勇者、目覚める
数日後、勇者の意識が戻ったとの知らせがあり、魔王は再び北の塔へと向かった。
最上階の部屋の前には医師が控えていた。
「して、人間の勇者は今どのような状態か?」
「一命は取り留めたと言えましょう。ただ・・・」
「何だ?」
「記憶を失っているようでして、自分の名前すら覚えていない有様でございます。精神魔術に長けた者に確認させましたが、嘘はついてはおらぬようです」
「・・・そうか」
魔王は勇者のいる部屋に入った。
ベッドの上で上半身を起こして座るうつろな瞳の子供がゆっくりと魔王の方を向いた。
魔王はベッドの脇の椅子に座る。
「そなた、我を覚えているか?」
「・・・ごめんなさい、わかりません」
か細い声で答える。
「名は何という?」
「・・・わかりません」
「年は?」
「・・・わかりません」
今にも泣き出しそうな顔をしている。
「何か覚えていることはあるか?」
「・・・お花」
「花?」
こくっとうなずく。
「お花畑が燃えてた・・・炎の中に人の形をしたものが・・・あぁぁぁぁぁぁぁ!」
少女は頭を抱えて叫びだす。
とっさに魔王は少女を抱きしめた。少女がぶるぶると震えているのがはっきりとわかる。
「大丈夫だ、落ち着け。ここには燃える火も花もない。そうであろう?」
「・・・うん」
背中をなでていると震えがだんだんとおさまってきた。
「怖い思いをさせてすまなかったな。少し眠るといい」
少女はベッドの上で横になり、魔王は毛布をかけてやった。
「また来る」
「・・・あ、あの」
部屋を出ようとする魔王に少女が声をかけた。
「何だ?」
「あの・・・ありがとう・・・ございます。おやすみなさい」
勇者は弱々しく微笑んだ。
「ああ、おやすみ」
執務室に戻った魔王に側近が資料を見ながら報告する。
「調べましたところ、人間界では勇者が2人同時に存在することはないそうで、当代の勇者がここにある限り新たな勇者が現れることはございません。しばらくは面倒な戦も起きずに済むかと」
「仮に勇者を奪い返しに来るとしても、たいした奴ではないということだな」
「仰せの通りです」
側近がうなずく。
「よし、あの者は能力を封じた上でこの城の客人として扱おう。治療も引き続き行うように。記憶が戻った場合の処遇は本人次第とする。再び敵対するのであれば討つまでだ。ああ、それから人間界に潜入させている者たちにあの勇者について調べさせよ」
「かしこまりました」
側近が下がった後、魔王はため息をついていた。