勇者、海を知る
マリーの半袖の服がすべて完成した頃。
南の離宮へ出かけることになり、マリーは魔王に抱きかかえられて転移魔法で移動する。
転移の間、マリーはずっと目を閉じていた。魔王に「目を開けたままだと具合が悪くなるかもしれない」と言われていたからだ。
「マリー、着いたのでもう目を開けてもよいぞ」
目を開けてそこに広がる景色に驚くマリー。
「魔王様・・・これってもしかして?」
「ああ、これが海だ。以前、そなたは海とはどんなものか知りたいと申しておったであろう?だからここに連れてこようと思った」
マリーにとっては本でしか見たことがなかった海。思っていたよりもはるかに大きいことに驚く。
「海ってこんなに大きかったんですねぇ・・・」
「そうだな、もっと近くまで行ってみるか」
魔王に抱きかかえられたまま小さな砂浜を進み、波打ち際でようやくマリーは降ろされた。
「靴を脱いで入ってみてよいぞ」
言われるまま素足になっておそるおそる足をつける。ちゃぷちゃぷと水音を立てながら歩く。
「うわぁ、思ってたより冷たい・・・」
「マリー、海の水を少し舐めてみよ」
波に指につけて口にくわえ、顔をしかめる。
「・・・しょっぱいです」
「ははは、これが海というものだ」
魔王は笑いながらマリーの頭をなでた。
岩場のあるあたりへ移動し、岩に腰掛けて一休みする。
「魔王様、この大きな海の向こうには何があるんですか?」
「それはまだ誰も行ったことがないから知らぬなぁ。ただ、古くから海のはるかかなたには『大厄災の怪物』が住まうといわれておる」
「それ、何ですか?」
小首をかしげるマリー。
「はるか昔、まだ人間と魔族が共存していた頃、この世界を未曾有の危機に陥れた怪物が現れた。たくさんの街が壊され、数え切れないほど多くの者が命を落とした。だが、勇気ある者達が一致団結してなんとか追い返すことは出来た・・・という伝承が人間界にも魔界にも残っておるな」
「えっと・・・追い返したってことは、倒してはいないんですよね?」
「そうだな。いつかまた来るかもしれんし、二度と来ないかもしれん」
「もしも来ちゃったらどうするんですか?」
魔王は心配そうな表情のマリーの頭をなでた。
「もちろん我が立つ。皆を守るためにな。我は強いので何の心配もいらぬぞ」
「はい!」
マリーはにっこり笑った。




