勇者、欲しがる
「あの、魔王様。1つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
いつもの午後のティータイム。
「私の『マリー』という名前は、昔こちらにいた人間の女の人の名前だったんですよね?」
「ああ、そうだ」
「どんな方だったんですか?」
魔王はしばし昔に思いをはせる。
「あの女は生贄としてここにやってきた」
「生贄・・・ですか?」
思いがけない言葉に驚くマリー。
「そうだ。とうの昔になくなってしまった国だが、こちらが求めてもいないのに勝手に送りつけてきよってな。その女もすでに帰れるところがないというので、そのままここで働くこととなった」
「そうなんですか・・・」
「ああ、思い出した。菓子職人が作る菓子の多くは、その女から教わったものだな」
マリーは驚く。
「そうなんですか・・・あれ?それじゃ、いつも出てくるお菓子は人間界のものなんですか?」
「そういうことになるが、覚えてはおらぬか?」
「・・・はい、残念ながら」
「そうか」
お菓子の先生の先生はどんな女の人だったのかなぁ?と、マリーは思った。
「そういえばマリーがここに馴染んでそれなりに日も経ったが、何か欲しいものなどはないか?」
魔王に言われてマリーは考える。
「あの・・・もしできたらなんですけど、お菓子作りの本が欲しいです」
魔王城には図書室もあるが、料理や製菓に関する本はあまりなかった。
「それならば久しぶりに人間の街にでも行ってみるかの」
「え・・・いいんですか?」
魔界と人間界はたびたび争いごとが起きていたと習っていたマリーは心配になる。
「なぁに、人間に成りすまして行くことはよくある。それに人間界には魔界の者が多数紛れて暮らしておるし、逆に人間界から魔界に移り住む者もそれなりにいる。さて、出かけるとなればマリーの外出着が必要だな」
魔王城の被服担当であるスケルトンがすぐに呼ばれ、魔王と打ち合わせをする。
当の本人であるマリーが話にまったくついていけないまま、生地やデザインがどんどん決まっていく。
でも様子がおかしいことに気づいたマリーがなんとか口を挟む。
「あの、出かける服は1着あればいいんじゃないんですか・・・?」
この時点ですでに5着分が決まっている。
「何を申しておる。また出かけるかもしれないし、仕事ではない時に城で着てもよいではないか」
魔王がそう言えば被服担当のスケルトンの男性も続ける。
「そうですよぉ。せっかくだから可愛い服をたくさん作っちゃいましょ」
数日後、出来上がった服の試着という名のファッションショーが開かれた。
なぜか城で働く者達がたくさん集まり、どれがいいか激論が交わされたのでマリーはどっと疲れた。




