魔王、名付ける
「着いたぞ」
転移魔法による移動が終わり、勇者がそっと目を開けると広くて落ち着いた色調の部屋だった。
魔王が勇者をそっとソファーに座らせる。きょろきょろと室内を見回す勇者。
「ここはどこなんですか?」
「我の執務室だ」
魔王がベルを鳴らすと兎の獣人のメイドが入ってきて、紅茶と焼き菓子をテーブルの上に置いて去っていく。
「さぁ、食べるといい」
勇者は紅茶を口にした。
「いい香り・・・すごく美味しいです!」
「菓子も食すといい。菓子作り専門の者が作っておるから味は保障するぞ」
焼き菓子を手に取り、一口かじる。
「あ、甘くて美味しい・・・」
「気に入ったか?」
「はい!」
笑顔になる勇者。
「さて、名前がないのも何かと不便なのでな、我がそなたの名を決めてもよいかの?」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
「その昔、この城にも人間の女が勤めていたことがあってな、その者が『マリー』という名であった。ゆえにそなたにも『マリー』と名づけようと思うが、どうじゃ?」
「はい、ありがとうございます」
少しはにかみながら勇者ことマリーは答えた。
「ではマリー、今日からこの階の南の角部屋である客間をそなたの部屋とする。専属のメイドもつけるので詳しくはメイドに聞くとよい」
「はい」
マリーは小さくうなずいた。
しばらくお茶とお菓子を楽しんだ後、マリーは再び魔王に抱きかかえられる。
「あ、あの、同じ階で階段がないのなら自分で歩けます!」
「マリーはまだ怪我人なのだから、おとなしくしておれ」
南の角部屋に入るとようやく魔王はマリーをおろしてくれた。
先ほどまでの執務室と違って明るい色調の壁紙で、家具にも花の装飾がついている。勇者がゆっくりと歩いて窓の外を見ると、よく手入れされた庭園が広がっている。
「階段の上り下りが出来るようになったら庭の散策も許すぞ。だが、それまではきちんと医師の言うことを聞いて治療に専念するとよい」
「はい、ありがとうございます」
魔王と入れ替わりに先ほど執務室に紅茶をお菓子を持ってきてくれた兎の獣人のメイドが入ってきて部屋の説明を始めた。
説明を聞きながらマリーは魔王がいなくなってしまったことに少し寂しさを感じていた。