極限環境
ミースはまどろんだ意識の中で藻掻いていた。
(腕が動かない……いや、身体全体が動かない……。疲労や、砂漠の暑さで起きる症状としてはおかしい。直前にあったことといえば……サンドワームの体液を浴びてしまったことか?)
サンドワームの体液には生き物を麻痺状態にさせる効果がある。
今回は倒しきったから良かったが、これを中途半端に斬り込んでしまった場合は一方的に蹂躙されることとなっただろう。
(まずいな……瞼も痙攣して開かない。オマケに砂漠が夜になったのか、すごい肌寒くなってきてしまった……。ヘタしたら凍死するかもしれない……)
ミースは恐怖を感じた。
それは死ぬのが怖いのではない。
死んだあと、ひとりぼっちになったルーがどうなるかという恐怖だ。
それを考えると居ても立っても居られない。
痺れて動かないはずの身体で必死に足掻き、何とか口だけを辛うじて動かす。
「ルー……さん……。大丈夫……?」
擦れた声で上手く発音できていない。
ルーに伝わるだろうか。
そもそも、ルーはまだ近くにいるのだろうか。
ミースを見限って、一人でドライクルを目指した可能性もある。
(生きる気力を持って、俺を振り落としにかけてくれたなら、それはそれで喜ばしいことだな……)
そう考えていると、何か音が聞こえた。
近付いてくる音。
布をバサバサと振るような音。
誰かが寄り添ってきた。
包まれる、暖かい。
「ミース……死んじゃやだ……ミース……一人にしないで……。ミースが死んだら、もう誰も……」
そんなルーの弱々しい声がずっと聞こえ続けた。
***
目が覚めると既に夜が明けていた。
眩しいのだが、まだ暑すぎない。
極寒と灼熱の顔を持つ、過酷な砂漠の中間という不思議な時間だ。
「暖かい……」
まだ明るさに目が慣れないのだが、身体は動くようになっていた。
どうやらサンドワームの痺れ毒はそこまでではなかったようだ。
次に、スゥスゥと穏やかな寝息が横から聞こえた。
「ルーさん……温めてくれていたんだね」
ようやく光に慣れてきて見えたのは、毛布やマントを重ねて一緒にくるまり、密着して寝ているルーの姿だった。
夜の寒さで凍死してしまいそうなミースを助けてくれたのだろう。
「ありがとう」
ルーは戦う力を失ってただの十歳の少女になってしまったが、その根っこの部分の優しい気持ちなどは変わらないのだろう。
彼女を起こさないようにしながら離れ、簡単な朝食を用意することにした。
二人で朝食を食べて、再び暑くなってきた砂漠を出発することにした。
ラクダがいなくなってしまったので徒歩だ。
無事だった荷物を背負い、ひたすらに進んでいく。
「歩くだけで体力の消費が激しいな……何でみんなラクダを使っているのか良く分かる……」
砂漠の横断は、距離だけでいえばそこまでのものではない。
成人男性が数日で余裕を持って歩く距離でドライクルに到着するだろう。
しかし、砂漠を歩いたことの無い人間にも分かりやすくたとえると――平地と山で歩く距離は同じでも、その難易度までも同じと言えない感じだ。
山でも直線距離だけなら大したことはないが、未整備の道、傾斜、空気、補給ができないなどの要因で難易度が上がる。
ただ歩くという行為は、場所によってはとても過酷なものになるのだ。
(俺はスタミナがあるからまだ平気だけど、ルーさんはきつそうだ……)
感情の起伏が少なくなってしまったルーは無言のままミースに付いてきている。
跳躍しないその歩幅は想像以上に小さく、ミースは時折後ろを向いてペースを合わせている。
それも徐々に回数が多くなってきた。
(このままでは倒れてしまうかもしれない……)
ラクダの荷物の大半がなくなってしまったため、もう水の余裕も少ない。
このまま倒れてからでは遅いと考え、ルーの方に振り返って近付いた。
ルーは何をされるかわからず、表情を変えないまま立ち止まる。
「ルーさん、ちょっとだけごめん」
「……え、へいき……」
ここでは何かあっても治療はできないし、無理をさせるわけにはいかない。
ミースは問答無用でルーの身体を持ち上げ、そのまま両手で抱えた。
「少しだけ揺れると思う! だから――」
「……つかまる」
「うん!」
ミースは全力疾走で砂漠を走り始めた。
凪の砂漠は空気中に余分なものがなく、いつもより速度が出るような気がする。
こんなときだが、若干の気持ちよさを感じてしまう。
ついに一週間後の9月30日に、この親ガチャ大逆転の書籍版が発売されます!
活動報告の方に表紙イラストも含めた情報が公開されているので、ぜひ見に来て頂けると幸いです。
また、今日の夜から発売日までの七日間連続でキャラクターデザインの公開を行いたいと思います。
よろしくお願いします!