こんにちは、メアリ・スー4
びしりと突きつけられた指は確かに私の方を向いている。もしかして私じゃなくてその後ろにいる人を指しているのかも!と後ろを振り向いたけれど、後ろには花の生垣があるだけだった。
「あはは、メアリ、あの子に何かしたの?」
「しっ、してないわ!……じゃない、してません、わ!」
メアリ・スーは気に入ったものには執拗なほど構うが、どうでもいいものに対してはいじめも構いもしない。ミリアムはどうみたってメアリの好きなタイプでは無いし、過去7年間にわたっても見た覚えがなかった。過去に何らかのトラブルがあったとは思えない。推しカプとクー王子、眼福だなーとか思っていたらいきなり渦中に巻き込まれてしまったが、本気の本気で意味がわからない。
「とぼけないで!あんたがクーさまのストーカー女だってことは、わかってるんだから!」
「すとぉかぁ?一体なんです、それは。」
「えっと、しつこく付きまとう人ってこと!」
「……そうなのですか?」
「えっ、ち、ちがいますけど!?」
ユリアがじとりと私を見つめて、周りの貴族の息子たちが一歩引く。ちょっと、何言ってくれてるの、あの子!そりゃ原作の、このお茶会以降のメアリはストーカー女と言って差し支えないけれど……私は全く違うわよ!
「違うそうですけど?……貴女、根拠があってそんなことを言うのでしょうね。」
「だって、だってメアリはそうなの!メアリは悪いやつなのよ!私はクーさまを助けるの、そう決まってるの!ミミならきっと、上手くやれるもの。」
騒ぎ散らすミリアムに、ユリアはうんざりしたようだった。目を伏せ気味にふう、とため息を漏らすその姿は7歳ながらこの世のものと思えないくらい麗しい。睫毛なんてけぶるように長くって、唇はぷるぷるしていて、とっても愛らしいのだ。クー王子がそれを見て満足気に微笑むものだから、周りの令嬢などは短く黄色い悲鳴をあげて腰を抜かす程だった。原作のクー王子はユリアを妹か娘のように可愛がる描写が多く、ここでの王子もユリアの立派に堂々とした姿に惚れ惚れしているのだと思われる。
ユリアはすう、と目を眇め、未だ騒いでいるミリアムに沙汰を下そうとしたその時、唐突にねえ、という声が響いた。騒然としていた場にそのボーイソプラノはよく通る。
「誰が、誰の、付き纏いだって?」
いつの間にか、ミミの背後に男の子が立っていた。ありふれた金髪を肩まで伸ばして、レースを垂らした帽子で顔の上半分を隠した黒づくめの子供だ。インテーク前髪、リアルで初めて見た、とちょっとどきどきする。
ミミは彼の出で立ちに一瞬ビビったようだったけれど、彼が「ストーカー」に興味を示した様子だったからか、我が意を得たりとばかりに私の方を指さした。ていうか、男爵令嬢が公爵令嬢を指さすって、かなりの無礼じゃない?いや、偉いのは親なんだから、別に爵位とか気にしないけど、私は。でもそれって私が階級のない社会で育った記憶を取り戻したからで……そっと横を見ると、ジェイムズはこめかみにビキビキ青筋を立てていた。……見なかったことにしよう。
対する金髪の少年は、ふうん、と言っただけだった。そして、スタスタと私に歩み寄って、顔を覗き込んでくる。黒いレースの端っこがふわりと頬に触れて少し擽ったい。鼻先がくっつきそうなほど近くで覗き込まれて、レースの網目から少年の目がかすかに見えた。金色の虹彩、真っ赤に染まる瞳孔───それを認識した途端、私の呼吸は止まった。頭がガツンと殴られたように痛んで、一瞬意識が遠のく。頭の中に手を突っ込んで掻き回されるようなその不快感に、私は膝を着いた。
「……彼女は嘘をついていないよ。『ちがいますけど』って言ったんだよね。」
「あなた誰よ!なんでそんなことわかるの!」
ミリアムの声がきーんと頭に響く。ダメだ、もう意識を保てない。なんだか前にもこんなことがあったような気がする。ズルズルと暗闇に飲まれていく意識の中で、金髪の少年は、わかるよ、と言った。なんでもわかるよ、僕は魔王だからね。そのあと、何もかもが真っ暗になった。