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第1話


※この作品は、過去に投稿した作品を大幅に改稿、加筆修正、ストーリーの路線変更をしたものです。旧版を読んでいただいていた方にはお詫び申し上げるとともに、本作を読んでいただいたこと深く感謝致します。

 





 私は、私が嫌いだ。




 誰に褒められても、誰に愛されたとしても、変わらず嫌いだ。


 自分が自分を嫌いになる理由なんてとても単純で、それは自分よりも優れた他者が存在するからだ。




『優れた誰か』への羨望は自己嫌悪に化ける。


 他人に憧れる、他人になりたいと願う。憧れれば憧れるほど、願えば願うほど、自分の汚さや愚かさを思い知る。もっと嫌いになる。



 憧れは毒だ。願いは罪だ。



 物心ついた時からずっと、知ってたはずなのに。自分にそう言い聞かせていたのに──。





 それでも憧れてしまう、願ってしまう。


















 あぁ、もし明日の朝起きたら、あの子になってたりしないかな。




















『寄 生 虫 学 生』

 #1
















 蝉が鳴いていた。




 閉め切った窓の向こうの、どこか遠くの方で鳴いている。


 蝉が鳴くのは求愛行動らしい。子孫を残すためだけに、この茹だるような暑さの中で元気に鳴き続けるのだ。蝉の身体は、繁殖するためだけに作られているようなものらしい。


 彼らは生まれてから死ぬまでの約二週間弱を、子孫繁栄のためだけに生きている。なんというか……なんて空っぽな一生なんだろう。……あぁ、そういえば蝉の身体は空洞なんだっけ。



「……はぁ」



 そんなくだらないことを考えているうちに、気づいたらもう夕方でした、みたいなことはよくある。


 学校に行かなくなってから、ずっと単調な暮らしをしているせいか時間の流れを早く感じるのだ。


 今日も私は外が明るくなるのと同時に目が覚めたのに、気づいたらもう七時半だった。私はまた、大きなため息を着いた。


 換気のために、ベッド脇の出窓を開ける。その途端、部屋に熱気が迷い込んできた。蝉の鳴き声もいっそう強くなる。まだ梅雨明けの発表はされてないが、この様子だと明日か明後日にはもう梅雨明け宣言が出されるんじゃないかな。


 今年ももう、夏が来るんだな。


 憂鬱だ。私にとって今年の夏は、ただただ暑いだけの毎日になるのだから。いや……どうせ外に出ないんだから暑くても別にいいか。


 開けた窓から舞い込んできた風は、ため息をついた私の横を通り過ぎて、部屋の隅にかかったカレンダーを揺らした。そのカレンダーの時間は『11月』で止まったままだった。



 ──私が学校に行()なくなってから、もう半年以上が経っている。



 その事実になんだか呆れて、思わず笑ってしまう。


 今日もまた意味の無い一日を過ごそう。


「……」


 ベッドの上で上半身を起こし、足元に丸まっていたパーカーをキャミソールの上から羽織った。


 それから大きなあくびをして、ペットボトルの生ぬるい水を飲み干した。


 オンラインゲームでもして時間を潰そうと、出窓の縁に置いてあったスマートフォンに手を伸ばした。その時だった。


「……!」


 スマートフォンに伸ばした手が固まった。



 窓の外から、女子達の甲高い笑い声が響いたのだ。



 動悸と冷や汗、浅い呼吸。


 私は恐る恐ると、窓の外を覗き込んだ。


「も〜っ、ちょっと笑わないでっ!!」


「あははっ」


 窓の外では、ラケットを背負った三人の女子達が、楽しそうに笑いながら歩いているだけだった。私の方には目もくれない。


 その様子を見て、私は胸を撫で下ろす。


 別に私を笑っていたわけじゃないんだ、と。


 しかしその安堵も束の間。私はすぐさま別の感情に襲われる。


「……いいな」


 私は再びベッドに倒れ込んでそう呟いた。その呟きは誰に届くわけでもなく、天井に吸い込まれていく。


 いつか、また友達と笑い合える日が来るのだろうか。


 いつか学校に、また行けるようになるのだろうか。



「……なんで……」



 突然、目頭が熱くなるのを感じた。慌てて頬に当てた手のひらが、濡れていた。


 涙だ。


 それを認識した後に、やっと感情が追いつく。


 怒りと、悔しさと、不甲斐なさ。それぞれが心の中で絡まって、感情の塊になって気道を塞ぎ、喉で嗚咽になる。


「……許せない……」


 一番最初に湧く感情はやっぱり怒りだ。私を(いじ)めて、不登校に追いつめたアイツらを……アイツを、許せない。


「……なんで私が……こんな……」


 その次に心を占めるのは悔しさだ。なんであんな奴らのせいで、人生の貴重な時期を無駄にしなければならいんだ、と。


 その後でふと我に返り、朝から部屋でメソメソと泣いている私自身にし不甲斐なさを感じて酷く落ち込む。


「……あぁ……誰かに……生まれ変われたらな……」


 憎むべき相手が、怒るべき相手がいるのに、彼女達に向かっていた憎悪や鬱憤(うっぷん)は、最終的に自分に牙を剥く。


 毎日、毎日、自分に関する何かを考える度に私は私を嫌いになっていく。


「……あ」


 顔を上げた私の目に、白猫の姿が止まった。出窓の天板にちょこんと座って私を見つめている。


「……猫……」


 私は涙を拭きながら、猫の顎を撫でる。


「どこから……」


 うちは今はもう猫なんて飼ってないし、近所に猫を飼っている家もなかったような気がする。首輪をつけていないから、野良猫だろうか。……いや、でも野良猫の割には毛並みが整ってるし……。


 私がその猫の、まるでラピスラズリのような青い瞳を見つめていると、猫は鈴のような声で鳴いた。


「あっ!!」


 次の瞬間、猫は私のスマホを咥えて窓の外に逃げてしまった。


「えぇ?! ちょっ……!? えぇ……?!」


 猫の顎はスマホを咥えられるほど強いのか?! てかあれ本当に猫なの!?


 いや、今はそれどころじゃないな、何とかしてスマートフォンを奪還せねば!! スマホのない引きこもり生活は生き地獄だ。


「っ!!」


 しかし二階の部屋から飛び降りれば、絶対捻挫するし、もしかしたら骨折するし、最悪の場合死ぬ……!!


「くっ!!」


 私は腹をくくって、出窓に立つ。


 こうなったらもう、車の屋根に着地するしかない。他所凹むかもしれないけど、まぁ……上から車を見る機会なんてそんなにないから大丈夫……!!


 私は猫を見失わないように見つめながら、出窓から飛び降りる。


 私が車の屋根に着地したと同時に、ボコッ、と何かが凹む音がしたが聞こえないフリをして、ボンネットから飛び降りる。


「待て!! 泥棒猫っ!!」


 まだ猫はそんなに遠くに行っていない。私は裸足のままで走り始める。焼けたアスファルトの上を裸足で走るのは痛いし、そもそも半年運動してないから、この暑さの中をダッシュするのは体力的にキツイ。それに、こんな自堕落な生活感丸出しの格好で外の世界を走るのは精神的にキツイ。


なんだこれ、拷問か?


「待て……そこのクソ猫っ……!!」


 クソ、あの猫……!! 時々立ち止まってこっちを確認するのは何のつもりだ?! 挑発してんのか!?


「私、猫にすらバカにされてる……?!」


 猫は好きだけど、今少し嫌いになった気がする。




「はぁ……っ……はぁ……!! 待ってってば……!! 」


 何分走ったのだろうか。気づけば知らない町まで来てしまった。


 私は横腹を抑えながら、猫の後を追いかける。


 猫は私の方を見て、私が追いかけてきてるのを確認すると、神社の境内の方に向かって走り出した。


 私はそれを追いかけて、境内へ続く石の階段を登る。


 やっとの思いで一番上の段まで上り終えると、そこで猫が待っていた。


 立ち止まった瞬間、全身の毛穴から大量の汗と熱が吹き出したのが分かった。全身が激しく脈打つ。


「いい加減……はぁっ……はぁっ……、返してくださいぃ……」


 息を整えながら言うと、猫は咥えていたスマホを地面に置いた。


「……へ? 」


 あっさりと返して貰えた。


 私は呆然と立ち尽くしたまま猫を見つめていた。


 猫は踵を返すと、お(やしろ)の方に向かって歩き始めた。


「……なんなんだ……こいつ……」


 何が目的で私のスマホを奪ったんだ。それに、あんなにあっさり返してくれるなら、もっと早く返してくれれば良かったのに。……いやそもそも盗むなよ。


 まぁ、結果、戻ってきたんだし……いいか。


 私はスマホを拾い上げて、その神社を去ろうとした。


「ホノカちゃん」


 鈴が鳴るような声がして、足が止まった。まるで足首に見えない(つた)が絡まったような気分だった。


「……え」


 誰かが、私の名前を呼んだ。その声はどこか懐かしさを感じさせるような声で、胸がギュッと痛くなる。


 まさか、と思いながら振り返る。


 しかし、そこに居たのは見知らぬ少女だった。さっきの白猫を抱えながら微笑んでいる。


「こんにちは」


 少女は私を見つめると、にこやかにそう告げた。


「え……あ」


 戸惑う私を他所に、彼女は口を開いた。


「突然、こんなこと言われたらビックリするかもしれないけど」


 少女はそう言うと、満面の笑みで言った。





「今から君の願いを五つ叶えてあげる!」





「……は……?」



 ──とある晴れの日の朝。蝉の鳴き声すら聞こえぬ静かな神社の境内で、私の少し不思議な夏の物語が始まった。



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