6 帰省 その2
結局、アリスが持っている魔法の本には、夢に関する魔法は載っていなかった。強制的に眠りにつかせる魔法はあったのだが…。
「こうなったら、リヒトのところに行って、探してみようかな?リヒトは魔法に関する本をたくさん持ってるし、夢の魔法に関する記述がある本がが一冊くらいはあるんじゃないかな?」
そんな考えに至ったアリスは、翌日の朝、早速リヒトの家へと向かった。ばたん!と勢いよくドアを開けて中に入る。
「おはよう、リヒト!ちょっと調べものをしに来たんだけど、入っても大丈夫?」
「…いいよ、って言う前に入ってると思うんだけど…、気のせい?」
アリスはリヒトの言葉を聞き流し、さっさと近くにあった椅子に座った。そして、その家の天井を見た。
「相変わらず、薬草が大量だね…。こんなにたくさんあっても使わないと思うんだけど…。もし、引っ越しすることになったら、どうするつもり?全部は持っていけなさそうじゃない?」
天井から、大量の乾燥した薬草が吊り下がっている。その量は年々増えていて、アリスは、いつかこの家の天井が崩落しそうで少し怖かった。
「そうだなー。全部使い終わってから引っ越ししようかなー…」
「使い切るまで、何年かかると思ってるのよ…。というか、リヒト…、もしかしなくても、徹夜したでしょ?すごく眠そうだよ?私は私で勝手に調べてるから、寝てきたら?…あ、ちなみに、何か調べてたの?それとも、実験?」
「どっちもだよ。新しくそこら辺の森で見つけた植物の効果とか調べてた。でも、何個か効果が書いてあったんだけど、本当にその効果が出るのか疑問に思ったからちょっと実験してみたんだ。一時間くらいで終わるかと思ったら、なかなか上手くいかなくて」
「…で、結局徹夜でずっと実験していた、ってこと?昔からそんな感じだよね?成長してないなー。そんなことしてたら、早死にしちゃうからね?とにかく、今はおやすみなさい」
アリスはそう言いつつ立ち上がり、たくさんの本が置かれている部屋に向かった。この家にはよく来ていたため、どこに何の部屋があるかはすっかり覚えてしまっている。
「うーん…。相変わらず本が大量…。数えたことはないけど、五百冊くらいありそう。それに、こっちも少しずつ増えてきてるんじゃないかな?もし地震が来たら、全部落ちてきそう。いや、そもそも本棚が倒れてきそう…。下敷きになっちゃったらどうするんだろう?心配だなー…」
ぶつぶつ呟きながら上の方の本棚もじっくりと見る。色々な魔法の本が、種類など関係なく、ごちゃごちゃに入れられている。なので、目的の本を見つけづらい。ただ、基本的な魔法が書いてある本に、見せたい夢を見せる魔法が載っていなかったということは、そこまで知られていない魔法なのだろう。そこでアリスは、珍しそうな魔法が書いてありそうな本を探すことにした。しかし、そもそも本が多すぎて、どこから手をつけて良いのか分からない。
「とりあえず、左の方を探そうかな…?そもそも今日中に見つけられるかどうか…。リヒトが起きたら、少し手伝ってもらおうかな。リヒトだったら、どこに何があるか分かってるだろうし」
そう呟きつつ、アリスはのんびりと本を探した。
数時間後。時計は、昼の時間を指している。本が全く見つからず、がっかりしているアリスの元に、リヒトがやって来た。どうやら、起きたらしい。しかし、まだどこか眠そうな表情だ。
「あれ…。まだ見つかってないの?もしかして、ずっとここにいた?どういう系統の本を探してるの?」
「えっと…。何て言うんだろう…。夢に関する魔法…、かな?」
「昨日から夢の魔法を気にしてるけど…、大丈夫?悪い夢でも見た?」
アリスはどきっとした。やはり、話した方がいいのだろうか…、と少し迷う。結局、簡単に列車で見た夢について話すことにした。
「実は、列車で、変な夢を見て。普通に存在していた世界が急に真っ暗闇に変わっちゃって…。そしたら急に、男の子が現れて、意味分かんないことを言ったかと思ったら、消えちゃった。そこで目が覚めた」
「へー…。ただの夢だと思うけどね…。あ、あった、これとか、載ってると思うけど?」
アリスはお礼を言って、その本を受け取った。どうやら、かなり珍しい魔法をまとめた本のようだ。そして、ぱらぱらとページをめくる。後ろの方に、その魔法は載っていた。五ページにわたって、細かく書いてある。アリスは、最初の文を声に出して読んでみた。
「夢の中身を操る魔法は、基本、魔女、若しくは魔術師しか使えない。なので、滅多に使われない、…って、え!?普通の魔法使いには使えないの!?」
アリスは、夢の中の子どもの姿を思い出した。しかし、どうしても彼が魔術師だとは思えなかった。そもそも、魔術師は、大人しかなれない、というのが、一般的な考え方なのだ。その考え自体は証明されていないが、実際、子どもの魔術師は今も過去も、一人も存在していないことが知られている。
「…ってことは、やっぱりリヒトの言う通り、あれはただの夢だったのかな。でも、何か引っかかるんだよね…。うーん、機関に戻ったら、カロンに聞いてみることにしようかな」
アリスがその続きを読んでいると、リヒトが横から本を覗き込んできた。
「あー。それ、よくよく考えてみたらけっこう前に読んだ気がする。確か、魔女とか魔術師の中でもすごく強い人じゃないと使えない魔法じゃなかったっけ。だから、使う人がなかなかないみたいだよ」
「そっかあ…。じゃあ、子どもがこの魔法を使える可能性は限りなく低いんだね…。…あ、でも、もし、魔法で自分の姿を変えていたとしたら、その人が魔術師、って可能性はあるよね?」
「…。確かに、なくはないけど…。そもそも、この魔法自体が難しすぎるし、更に魔法を使うのはなかなかできないことだよ。たぶん、難易度で考えたら、魔法機関のトップの人でさえもギリギリなんじゃないかな?」
「つまり、私の夢に出てきた子どもが魔法を使った可能性はほぼない、ってことね…」
アリスは、本を閉じて、リヒトに返した。
「リヒト、これ、ありがとう。まだちょっともやもやしてるけど、とりあえず大丈夫。もしかしたら、また何か借りるかもしれないけど…。あ、それと、この部屋を散らかしちゃってごめん。片付けていくね。ついでに、本の整理もしていくよ。このままだと分かりにくいんじゃない?それに、私が嫌だし」
「それはありがたいけど…、せっかくのお休みなのに、ご両親と一緒にいなくていいの?」
「二人とも、仕事で夕方まで帰ってこないから。それまで暇なんだ。それに、久しぶりにリヒトの家に行きたかったし。だから大丈夫だよ」
アリスの両親は、現在、共に隣町で働いている。二人は今日、大切な仕事があるらしく、朝早くから出かけて行ってしまったのだ。アリスがそのことを説明すると、リヒトは納得したようだった。その後しばらく、アリスたちは本の整理に集中したのだった。
夕方になる頃には、その部屋の本棚はかなり整理された。似たような本でまとめたため、前よりも見やすく、そして、分かりやすくなっている。
「はあ…、疲れた。でも、とりあえず片付いたから良かった。リヒト、私がいつもここを整頓するわけにはいかないんだから、ちゃんと自分で元の場所に戻してよ?そうじゃないと、後で自分が困るんだからね?」
「はいはい、分かりました。というか、アリス…、口うるさくなった?」
「そうかもしれないけど…、その主な原因は、誰かさんがしっかりしてないことなんじゃないかなー?」
軽口をたたきあいながら、二人は本の部屋を出た。廊下を、窓から差し込む夕暮れの光が照らしている。
「あ、そうだ。アリスにあげたいものがあったんだった。…どこだったっけな?」
「あのね、リヒト…。人に渡す物の場所を忘れるって、けっこうひどいと思うよ?しかも、何で今になって思い出したのよ…。私、朝からここにいたんだけどな…」
「大丈夫、そういう時こそ、魔法を使えば何とかなるから」
そう言って、リヒトは何も無い空中から、何かが入っている瓶を出現させた。突然現れた瓶にアリスは驚いたが、少し呆れて言った。
「確かに便利だけど…、何でこういう時に魔法を使っちゃうかな…。たまには自分で探したら?」
「…努力するよ。…ってことで、はい、これ、アリスにあげるね」
「ちょっと強引に話題変えられたけど…、まあいいか。何これ?大量に薬草が入ってるけど…、何かに使って余ったの?」
「違うけど…。これは、薬草茶の材料。この前、手紙で薬草茶がどうこう言ってたから、欲しいのかな、って思ったんだ。とりあえずそれを作るための材料だけ渡しておこうかな、って」
アリスは少し考えた。手紙の内容を細かく覚えていなかったため、自分がそういう内容の手紙を書いたのか、分からなかったのだ。適当なところがある、アリスなのだった。
「まあ、リヒトがそう言うなら、たぶん、過去の私がそう書いた、ってことだよね。ありがとう」
アリスはそう言って受け取った。瓶の中に、乾燥した葉がたくさん詰まっている。
(すごく色々な種類の葉っぱがあるけど…。これで本当に薬草茶ができるのかな??すごく苦そう…)
「…そういえば、明日だっけ、アリスが魔法機関に戻る日。その前に思い出して良かった」
「そうだよ。本当はもうちょっと休みたかったけど、色々忙しいから。…またしばらく、会えないね」
アリスはうつむいた。すると、リヒトが軽くアリスの頭をなでた。
「何だったら、今度は僕が魔法機関に行こうか?アリスが他の人に迷惑かけてないか心配だし」
「理由がひどい…。確かにまだまだ未熟だし、分からないことばっかりだけど、私だって少しは成長してるよ!たぶんだけど。…というか、そもそも、魔法機関は関係者以外入れないはずだよ?」
「それは残念」
アリスとリヒトは笑い合った。なかなか会えなくなっても、二人の関係は仲が良いままで、何も変わっていなかった。そして、アリスはこれからもそんな関係が変わらないと信じて疑っていなかった。
読んで下さり、ありがとうございました。