死亡フラグ、リチャード・レヴィエ3
「あっ、あの、そういえばぁ!ミリアムさん、でしたっけ。彼女はどうなったのですか?」
微妙な空気に耐えかね、私はわざと明るい無知な幼女の声で話を逸らした。リチャードから目をそらすように私の手元を見つめていたユリアは、少しだけ顔をあげて私を見つめた。眉を少し寄せて、困惑しているような顔だ。
「それが……彼女、貴女がとんでもない悪女だと言って聞かないのです。トレイシー男爵は常識のわかる御方だったのですけど、娘の方はそうではなかったようですね。」
「……それは仕方がないこと。ミリアムはもともと……」
シトリは気になることを言ったものの、そのまま口を少し開いて、また閉じた。何を言おうとしたか忘れた、と言ってまたぼんやり空中を見始める。
「もうっ、シトリ!……ごめんなさい、彼、いつもああなの。どうかお怒りにならないで、寛大な心で受け入れてやってくださいましね。」
「いえ、怒ってなんていません、わたし……じゃなくて、わたくし。それより、ミリアムは……?」
王族に無遠慮に話しかけたとなると、極刑もありうるんじゃないだろうか。王族と交流のあるユリアでも公爵の娘である私には若干下手に出ているのだし、階級にはかなり厳しい世界観なのでは……それにしては、シトリは全く私に気を使わないし、クー王子もベッドの傍で微笑むばかりでいっそ放置されてすらいるのに不満ひとつ言わないけれど。リチャードはまあ、伯爵令息とはいえ生い立ちが複雑なので一概には言えないが。
「ご安心なさって。あの娘は辺境の修道院で何年か教育してもらうことになりましたから。」
「そ、そうなのですか。なら安心ですね。」
「他に気になることは?」
「あ、いえ。大丈夫です。ありがとうございました。」
クー王子は微笑を絶やさないまま、話は終わったようだね、と言った。感情の一切見えない笑みが壁際に立っているリチャードに向けられている。リチャードは気まずげな顔で目を逸らしたけれど、見えなくても感じる圧があったらしい。渋々といった様子で、小さくごめん、と呟く。
「ディック。そっぽを向いて謝るやつがあるか。ちゃんと彼女の方を見て……」
「あの、お気づかいなく!ほらっ、私、こんなに元気いっぱいですわ!」
令嬢としてはしたない、とはわかっていたけれど、ベッドから這い出て着地して3回ほど飛び跳ねてみせると、ユリアが驚いたように座っていたベッドの縁からぴょんと立ち上がって、私に手を伸ばした。私が急に立ち上がったから支えてくれようとしたらしい。背中に彼女の手が添えられて少し恥ずかしかった。嫋やかな手が私の肩を抱き寄せて、ふわりとバニラのような甘い香りが鼻腔をくすぐる。ユリアはお菓子みたいな甘い香りがする、解釈合致だわ。少し思考がトリップしかけているところに、クー王子がひとつ頷いて口を開いた。
「そうかい、それなら良いのだが。……さ、随分引き止めてしまったかもしれないね。門のところに君たちの馬車を待たせてある。メアリ嬢は大丈夫なようだから、門まで案内させよう。……おや、ベンジャミン、そんなところにいたのかい。もっと中へ入っていれば良かったのに。」
「お気遣い感謝致します、殿下。」
父ベンジャミンは名前を呼ばれたことに驚いたようだったけれど、すぐに臣下の礼を取った。ユリアが今度お茶会をし直すのも良いかもしれませんわね、と笑って私の背中を軽く押す。え、いま私、もしかしてまた遊びましょうって誘われた?社交辞令でも嬉しい。是非、と言いながら父と兄の元に歩み寄る。リチャードの傍をすり抜けた時、リチャードがボソリと、他の人には聞こえないくらいの声量で言葉を発した。
───お前は嘘をついていない、しかし本当のことも、また。
はっと振り返ったけれど、リチャードは私の方をチラとも見なかった。




