魔王、説得する
今日の仕事を終え、夕食後にマリーは魔王の執務室に呼ばれた。
いつもとなんだか違う雰囲気に少し緊張するマリー。
「マリー、南の離宮に行った時に『大厄災の怪物』の話をしたことを覚えておるか?」
「はい、覚えてます」
「実はな、つい先日のことだが魔界にいる先見の魔女が『大厄災の怪物』の出現を予言した。人間界の大神殿でも同じ予言があったそうだ。魔界だけでなく人間界も含めてとてつもなく大きな危機が迫っておる」
マリーが驚きの表情になる。
「海辺で話した時には『我が倒す』と申したが、どうやら魔界と人間界の双方の予言とも我一人では厳しいらしい」
「他に誰かいるのですか?」
「ああ、人間界の勇者とともに立ち向かえばまだ勝機はあるとのことだ」
「では魔王様は人間の勇者と一緒に戦うのですね?」
小首を傾げてたずねるマリー。
「向こうがやる気になってくれれば、だがな」
「マリー、左手の甲を見せてみよ」
マリーは言われるがまま複雑な文様が浮かび上がっている左手を差し出す。
魔王の大きな手が下から支える。
「この手の甲にあるのが人間の勇者の証である紋だ」
「・・・え?」
じっと自分の手を見るマリー。
「私が勇者・・・なんですか?」
「ああ、そうだ。記憶を失っておるから何も覚えておらぬだろうがな」
しばらくの沈黙の後、魔王は問うた。
「何も覚えておらぬその身に問うのは心苦しいのだが、おそらくあまり時間もないので答えて欲しい。マリー、そなたは我とともに戦う気はあるか?」
マリーは真っ直ぐ魔王を見つめる。
「はい」
力強い声で答え、魔王はそのことに驚く。
「マリー、本当によいのか?ことによっては命を落とす恐れもあるのだぞ?」
「私は死んでいたかもしれないところを魔王様に助けられました。魔王様のお役に立てて、魔界の人達も人間界の人達も守れるのなら、いいことばかりじゃないですか。それに・・・」
「それに・・・何じゃ?」
マリーはニッコリ笑った。
「魔王様が一緒なら何も怖くなんかないでしょう?」
魔王も笑ってマリーの頭をなでた。
「ああ、そのとおりだ。人間の勇者よ、ともに戦おうぞ」
人間界の勇者の兜や鎧は魔王城のドワーフ達によって修繕され、今のマリーに合うよう調整された。人間界にはないさまざまな魔法も付与され、従来のものよりはるかに立派なものとなっていた。
完成の報告を受け、魔王の執務室で着用した姿を見せる。
「おお、これはなかなか立派に仕上がったな」
「こんなに頑丈そうなのにちゃんと動きやすいんです。すごいですね!」
部屋の隅で見守っていたドワーフの親方が満足げにうなずいていた。




