隠れる人
最寄り駅からの帰り道。すっかり日が落ちてしまっているが、夏場の今は、歩いているだけで、じっとりと汗ばんで気持ち悪い。
都心というには鄙びていて、田舎というには開発が進んでいるこのあたりは、国道を含めた大通りから一歩逸れてしまえば、昔ながらの一軒家や小さなアパートが立ち並ぶ。この時間帯は、カーテンや時にはシャッターさえも閉めてしまっている家が多くて、人気が全然感じられない。最近は切れてしまった街灯が、そのままLEDライトに取り換えられることも多い。等間隔に並ぶ、眩しいほどの白い光は、何だか落ち着かない気分にさせられる。
街灯が眩しいせいか、家々は、外から眺めてみるとより暗く静まり返って見える。その窓になんとなく視線をやる時に、誰かがじっとこちらを見ていたら、怖いなと思った。暗い窓の奥、人間の形をした闇が佇んでいる。この家も、その隣の家も。街灯の中に照らされてとぼとぼと歩く人間を、たくさんの目が見張るように追いかける。……なんてね。
ぱ、と無遠慮に防犯灯がつくのに、顔をしかめた。
車庫の奥、車の脇を通り抜けて、扉を開ける。ローンを返し終わった一軒家は新築の綺麗さはない。長年人が住んでいたとわかる独特の雰囲気がある。
「ただいまー」
ぱたぱたとTシャツの襟もとをつまんで声をかければ、リビングからはバラエティー番組のオーバーリアクションなタレントの声が聞こえてくる。定年を過ぎた父親が、ビール片手に眺めているそんな光景を浮かべつつ、洗面所で手洗いうがいを済ませてから、リビングに向かった。
「ちょっとごめんね」
決して広くはない台所で、母親に声をかけて冷蔵庫に向かった。母親の隣で、よく冷えた麦茶をグラスに入れて一気にあおる。ふう、と息をついてから、階段を上がって、二階のすぐ右手の部屋に荷物を放り込む。それから、さらにその奥の部屋に向かった。小学校の頃から惰性でかけられ続けているネームプレートをつまんで落とす。ノックのつもりだ。
「おーい。生きてる?」
直後、がん、と扉の向こうで殴ったような、物をぶつけたような音がした。元気そうだ、と安心して、廊下を引き返す。仕事をクビになってから、すっかり部屋にひきこもってしまってしまったのだ。後で食事を差し入れよう。
リビングに戻ったところで、最新式のドアホンがぴかぴかと光っているのに気づく。録画を確認すると、どうやら昼間に訊ねに来た人がいたようだ。ああ、そういえば郵便受けを確認するのを忘れていたと気づく。チャイムを押して応答を待っている男性の姿をじっと見つめて、ため息を吐いた。
とん、とん、とん。もう一度階段を上がる。今回は少し早かった。隠れる場所には気をつけたつもりだから、鬼が賢くなっているのかもしれない。二階の奥の部屋の前で、今度はドアプレートではなく、外からかける鍵を外した。どさり、と倒れてきたのを避ければ、もぞもぞと動いてこちらを見上げてくる。口を覆っていたガムテープを外せば、ぶるぶると震えながら言う。
「も、もももももういい、だっ、だろ……っ」
「うん。もういいよ」
見開かれた瞳に、希望が宿る。
*
大昔のことだ。いつも公園で遊ぶ女の子がいた。かくれんぼが好きで、家でもいつもかくれんぼをして遊んでいるというのだ。隠れるのが上手いので、母親が褒めてくれると笑っていた。しばらく見かけなかったと思ったら、夕方のニュースでその子を見た。真夏日、長時間に渡って母親にタンスの中に閉じ込められ、そのまま死んでしまったという。
「もういいかい」
「まあだだよ」
その子の名前は、なんだったか。
リビングのテーブルで、すっかり泡の抜けたビールが半分ほど入ったグラスの中で、コバエが力尽きて浮かんでいる。寒いぐらいのクーラーをかけていても、やはり少し臭うのは仕方がない。首を垂れた父親の口から、だらりと垂れた舌にハエが止まっている。じっと見ているうちに、飛び去った。同じグラスでもう一度麦茶を飲んでから、よく洗って伏せて置く。
「次はどこに隠れようかな」
ねえ、とまな板に顔を伏せるように倒れ込んでいる母親に声をかけた。




