死亡フラグ、リチャード・レヴィエ
ぱち、と目が覚めた。見たことの無い天井、綺麗な寝具。それから私を覗き込む兄。お前、最近気を失ってばかりだね、とニコリと笑うジェイムズに、私は身を起こしながらそうなの、と言った。そこは無人の映画館ではなかったし、勿論かつて私が暮らしていた安アパートでもなかった。
「わ……私、何があったの?ここはどこ?」
「ここは王宮の一室だよ。貸してもらっているんだ。覚えている?金色の髪の……」
「あの、顔を隠した男の子?」
「そう。お前は彼の『真贋の魔眼』を見て、その影響で気絶してしまったんだ。頭の中を覗き見られるのは、そう気持ちのいいことじゃあないからね。彼も配慮してくれたら良かったのに。」
ジェイムズは呆れ顔でドアの方に向かい、扉を開けて向こうにいる騎士たちと何か話し始めた。騎士のひとりが敬礼して、どこかへ走り去っていき、残った騎士とジェイムズはまだ話を続けているらしかった。……暇だ。今のうちに頭の中を整理しておこうかな。ええと、まず気になるところは私が気絶した原因……魔眼、だろうか。
魔眼とは、呪文も予備動作もなく魔法を行使する特別な瞳のことだ。目に魔術的刻印を施す後天性の魔眼と生まれながらに特別な目を備える先天性の魔眼がある。それにしても、金髪で、魔眼。思い当たるキャラクターが、ひとりいる。魔王リチャード、この時点では伯爵令息リチャード・レヴィエだ。
リチャードはクー王子の乳兄弟である。そしてリュミエール神王国建国以来初めての先天性複数魔眼保持者だ。うまれつきの魔眼保持者自体はそう珍しくはないが、複数の効果を併せ持つ魔眼はそうない。原作で確認されるだけでも真贋看破、身体掌握、魅了などその効果は多岐にわたる。それ故に彼は幼少期から「小さな魔王」と揶揄され、そして畏怖されて生きてきたのだ。それだけであればまだ良かったのだが、その上彼はその身にとんでもない呪いを受けていた。
現段階から7年前の魔王討伐に貢献したレヴィエ伯爵を恨む魔女によって、リチャードは呪われている。彼の眼は死の魔眼でもあるのだ。彼が死ねと望んで眼を合わせるだけで人は死ぬ。彼の死の魔眼に耐え、彼の呪いを解きうるのは運命のひとただひとりと魔女に定められたのだ。魔女の呪いを受け恐れられる存在のリチャードは、原作では神に生を支配された王子に同族意識を持ち、魔眼を恐れることなく他の人間にするように愛してくれる王子に依存し、そしてクー王子を自らの呪いを解きうる運命だと思い込むようになる。そしてマリアに心を傾けるクー王子を見て魔女の呪いに精神を飲まれ、新しい魔王として覚醒してしまうのだった。
(そりゃ、王子のストーカーかもしれないと思ったら焦るわよね……)
うーん、リチャードは原作とほぼ同じで、王子を特別視しているらしい。でも王子は多分10年後にヒロインマリアとくっつくのだ。そして……そしたら……?
(そしたらリチャードは呪いに飲まれて魔王になっちゃうってこと!?)
そ、それはよくない、絶対良くない!なぜならリチャードは間接的にメアリの、つまり私の破滅に関わっているからだ!魔王となったリチャードには理性や倫理がまるでなく、暴走し混乱した挙句に国のあちこちで錯乱の魔眼を使う。悪事を公にされて貴人用の牢で沙汰を待っていたメアリは、錯乱した騎士たちに串刺しにされて市中を引きずり回され、顔の判別がつかない程の無惨な殺され方をするのだ。クー王子が虫の息のメアリを見つけた時、顔の表皮が削れた上に体の左半分が抉れていたらしい。クー王子の介抱も虚しく、メアリは王子の腕の中で亡くなる。心臓を奪われた上にクー王子の光魔法で中途半端に再生し、痛みで錯乱したメアリは自分を抱きしめる愛しいクー王子を何故かリチャードと勘違いしたまま死んでしまうのだ。この時の死者数は相当の数に登り、高位貴族も多数命を落とした。つまり、クー王子の怒りを買わなくても死ぬ可能性がある、ということだ。
どうして忘れていたんだろう。つまり死を確実に回避するためには王子に嫌われないようにするだけでは足りない。リチャードの精神を健全にする、あるいはもっと抜本的解決として彼の呪いを解かなければならないのだ。む、無理ゲーすぎないか?
(でも、やるしかないわ。)
そう、やるしかないのだ。私はメアリに彼女の体と尊厳を託されたのだから。気持ちも新たにぐっと拳を握りしめていると、こつこつと足音が響いてきた。ジェイムズと話し込んでいた騎士が敬礼しながら道をあけ、ドアから誰かが入ってくる。私はその姿を認めて、そして度肝を抜かれた。───それは、麗しの乙女ユリアだった。