい人間の死体コレクションが待ち遠しいぜ……!』
触手はシュルッと外へ引っ込んでいってしまった。
それと入れ違いで入ってきたのは、赤いローブで姿を隠した男だ。
低く枯れ気味な声で話しかけてくる。
「……いいのか?」
「ええ、構いません。どうせもう、これで最後なのですから」
「悪魔が人を滅ぼす日……か」
「ただのつまらない日です」
この天幕を含む一帯は日中なのに日陰になっている。
それは外にいる、山と見間違うような超巨大な悪魔――蟲のヴィアラスカが陽を遮ってしまっているからだった。