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平凡最弱魔王様!  作者: 不破
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貴方のお名前、なんですか?

当日、私は馬車に揺られて自宅を後にした。自宅、というか、めちゃくちゃでっかい邸宅なのだが。向かい側にはメイドのアーニャが、外では馬に乗って護衛のシグが着いてきている。


3日も悩んで選んだのはユリアの目の色に合わせた黄色いドレスだ。髪を緩く巻いて、黄色や白の造花を差し込んで、妖精のような装いにまとめている。地球においての中世西洋ではたしか黄色の服は忌避されたけれど、それはユダが黄色い服を着ていたからで、キリスト教など存在しないこの世界においてはむしろお日様や黄金の色として喜ばれる傾向にあるのだ。


がたごと揺られて向かう先はリリィ侯爵領だ。基本的にリュミエール神王国は王宮のある王都から放射状に領地が広がっている。多くの場合は王女の降嫁や王子が爵位を授かることによってできた公爵家が王都から最も近くに配置され、続いて侯爵、伯爵領と続いていく。男爵や子爵は武功によって爵位を得たり、いざと言う時に戦うことを条件に身分を保証されていたりするため、国の端っこに領地を与えられているのだ。リリィ侯爵領とスー公爵領は隣合うとまでは行かないものの、どちらも王都の北側にあるのでさほど遠く離れてはいない。「魔法の馬」の力を借りればあっという間だ。


馬車の外で馬が一声鳴いて、動きが止まった。シグによって扉が開けられ、馬車から丁寧な手つきで下ろされる。ありがとうと言ったけれど、シグはなんとも言わなかった。無口な男なのだ。いや、男なのかも本当は知らないのだけど。なんせフルフェイスの兜で顔を覆っているので。体はずうんと大きくて、身長は2メートルを超えそう、肩幅は両肩にそれぞれ私とお兄様をのせてもまだあまりそうなほどと来ていて、男だろうとは思うのだけど。紳士的な大男って素敵だわ。


降ろされたのは大きな門の内側で、目の前には白とくすんだ青のドールハウスみたいな大きな邸宅が見える。目の前、と言っても随分遠くて、つまりものすごく広い。ぽかんと御屋敷を見上げていると、私たちの乗っていた馬車は引き返していった。今がだいたい午後の2時くらいで、2時間ほどしたら迎えに来るとの事だ。しばらくすると2人の下働きと1人のメイドがやってきて、シグはそのうちの一人に案内されて馬を繋ぎに行ってしまった。アーニャとシグは茶会が終わるまでは別室で待機するそうで、私とは別に案内される。他家に招かれる時にメイドや護衛に仕事をさせてはならない、というのがこの世界の貴族社会でのマナーだそうで、まあ客人に仕事をさせる訳には行かないホストとホスト側の差配を信頼していないと思われたくないゲスト同士の配慮の結果だ。アーニャもシグも、公爵家に仕えるほどだから当然実家は貴族で、別室で相応のもてなしを受けることだろう。


メイドに案内されて屋敷の中に入り、2階に登る。案内されたのは白い扉の前で、中から入ってきてと誘われるままに中に入ると、やはり中もアイボリーの可愛らしい部屋だった。内装は、色以外は何となくシャーロック・ホームズの部屋と似ていて、あれを広くした感じだ。さすがにあそこまで雑然とはしていないけれど、以前ネットの画像検索で見たものとだいぶ雰囲気は似ている。案内してくれたメイドがひとつ礼をして立ち去り、代わりに部屋の中で椅子に座っていた少女が駆け寄ってきた。ユリアだ。


「いらっしゃい、スー嬢!」

「この度はご招待いただきありがとうございます、リリィ嬢。こちらはお土産ですわ。公爵領で作っているりんごのジャムなのですが。」

「お気遣いありがとうございます。そういえば、スー公爵領ではジャムを食べながら紅茶を飲むのが流行りなのですよね。」

「ご存知でしたか。ええ、3代前の公爵夫人が猫舌だったそうで、ジャムで舌を冷やしながら紅茶を飲んだのが始まりだったとか。ジャムを領内で作らせるようになったのも、その頃からなのです。」

「そうだったのですか?ふふ、流行が思わぬ所で偶然生まれて、なんだか面白いですね。」


微笑むユリアはもうこの世のものとは思われない美しさだった。うっすら施された化粧のラメが眩しい。今日のユリアは赤色のふんわりしたドレスを着ている。スカートは何枚も生地を重ねてふわりと膨らみ、薔薇の花弁のようだ。髪に結われたワインレッドのリボンと襟や裾から除く白いフリルが倒錯的だった。


「ほら、シトリもご挨拶して。」

「……こんにちは。」

「こんにちは、アン様。」


既に椅子に腰掛けていたシトリはやはりどこか上の空で挨拶をした。もしかしてユリアに合わせたのだろうか、赤いリボンタイとチョコレート色のベストのクラシカルな組み合わせだ。シトリは首を傾げて、アン、と呟いた。


「僕のこと?」

「え?ええ、シトリ・アン様、ですよね?」

「シトリでいい。アンは沢山いるから。」


どこか噛み合わなあい会話にん?と硬直していると、ユリアが横から助け舟を出してくれる。アン子爵家は6男7女の大家族で、シトリはその五男であるらしい。既に4人の兄は王宮の騎士として、5人の姉は2人が婚約が決まっている他は大貴族か王宮の侍女として働いているそうで、「アンという苗字のものは沢山いて、呼び分けが難しい」ということだった。この国では貴族が奉公するとしたら16歳からだから……ううむ、ということは4人の兄と5人の姉は少なくとも16を超えており、7歳のシトリとは相当歳が離れていることになるが……しかもシトリには弟が1人、妹が2人いるということで、つまり相当頑張ったか家庭環境が入り組んでるかのどっちかなのだけど……。


「で、では……シトリ様、と呼ばせていただきますね。」

「まあ、シトリだけずるいわ!私のこともリリィ嬢、なんかではなくて、ユリアと呼んでくださいまし。」

「ゆ、ユリア、様?」

「はい、メアリ様!」


花の咲くように口元を綻ばせるユリア。小説の描写、漫画の表現すら凌駕するほどかわいい。そう、基本的には「分を弁えていて、クー王子に馴れ馴れしくしない」人に対してはなつっこくてかわいらしい子なのだ。私、転生してよかったかもしれない。思わず自分の幸運を噛み締めてしまった。メアリだったら、「トラックに轢かれて死んでいる以上幸運ではないでしょうよ。」とでも言うだろうけれど。

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