勇者、再び拾われる
人間の勇者発見の報告からさらに5日後。
魔王城の南の角部屋。ベッドに脇の椅子に魔王が腰掛け、横たわる包帯だらけの人間に声をかける。
「目が覚めたようじゃな。まず、そなたの名は何という?」
「名前は・・・人間界ではローズ・・・魔界ではマリー」
「それはどちらの記憶もある、ということで間違いないかの?」
小さくうなずく勇者。
「まずは今の状況を説明しようかの。そなたが囮となってくれたおかげで我は大厄災の怪物を討つことが出来た。すでに魔界も人間界も復興にむけて動きだしておる」
「そう・・・なんですか」
ほんの少しだけ勇者の表情が緩んだ。
「そして、そなたは魔界の南の離宮近くにある浜辺で瀕死の状態で発見され、報告を受けて我がここまで運び込んだ。どうしてあんなところで発見されたかはいまだによくわからぬが、おそらく転移魔法のようなものが発動したのであろうな」
勇者は初めて海を見た時のことを思い出す。
人間界に戻ってから歴代勇者の記録から転移魔法を学んだが、時間がなかったこともあって一度も成功していなかった。
もしかしたら無意識のうちにもう一度行きたかった場所へ飛んでいたのかもしれない。
「人間の聖女から聞いたところによると、勇者というのは驚異的な生命力を有しているとのことで、おそらくそれもあって生き延びたのであろうな。だが、今回も回復にはかなりの時間がかかると言われておる。まだしばらくは動けぬが、そなたが望むのなら人間界に戻してやってもよいし、このまま魔界に留まってもよいぞ」
しばらく黙っていた勇者の目から涙がこぼれる。
「私、どちらにも・・・行けません」
「なぜじゃ?」
「記憶をなくす前、人間の勇者として魔族をたくさん倒してしまった。だから魔族のみんなに恨まれて当然です。記憶をなくしてからは人間の勇者なのにたくさんの魔族と仲良くなった。だから人間のみんなから裏切ったと思われてもしかたない。だから私、どっちにも行けない・・・行っちゃいけないんです」
魔王はマリーが刺繍したハンカチを取り出して涙を拭いてやる。
「それは我も同じじゃな。これまでにたくさんの人間を倒してきたし、人間の勇者であるそなたをかわいがった。背負うものは同じようではあるが、まだ若いそなたにはあまりに荷が重過ぎるな」
勇者の涙は止まらず、答えもない。
「だが、魔王城の者たちはそなたが人間の勇者と知った上で帰ってくるのを待っておるぞ。人間界の聖女もたいそう気にかけていて、人間界に戻りたいのなら自分が引き受けると申しておった。近いうちにそなたに会って話がしたいそうじゃ。それに今は魔界と人間界は多少のわだかまりはあるものの、互いに協力して復興に取り組んでおるから、いずれ往来も自由になるやもしれん。向こうの状況も聞いた上でよく考えるとよい」
ベッドの上では勇者がずっと泣き続けている。
「もう泣くでない。いつでも我がついておるぞ」
魔王はそっと頭をなで続けた。
「・・・魔王様」
「何だ?」
「もし本当に許されるのなら・・・私、また魔王城で働きたい。マリーとして魔王様のそばにいたいです」
魔王はマリーの手をそっと握る。
「ああ、もちろんかまわぬぞ。だが、そのためにもまずは早く身体を治すことだな。さぁ、少し眠るとよい」
「はい・・・おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
泣き疲れたマリーはすぐに眠りに落ちていった。
翌日。
魔王城で働く者達から続々と届く見舞いの品や花でマリーの部屋はあっという間にいっぱいになった。
そして少し歩けるくらいまで回復した頃、人間界から勇者パーティの面々も見舞いに訪れた。
聖女の大泣きにつられて他の面々も泣いていて、マリーも一緒に泣いた。
「マリーはみんなに可愛がられて幸せ者だな」
そばについていた魔王がマリーの頭をそっとなでた。
次回、最終話です。




