ユリアの招待状
目を覚ますと、ぴちちちと小鳥がさえずっていた。日本では雀なんかが地面を啄んでいるけれど、こっちでは珊瑚やピスタチオのような鮮やかな色の小鳥が木の上や窓の縁で戯れているのをよく見かける。しばらくベッドの中から小鳥が窓の近くで遊んでいるのを見ていると、ノックの音がした。メイドのアーニャだ。
貴族は普通、メイドか執事か、とにかく召使いが起こしに来るまでは起きないものだし、着替えもヘアメイクも全部人任せなんだという。ヘアメイクはともかく着替えくらい自分でやればいいのに、と思ったけれど、部屋着にしているドレスですら重いやら自力で止められないボタンがあるやらで自分で着替えるのは早々に諦めた。
アーニャに服を着替えさせられ、髪を整えられるとすっかり愛らしい小さな淑女が出来上がる。今日のドレスは瓶覗色のワンピースタイプのものだ。袖やスカートの膨らみも控えめで、脹ら脛の辺りから白いタイツが覗いている。とはいえ、こんなにフリルたっぷりの服だとどこかに引っ掛けてしまいそうだし、更にリボンで編み込んだ髪が崩れないように慎重に歩く必要がありそうだった。
身支度を整えた私は自室を出て食堂に向かう。あの、縦に長ーいテーブルがある部屋だ。いつもそこでお父様とお兄様、それから私で食事をとる。自室から食堂まで、もうそこそこ距離があって朝から疲れてしまうのだけど、服の重さと相まって太る要素がないのよね。家が広いと運動量が増えていけない。日本では、キッチンのすぐ側に食卓があったりキッチンで作りながら食べたりしたけれど。ああ、1LDKが恋しい……。
食卓に辿り着くと、すでにお父様もお兄様も席に着いていた。長いテーブルを活かすつもりのなさそうな配席で、3つの座席が奥の方にコの字型にぎゅうと詰められている。お兄様の向かいの席に着くと、お父様は読んでいた手紙を折りたたんで執事に持たせ、今日も愛らしいねメアリ、と言った。お父様は親バカなのである。しかもこの言葉の裏には「ママに似て」が隠されていて、いつも家にいないお母様によく似たメアリをことの他可愛がっているらしい。向かい側に座ったお兄様は肩を竦めてやれやれと首を振った。
給仕によってテーブルに並べられたのは、サラダとパン、それからオムレツにオレンジジュースだ。お父様にはこの後食後の珈琲がつく。意外だったのだけれど、力を誇示しなければならない場合や特別な行事でもない限り、貴族だからといってテーブルの上に食べきれないほど食事が並ぶことはない。
この世界では……と言うより、この国では、食前に手を合わせて「いただきます」という文化はない。指を組んで「天にありますように」と祈るのだ。どうやら我々の食卓に並ぶために死した全ての動植物が神のもとへ辿り着き、安らかになりますように、という意味らしい。反対に「ご馳走様でした」の代わりは「天の加護がありますように」だ。確か全ての食物を我々の食卓に届ける人々への感謝を表すという。まあ要するに、美味しかったです、ありがとうございました、という意味だ。
指を組んでお祈りをし、黙々と食べていると、お父様がそういえば、と話を切り出した。そういえば、お前宛に手紙が来ていたよ。
「手紙?」
「招待状さ。ユリア嬢からね。」
ユリアから、招待状!もしかして、あの社交辞令を本当にしてくれたのだろうか。お父様の言うには、3日後侯爵家で親しい友人だけでお茶会があるらしい。それで、私にも招待状を出してくれたのだそうだ。それはとても嬉しい。友人、ということは、シトリは勿論、予定さえ合えばクー王子も来るかもしれないので、あまり気を弛めて参加する訳には行かないだろうけれど。
「良ければ御家族もとあるんだが、残念ながらパパは領地の視察があるから行けないんだ。でもシグを護衛につけるから、安心して行っておいで。ジェイムズはどうする?」
「んー……3日後は僕も用事があるなあ。残念だけど、メアリ1人での参加になりそうだ。」
「そうなのですか……でも、楽しみです!」
お父様はうんうんと頷く。それから食事を終えて、勉強したり庭を散歩したりして日中を過ごし、空いた時間は3日後に来てゆくドレスを選ぶのに使った。大学生にもなって、もう修学旅行や遠足にわくわくしてそわそわするという経験は長らくしていなかったけれど、童心に帰って3日過ごした。