2 魔女の予言
魔法機関では、係ごとに部屋が振り分けられている。アリスが所属している事件調査係のメンバーは全部で三人いて、部屋の机もちょうど三つだ。しかし、何故かどの机も離れて配置されているため、誰かに資料を渡すためには一度席を立たなければならなかった。
アリスは数字を直してから、カロンの席へ向かった。そして、資料を手渡す。
「カロン。数字、直し終わったよ。これで大丈夫?」
「うん、ばっちりだよ。ありがとね。というか、アリスって資料作りが上手いよねー。しっかりまとまってるし。ちょこちょこ変なところがある以外はばっちりだよ」
「そう?それなら良かった。ありがとう」
カロンはしばらくアリスが持って来た資料をのんびりと見ていたが、急に口をとがらせた。
「アリスがここに来てから半年くらい経ったけど、まだ、アリスが魔女になってない…。どういうこと?」
「あー…。あれ、私、今でも信じてないよ?」
アリスは苦笑いして、カロンに初めて会ったときのことを思い出した。
それは、アリスが魔法機関に来たばかりのこと。ようやくたどり着いたその部屋には誰も人がいなかった。アリスは心配になって何度も部屋の番号を確認したが、確かにこの部屋だった。アリスはとりあえず中に入ることにした。机は全部で三つ。そのうちの一つに、自分の名前が書かれた札が置いてあった。
「私の席…、あれかな?」
しばらく待ってみたが誰も来なかったので、アリスは自分の荷物整理をすることにした。半分くらいの荷物を整理し終えたその時、パタン、とドアが開く音がして、誰かが入ってきた。そして、その誰かは、アリスを見て尋ねた。
「あなたが今日、ここに入ってきた、新人さん?えーと、アリス、だったよね?あ、ちなみにあたしは、カロン・メーディールって言うの。あなたと同じ係なんだ。よろしくね」
「はじめまして。アリス・ヴェレーラです。色々ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、これからよろしくお願いします」
アリスがぺこり、と頭を下げると、カロンはにこっと笑った。その笑みがとても優しくて、アリスは何故だかほっとした。そして、気付く。
(私…、案外緊張してたみたい。まあ、まだ慣れてない場所だから、当たり前って言えばそうなのかもしれないけど…。でも、カロンさんは初めて会ったけど、何となく、信用しても大丈夫な気がする…)
「そんな堅くなんなくて大丈夫だよ。あたし、きっちりしてるの苦手だからさ。…って、ごめんごめん、話が逸れたね。これから時間があったら、この中を案内しようと思って来たんだけど、どうかな?」
「是非お願いします!どこに何があるかさっぱり分からなくて困ってたんです。カロンさん、ありがとうございます」
「どういたしまして。あと、あたしのことはカロンでいいよ。それから敬語もなし!これはもう一人の同じ係の人にもお願いしてることだから、気にしないでため口で話していいから。ね?」
カロンはそう言ってアリスに機関の中を案内した。一定の感覚で設けられている窓から差し込む光がどこか幻想的だ。足元を照らすように、床に光が当たっている。
「本当はもう一人、同じ係の子がいるんだけど、今日は残念ながらお休み。実家に帰ってるみたいよ」
「そうなんですね…。いつお会いできるでしょうか?」
カロンにはため口でいい、と言われたが、アリスは結局、敬語で話していた。
「うーん…、三日後くらいかな?ところで、アリスはもともとどこに住んでいたの?」
「カーシア国の西部にある、小さな町です。近くの森にはなかなか採れないような植物がたくさんあって、その町ではそれを売って生計を立てている人が多いんです」
「へー。カーシアか…。あまり行ったことがないんだよね…。今度、行ってみようかな。楽しそうだし。そういえば、カーシアって霧の国なんでしょ?やっぱり霧が多いの?」
「いえ、私の住んでいた町は全く霧は出ませんでしたよ」
そんな話をしつつ、二人はのんびりと廊下を歩いた。やはり、この建物はとても広い。同じような廊下がずっと続いている。一時間ほど案内してもらうと、ようやく元の場所に戻った。
「ま、基本的にはぐるぐるしてれば元の場所に戻れるはずだよ。もし迷ったら、近くにいる人に聞けば答えてくれるはずだしね」
「本当にありがとうございました。これで、主要な部屋だけは一人でも行けそうです!」
「いえいえ。あと、最後に、アリスに言っておきたいことがあるんだ」
「何ですか?」
すると、カロンは真剣な表情になって言った。
「あたしについてなんだけど、あたし、実は魔女なんだ。ちょっと気になることがあってここにいるだけで、普段は世界中を歩きまわってる。だから、もしかしたら、ほんの少ししか一緒にいられないかもしれないんだ」
アリスは目を丸くした。アリスはまだ、魔女に会ったことがなかったのだ。でも、言われてみれば確かにカロンの持つ魔法の気配はかなり強い。恐らく、驚くほど強い魔力の持ち主なのだろう。
「そうだったんですね…。それじゃあ、私、早く仕事に慣れて、カロンさんが旅に出る時、私にこの仕事を任せても大丈夫だな、って思って頂けるくらい、成長します!」
「ありがとう。あ、あとついでに、もう一つ言いたいことがあるんだ。あたし、未来を視る魔法が得意でね、興味本位であなたの未来を視てみたんだけど…。そしたら、びっくりすることが分かったの」
そこまで言って、カロンは一旦、言葉を止めた。そして、こう予言した。
「あなた、いつか必ず、魔女になるわよ」
アリスはきょとんとした。自分が魔女になるということなど、考えたことがなかったのだ。というか、ありえないと思っていた。アリスが驚きで何も言えずにいると、魔女は更に言った。
「その未来では、千年後…、あたしとアリスがどこかで一緒に話していた。間違いなく、あれは千年後よ。でも、普通、人はそんなに生きられない。千年も生きられるのは、魔女か魔術師だけよ」
「で、でも、私…、全く魔女になる気がないのですが…。というか、そうなるとは思えないのですが…」
しかし、魔女はそれを肯定しなかった。
「今はそう思っているかもしれないけど…、転機なんていつ来るか分からないわ。それに、あたしの未来視の的中率は、ほぼ百パーセント。つまり、外れることはないに等しいわよ」
アリスがそれでも黙っていると、カロンはにこり、と笑って言った。
「それじゃあさ、賭けでもしない?あ、ちなみにあたしは、もしも未来視が当たったら、アリスとどこかに遊びに行きたいな!なかなか人と遊ぶことがないからね…。アリスは何がいい?」
「うーん……。あ、そうだ!じゃあ、私、遠い東の国のお菓子が欲しいです。幼馴染が一度、食べたことがあったらしいんですけど、とても美味しかったみたいで、ずっと気になってたんです」
「そんなことでいいの?何だったら、賭けに勝っても負けても、持ってくるけど…。まあいいか」
カロンは再び、楽しそうに笑った。その瞬間、光の粉が二人の周囲を舞った。
「はい、これで約束は成立ね。じゃ、遅くなっちゃったし、部屋に戻ろっか。あ、あと、もう一回言うけど、敬語じゃなくていいからね?」
「努力します」
アリスはうなずいて、カロンと仕事部屋に戻った。本当に、カロンの言っていた未来は来るのだろうか、と思いつつ…。
「でも、よくよく考えてみれば、そんなにすぐに未来視が当たったら怖いっちゃ怖いよねー…」
カロンはそう言いつつもやはりどこか不満げだった。しかし、不意に話題を変えた。
「で、最近、お休み取ってないみたいだけど、大丈夫?一か月くらい、ずっと休んでないんじゃないの」
「平気だよ。家族と、幼馴染に会えないのは残念だけど…。あ、あと、隣町にある美味しいパン屋さんのパンを買えないのも残念かな」
「あはは!パンが食べられないのが残念、って…。アリスって変わってるよねー」
「そうかな?でも、本当に美味しいんだよ?ふわふわもちもちで。たぶん、カロンも食べたら好きになるんじゃないかな?おすすめだよ」
アリスが力説していると、その話に同じ係のルナが加わってきた。
「わたしのところには、お菓子屋さんがあるんですー。しかも、そこでは甘くないお菓子も売ってるから、甘いものが苦手な人にもけっこう人気で、すぐに売り切れちゃうんですよ」
ルナの喋り方はほのぼのとしていて、ルナが喋るといつも、その場の空気が和む。
「そういえば、ルナの家はどこにあるの?」
アリスがそう尋ねると、ルナはほわりと答えてくれた。
「カーシア国の東部に位置する、ヒレネという場所ですよ。比較的ここから近いんですー。だから、お休みの時もすぐに帰れるから便利なんです」
カロンはその話を聞きつつ、心の中でとあることを考えていた。
(あたしがあの時見た、もう一つの未来…。アリスには話さない方がいいわね…)
実はカロンはもう一つ、未来を見ていた。しかし、それは、アリスにはまだ告げていない。それは恐らく、アリスにとっては辛い未来だからだ。最初はこのことを言おうかと思っていたのだが、アリスと話しているうちにやめておいた方がいい、と確信したのだ。
(だって…、アリスにとって幼馴染の子は、すごく大事な存在みたいだもん…。そんな人が何も言わずに去るなんていう未来、絶対知りたくないでしょうね…。しかも、あんな状況で…)
こんな時、カロンは自分の無力さを恨めしく思う。カロンが見た未来は必ず当たってしまう。いいことも、悪いことも…。カロンがその未来を変えようとどう頑張ったって、その未来は必ず来てしまうのだ。
(あたしにできるのは、その未来に関わる人にそれを伝えることくらい…。それを知ってどうするかは、その人次第…。どっちにしろ、未来は変わらない。魔女って言ったって、万能ではないのよね…)
「やっぱり、言わない方がいいわね。このことは…」
思わずつぶやいてしまった。ルナと話していたアリスの灰色の瞳がカロンを見る。
「今、何て言ったの?」
「え?ううん、大したことじゃないよ。ただ、お菓子が食べたいな、って」
カロンはそう言って笑った。アリスもそれにつられて笑う。カロンは、その未来が来た時、自分がアリスを支えなければ、と思った。
読んで下さり、ありがとうございました。