どこにでも狂気はある3
再び葵京のいる教室へとたどり着いた。
廊下は異常なほど静かで前に見たのが全て夢だと思う程だった。
葵は扉に手をかけたがやはり動くことはなかった。音守も同様に全力で動かそうとしたがびくともしなかった。
「いったいここで何が起こってるんだよ」
「……やっぱりさっきみたいなことちゃうん」
考えたくもないことをすんなり言うなよと思いながらも、もう葵京は死んでるのではないかとどこか心の隅で思っていた。
「これノックしたら中の人に聞こえるんちゃうん?さっきも蹴ってるのは聞こえてたわけやん」
「そうだな、さっきみたいな奴が出てこないことを祈るよ」
葵は扉を3回ノックした。
あたりにノックする音が響いて、静かになった。向こうから何かあるまでの待ち時間が非常に長く感じた。
「はい、どうぞ」
なんと向こうから返事が返ってきた。
声からするに女のようだが、頭に浮かんだのはあの残虐な女だった。どいつもこいつもあのようなやつなのではと疑っているため、慎重にゆっくりと扉を開いた。
そこには焼死体がたくさん、たくさん転がっていた。
「あれ?なんで?生徒まだいるじゃん。よくないなーよくないよ」
その女は高校生ぐらいで、どこかのセーラー服を着ていた。身長はさほど高くなく髪をお団子にし三つ編みで縛っており、眼鏡をかけていた。
「まあ大体誰かは予想がつくけどね。ほんとまだまだだなーまだまだだよ」
勝手に1人で納得し話している。
一見普通なのだが、この目の前の焼死体を見るとこの子が普通じゃないとわかる。
葵はいそいで先ほど聞いた葵京の席を見たがそこには何もなかった。
教えてくれた葵京の友達は多分死んでいる。そこの席には焼けた誰かがいたからだ。もう顔も性別も判断できないぐらいになっていた。
「ああ、この子たちは燃やしたよ。私って叫び声も痛がるのも見たくないから眠ってもらってからだけどね。優しいでしょー優しいよ」
「葵京をどうした!」
葵は話続ける女に向かって走り出した。
「殴るなんてダメだねーダメだよ」
拳を握り殴ろうとしたが、急に体が固まった。
力を入れれば動くことができそうだったので無理やり動こうとした。
「ああ、無理に動かない方がいいよ。死んじゃうねー死んじゃうよ」
「藤山。なんかとりあえずやめといたほうがええんちゃう。よーわからんけど」
音守が葵の肩を軽く叩き促した。死ぬと言われて前に出る勇気もなかったのでそのまま拳を下ろした。
「ちゃんと忠告を聞けて偉いねー、偉いよ」
「なんかこの子なんもせーへんっぽいやん。幸い、葵京ちゃんの机んとこには誰もおらんのやし、はよここから逃げたほうが」
葵の耳元で相手に聞こえないように呟いた。それに同意し背中も見せずに後ろ向きに歩きその教室を後にした。
「見逃すのは田中君が面倒だからで、イヴの気まぐれで君たちは生きていることに感謝してねー感謝してよ」
扉を閉めてから声が聞こえた。田中とイヴ。
この三人はここで一体何をしていたのだろうか。これだけ散々なことをしているのにもかかわらず警察も救急車も誰一人この学校に入ってくる気配もなく、二人は学校の外に出ることにした。
下駄箱の靴を適当に誰のでもいいからとりあえず履くことにした。外に出るとグラウンドにも何人か生徒が焼死体となって転がっていた。ここもかと思いながら正門へと向かう二人の前にイネスが上から現れた。
「Hola」
文字通り上から現れたので二人は止まることができずイネスにぶつかり盛大に転んだが、ぶつかられたイネスは平然と立っていた。
「先ほど田中から聞いたのですけど、あなたたち教室からでたのね。あのまま死んでるものだと思っていたわ。最近の子もなかなかやるものね」
イネスの手にはナイフが握られており、二人は何も武器になるものを持ち合わせていなかった。
「私がこんな失態をしたと知られたら困ったことになるのよ。田中はあなたたちを殺すなと言っていたけど私には関係ないわ」
ナイフを逆手にもちかえ、二人に近づいていた。
「そう簡単にやられるか、ボケェ!」
音守は手に握った土をイネスに向かって投げたがあたっているはずなのに砂に瞬きせず近づいてくる。
「くそっ、どないやねん」
「音守、逃げるぞ」
二人は背を向けて走り始めた。
「もう面倒くさいわ」
イネスはため息をつきながら長い髪をポニーテールにして走り始めた。
「はあ、っ。あいつ女のくせに足早すぎないか!」
「喋ってる暇あったら走れや!お前遅すぎ!」
イネスのポニーテールタイムがあったおかげで随分差をつけることができたものの相手の足の速さが異常だった。
2、300mの差があったはずなのにみるみる縮まっていく。
「痛みなく終わらしてあげるから止まってくれないかしら?」
これだけの速さで走っていても息を切らしている感じがない。
「止まるアホがどこにおんねん!」
音守もたいして息を切らす様子なく言い返した。
「はあ、はあ、止まる っ、はあ、かあ!」
息切れしており唾を飲むため言葉が続いていない。
葵は体力の限界が近づいてくるのを感じていた。
まだまだ音守は走れるだろうと思い、立ち止まりイネスの前に立ちはだかった。
「何してんねんお前!」
「もう、体力が っ、もた ない!」
「偉そうに言うな!」
「先に い け!」
「お前が使うな!俺が言いたかったセリフナンバー3やぞ!それは!」
音守は方向をかえ、葵の方へと戻り始めた。
こんな時にもボケを挟むのは関西人ならではなのだろうか。そんなことを考えながらイネスに向き合った。
怖さを打ち消すために葵は叫びながらイネス を睨んだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」