4 列車の中で
なかなか投稿できなくてすみません…。
景色が飛ぶように流れていく。さっきまでは、美しい街並みが見られたのに、今はただ森の木々が見えるだけだ。アリスは客席でのんびりと外の眺めを楽しんでいた。
アリスがこの列車に乗ってから既に数時間が経っている。この列車が発車したのはお昼頃だったので、現在は夕方。日は傾きかけ、オレンジ色の光が木々の隙間から零れ落ちていた。他の乗客は夜に備え、寝る支度をしていた。この列車はかなり古いため、明かりが設置されていない。なので、基本的に乗客は、暗くなったらすぐに寝る。真っ暗なので、やることがないのだ。
(でも、こんな早くから寝られるかな?私、なかなか寝られない自信があるんだけど…。しかも揺れてるから余計に寝づらいんだよね…)
アリスがそんな心配をしているうちに、日が山の向こうへと沈んでいった。列車の中はまだほのかに明るいが、すぐに真っ暗になってしまうだろう。乗客たちはさっさと寝始めた。
(暗闇の中でできることなんてないし、私も寝ようかな。絶対寝られないけど…。でも、私が寝不足になると、リヒトに強制的に休まされるんだよね。リヒト、そういうのにすごく敏感だし、気付かれそうだな…)
目をつぶっていればその内寝られるだろう、と思ったアリスは結局眠ることにした。しかし、目を閉じようとしたその時だった。
「……っ!?」
誰かの強い視線を感じた。辺りを見回すが、こちらを見ている人は一人もいない。既に列車の中は真っ暗になっていたが、アリスは比較的夜目がきくので、何となく列車の中の様子が分かるのだ。
(気の、せい…?それにしては生々しかったけど…。何だったんだろう?)
でも、今は何も感じない。視線も、気配も、何もかも…。アリスは少し怖くなったので、自分と荷物に結界の魔法をかけて寝ることにした。自分より魔力が強い者だったら難なく解いてしまうだろうが、何もしないよりは安全なはずだ。
(とりあえず、寝ようかな…。目を開けてたら、お化けとか見えそうだよね、この雰囲気…)
アリスは目を閉じた。しかし、なかなか眠れない。それどころか、色々なことが頭の中に浮かんできてしまう。
(そういえば、結局カロンとルナは昼間の事件の報告書をどうやって書いたんだろう?)
その後も事件に関することをずっと考えていたアリスは、ふと気付いた。
(さっきよりも目が冴えてる…。うーん、何も考えない方がいいのかな…。でも、勝手に色々湧き上がってきちゃうんだよね…)
と、その時だった。アリスは再び、何かの視線を感じた。今度は絶対に気のせいではない。アリスは起き上がり、辺りを見渡した。しかし、やはり何も見えない。アリスはそっと椅子から下り、他の人が起きないようにそっと通路を歩いた。しかし、暗いので歩くのが難しい。アリスは慎重に慎重に歩いた。しばらくすると、外のデッキに出られる扉に辿り着いた。アリスがその取っ手に手を伸ばそうとしたその時だった。カチャリ、と音が鳴って、アリスが何もしていないのに、扉が開いた。思わずアリスは一歩後ろに下がる。すると、内側から外側に向かって風が吹いた。その風は弱いはずなのに、なぜかアリスの背中を強く押し、その体を外側へと運んで行った…。
「…?何、ここ…」
アリスはいつの間にか、森の中で一人で立っていた。きょろきょろと辺りを見渡しても、木以外には何も見当たらない。アリスはここを出ようと歩き始めた。しかし、どこまでも道は続いていて、出口がない。
「さっきは扉からここに来たはずだから、扉を探せば戻れそうなんだけどな…。というか、本当にここはどこ?誰が私をここに連れてきたんだろう…」
その時だった。道の向こうから何かが聞こえてきた。それは、何かの楽器の音。聞き覚えのあるメロディー…。アリスははっとした。なぜなら、その音楽は、アリスの故郷の街の伝統的な音楽だから。どこからか、風に乗ってやってくる。アリスは再び歩き始めた。しばらく歩くと、曲がり角を見つけた。そこを曲がった先にあったのは、街。知り合いがたくさんいる。すると、どこからかアリスの名前を呼ぶ声が聞こえた。その方向にいるのは、アリスの両親だった。アリスは立ち止まり、考えた。
「…?家の近くに森なんてあったっけ。そもそも、ここは現実なの?それとも…、夢?」
「アリス!」
再び名前が呼ばれる。両親の隣にリヒトがいる。三人とも、手招きしていた。アリスは三人に向かって歩き始めた。そして、あと数歩のところまできた、その時。
後ろで何かが割れたような、大きくて高い音がした。アリスは振り返る。
「…え?!」
アリスの後ろにあった物が全てが無くなっていた。人も、建物も、何もかも…。そこにはただ、真っ暗な闇が広がっているだけで…。アリスは慌てて前を見る。でも、何も無い。さっきまで目の前にいたはずの三人が、いない。ただそこには、真っ黒な闇だけが存在している。だんだん、暗闇がアリスに迫ってくる。アリスはなす術もなく、その暗闇に飲み込まれた。
「驚いたでしょー?急に大切な人たちが消えちゃって?」
暗闇の世界。いつの間に、アリスの目の前にフードで顔を隠した、7,8歳くらいの子どもが現れた。かろうじて見える口元は、楽しそうに歪んでいる。
「…あなた、誰?列車で私を見ていたのは、あなただったの?」
「まあね。意外とガードが堅くてびっくりしちゃったよー。でも、良かった、君をここに連れてこられて。どうだった、さっきの?」
「どうだった、って…。何であんなものを私に見せたの?おかげで気分が最悪なんだけど…」
アリスはそう非難したが、子どもはにやにやと笑ったままだった。
「あれはねー、未来の話だよ。そう遠くない未来で起こる、現実。衝撃的だよねえ」
子どもはどこか、他人事のようにそう言った。
「どういう…、こと?というか、何で未来の話を知ってるの?」
「何ででしょう?まあ、でも、君ならすぐに分かっちゃいそうだけどねー」
そう言い終えるか終えないかのうちに、子どもの姿がだんだんと薄くなっていく。どうやら、ここから去ろうとしているらしい。
「ちょっと待って!あなた、私の質問にほとんど答えてないよね…!」
アリスはそう言ったが、子どもは何も言わずに完全に消えてしまった。くすくす、くすくす。笑い声だけが、その場に響いていた…。
「…?!」
急に目の前が明るくなった。アリスは一瞬、ぎゅっと目を閉じたが、少しずつゆっくりと目を開けた。
「あれ…?ここ、列車の中…?」
そこは、森でも、街でも、暗闇の中でもなく、アリスが乗っていた列車の中だった。いつの間にか戻ってきたらしい。アリスは少し混乱する。
(さっきのは、夢だったのかな?でも、夢だったとしたら、どこからが夢だったんだろう…?あと、あの男の子、誰…?いったい、何だったの?)
すると、列車が止まった。どうやら、どこかの駅に着いたらしい。駅名を確認すると、そこはアリスが降りる駅の二つほど手前の駅だった。
(一旦、夢のことは置いておいて…。そろそろ降りる支度をしないと。乗り過ごしたり忘れ物したりしたら大変だもん)
念のため、何かがなくなってないか確認する。丁寧に確かめたが、特になくなった物はなさそうだったので、ほっとした。アリスは荷物を自分の膝に置き、のんびりと外の景色を眺めた。この辺りは、どこまでもどこまでも、草原が広がっている。その奥に見えるのは、他の国との境となっている高い山々。春は花が咲き乱れ、夏は濃い緑が地面を覆い、秋は赤や橙に色づく。そして、冬は真っ白な雪景色が広がる。この草原と山の色の変化で、人々は季節の変化を知ることができる。
それから二時間ほどすると、目的の駅に着いた。しかし、降りる人は少ない。アリスはゆっくりと列車を降りた。その瞬間、目の前に広がっていたのは、可愛らしい花畑。今の季節は秋。そこには、コスモスの花が咲き乱れていた。
「いつの間に花畑ができてる…。前、帰ってきた時は、こんなのなかったんだけど…。可愛い」
アリスはしばらくそれを眺めていたが、家の方角へ向かうことにした。ここから故郷の町まではおよそ三十分。転移魔法を使ってもいいのだが、久しぶりなので、アリスは歩いて帰りたいと思っていた。それに、美味しいパンも買いたかったのだ。…と、アリスはふとそこに、見知った人の姿を見つけた。
「あれ、もしかしなくても、リヒトだよね?何でここに?もしかして、それこそ夢か幻?」
アリスは頬を思いっきりつねってみた。痛かったので、夢ではない。
(ということは、本当にリヒトってこと…!?)
試しに手を振ってみると、向こうも手を振ってくれた。アリスは、その人がリヒトだと確信した。アリスはリヒトに駆け寄った。
「久しぶり、リヒト!迎えに来てくれたの?」
「そういうこと。元気そうで何よりだよ」
「でも、もし私が転移魔法で駅からそのまま家に行ってたらどうしてたの?そしたら私、リヒトに気付いてなかったよ?」
「アリスのことだから、転移しないで歩いて、ついでにパン屋に寄るだろうな、って思ったからね」
アリスは、自分の考えに気付かれていたことに驚いた。
「すごい。よく分かったね…。ところで、お父さんとお母さんは?家で待ってるの?」
「うん。一緒に行こう、って話をしてたんだけど、急にお客さんが来ちゃったみたいで。だから、僕だけで来たんだ」
「そっか。ありがとね、リヒト。…あ、そうだ、リヒトなら知ってるかな。ちょっと魔法に関して気になることがあって」
「魔法に関して気になること?珍しいね、魔法機関ですぐに分かっちゃいそうだけど…」
「あのね、人の夢を操る、とか、自分の見せたい夢を他の人に見せる魔法ってあるのかな?」
アリスが質問すると、リヒトは少し考えた。しばらくして、答える。
「ありそう…だけど、聞いたことはないかな。そういう、精神干渉系の魔法はあまり詳しくないんだ。ごめんね」
「ううん。気にしないで。機関に戻ったら、そこの人に聞いたり、自分で調べたりしてみるから」
「そっか。じゃあ、そろそろ行こう。パン屋に行きたいなら早くしないと売り切れるんじゃない?」
「ああ!確かに!人気のパンが無くなるかも…!リヒト、早く行こう」
二人は並んで歩き出した。
読んで下さり、ありがとうございました。