死亡フラグ、リチャード・レヴィエ2
「気分が悪くはありませんか?ああ、顔色が優れませんね。大事ありませんか?」
ユリアは私が座っているベッドのふちに腰掛けて私に問いかけた。近くで見ると本当に可愛い。肌なんか白雪姫みたいに白くてつるつるすべすべで、こんなに近くても瑕疵ひとつないのだ。髪もつやつやと天使の輪っかが見えるほどで、きっとかぐや姫でもこんなに見事な御髪は持っていなかっただろう。ことりと小さな頭が傾くと、淡いブルーのシンデレラみたいなドレスがするんとシーツの上を滑る。挙動ひとつをとってもまるで空気の中を泳ぐような優雅さで、人魚姫も真っ青だろう。つまり、世界中のどんなに有名なお姫様よりずっと綺麗。すっかり見惚れていると、ユリアの後ろからそうだろう、と自慢げな声が聞こえた。
「そうだろう、ユリアは美しい。」
「まあっ、クーったら。恥ずかしいわ。」
「照れるお前もまた美しい。私にもっとお前の顔をよく見せておくれ。」
「もう、クー!」
ドアから入ってきたのはレトロな車椅子に座ったクー王子だった。車椅子を押しているのはシトリで、その後ろをいやいやといった風情でリチャードが着いてきている。なんだか一気に部屋の人口密度が増えたな、と兄の方を見やると、いつの間にかジェイムズの傍には父が立っていて、2人とも神妙な顔をしていた。そういえば兄だけでなく父も登城していたはずで、騒ぎを知らされて大人同士の会合を抜け慌ててここまで来たのかもしれない。私も慌てて緩んだ頬を引き締める。寝台から起き上がろうとして、頭が痛くてできなかった。その様子を見てクー王子はそう畏まらなくて構わないよと微笑する。お言葉に甘えて座ったままで王子たちを見上げた。
「突然すまないね。ほら、私のきょうだいが、貴女に痛いことをしたから、そのお詫びに来たのだよ。」
微笑むクー王子はこの世のものと思えないほどに美しい。ユリアは白い百合のように淑やかな存在感のある壮麗さだけれども、クー王子は繊細なガラス細工のように、触れると壊れそうなのだった。確かにこれは神の宿る器なのかもしれない。もしも私がその車椅子を押せと言われたら、きっとうっかりクー王子を割ってしまわないようにとガチガチに緊張して一歩も進めないかもしれない。でもシトリは全然そんなことを気にしていない無造作な仕草で車椅子を寝台のすぐ側に寄せた。
「私はクーという。こちらはユリア・リリィ。こっちの車椅子を押してくれているのはシトリ・アン。そしてこっちがリチャード・レヴィエだよ。もしかしたら、名前くらいは知っているかな。」
「は……はい、存じ上げております。私、わたくし、はメアリ・スーと申します。寝台の上からの御挨拶、何卒御容赦くださいませ。」
アニメで見た貴族の喋り方、過去7年間のメアリの記憶の上をなぞるみたいに、つっかえながらも話す。ちらとドアのすぐ側のジェイムズたちを見やると、2人はどこかほっとしたような顔をしていた。上手く喋れている、と思っていいのかな。
「構わない。元はと言えばディックが……」
そこでクー王子はリチャードをちらと見上げた。ディックというのはリチャードの愛称だ。大抵のものはリチャードをリックと呼ぶけれど、クー王子だけは彼をディックと呼ぶ。リチャードは名前を呼ばれて少し動揺したふうだったけれど、すぐに憮然とした態度でふん、と言った。レースで隠された目元は見えないけれど、多分眉間には子供らしくない深いシワが寄せられているはずだ。
「……僕じゃない。元はと言えば、あのミリアムとかいうのが騒ぎを起こすからいけないんだ。」
「こら、ディック。」
叱られた子供みたいに肩をすくめるリチャードに、クー王子がため息をついた。シトリは何を考えているか分からない顔でシーツの皺を見ているし、ユリアはクー王子とリチャードとの間に割って入ろうとはしない。……リチャード・レヴィエという少年は、伯爵令息であるという以前に魔眼という脅威を保持する怪物なのである。原作ではクー王子が彼を兄弟として、友として扱うものだから、どんどんリチャードは孤立してゆく。人知を超えた、その上おいそれと排除することも出来ない存在であるリチャードは、貴族社会の中でいつ爆発するか分からない地雷のような存在だった。彼を愛すべき人であるとただひとり認めてくれたクー王子こそが、リチャードを追い詰めてゆくのだ。
彼らの関係は文字の上で見ている分には退廃的で、美しいもののように見える。でもこの、彼だけは違う生き物なのだと言わんばかりの空気は、全然いいものには見えなかった。原作では行間で語られる程度の「リチャード・レヴィエの孤立」が生々しく目の前に存在している。