1 始まりと出会い
本編です!ここから物語が始まります。よろしくお願いします。
レゼラルと呼ばれるこの世界には、魔女と呼ばれる人間がいる。魔女たちは基本的にその正体を表立って現すことはないが、一つだけ、普通の人ではあり得ない、大きな特徴がある。
それは、不老不死である、という点だ。普通の人からすれば、この特徴はとてもうらやましい物なのだろう。なぜなら、老いることはもちろん、死ぬことはないのだから。しかし、不老不死の魔女の一人であるアリスは、そうは思っていなかった。なぜなら、不老不死ということは、悲しみも、苦しみも、罪もずっと背負って生きていかなければならないということだから。少なくとも、アリスはそう考えていた。アリス自身、千年前の後悔を、ずっと忘れられない。そしてそれは恐らく、後悔の原因となったとある問題が解決しない限り、ずっとアリスの心の中に居続けるのだ…。
霧の国、カーシア国。今も昔も、この国では基本的に魔法使いや魔女の存在を容認している。そのおかげでこの国では魔法の技術が発達している。また、森には魔物が住んでいるが、比較的人に懐きやすく、特に大きな争いなどはなかった。アリスが生まれたのは、そんな穏やかな国だった。
アリスは生まれた頃から魔法の力がとても強かった。それは、周りの魔法使いたちとは比べ物にならないほど。それほど強大な力を持っていたアリスは、魔女となって不老不死の状態になることも可能だった。しかし、最初、アリスは魔女になること、ひいては不老不死になることを望んでいなかった。不老不死になること自体はすごいものだと思っていたが、自分がなりたいとは思っていなかったのだ。しかし、世界を大きく変えてしまうことになる、とある事件に巻き込まれたことから、彼女の運命は大きく変わることになる。
今から千年も前のこと。まだアリスは何も知らず、魔女ではなかった頃の話だ。アリスは、その強い力のせいで周りの人物たちから敬遠されていた。両親は魔力を持っていなくてもアリスに理解を示してくれていたが、友達ができず、寂しい日々を送っていた。
そんなある日、彼女は自分より一つ年上のとある人物と出会った。その出会いは、もう冬も近い秋のこと。とある事件がきっかけだった。道端で魔法を使って遊んでいたアリスは、ふと誰かの叫び声が聞こえたような気がして、そちらを見た。そこには、たくさんの人。皆、大きく口を開けて、アリスの上を見ていた。アリスも真上を見て目を見開いた。
「あ……」
何かが、落ちてくる。鋭く尖ったたくさんの何かが…。近くの建物の窓が割れたのだろうか?と、アリスはどこかぼんやりと考えた。アリスは突然のことに、その場から動けなかった。自分に落ちてくる何かが当たることを想像し、アリスがぎゅっと目をつぶった、その時だった。唐突にその場に突風が吹き抜けていった。しばらく経っても、何も起こらない。ただ、体が何かで包まれているように温かく感じる。恐る恐るアリスが目を開けると、そこにはアリスより少し年上くらいの少年がすぐそこにいた。
「もう大丈夫だよ。君目がけて落ちてきた物は全部風で払っておいたから」
そう言うと、少年はアリスを抱きしめていた腕を離した。周りを見ると、さっき、アリス目がけて落ちてきていた何かが散らばっている。アリスは、少年にそっと尋ねた。
「ありがとう。もしかして、あなたは……、風の精霊さんなの?」
少年は面白そうに笑って答えた。
「違うよ、僕は少し魔力が強いだけの魔法使い。普段は旅をしているんだけど、ここら辺でちょっと休もうかと思って、泊まる場所を探していたら、偶然この場に遭遇しただけ」
少年はそう言ったが、アリスには何となく、彼の魔力がとても強いことが分かった。少年は不意にアリスに手を差し出した。アリスがきょとんとすると、少年はふわりと優しい笑みを浮かべる。
「君の家まで送ってあげる。あんなことがあったばかりだし、その方がいいんじゃない?」
アリスはうなずいて、名前も知らない少年の手に、そっと自分の手を重ねた。周りの人はこわごわとアリスたちを見ていたが、アリスは全く気にならなかった。
「あの…、あなたの名前、何て言うの?…あ、私はアリス・ヴェレーラ」
「僕は、リヒトって言うんだ。リヒト・サルテス。これからよろしくね」
互いに自分のことを話していると、すぐにアリスの家にたどり着いてしまった。アリスは家の玄関の前でリヒトにお礼を言った。
「今日は本当にありがとう。…あの、また会える?」
「うん。あ、そうだ、明日は僕、どうせ暇だからここに来るよ。で、色々話そう?」
アリスは笑って大きくうなずいた。リヒトもふわりと笑った。すると、つむじ風が起こり、道の砂が一気に巻きあがった。アリスはぎゅっと目を閉じる。しばらくすると、風が止み、アリスは目を開けたが、そこにはもうリヒトの姿はなかった。アリスは驚いて、思わずつぶやいた。
「やっぱり、リヒトって…、風の精霊さんなのかな…?」
その後、アリスとリヒトは毎日のように会い、話をするようになった。ちなみに、リヒトはれっきとした人間で、精霊ではなかった。でも、彼は今までアリスが会った人の中で、一番魔力が強い人物だった。そのことにアリスは親近感が湧いた。リヒトはたくさんの魔法を知っていて、アリスにもたくさんの魔法を教えてくれる。アリスはリヒトの話をいつもワクワクしながら聞いていた。
「僕はいつか、魔術師になりたいんだ。それで、世界中を旅して、たくさんの魔法が使えるようにするつもり。そしたら、アリスにももっと魔法を教えてあげられるね」
リヒトがそう言った時、アリスはいつも笑ってうなずき返した。
「それなら私、そのことに関する本を書こうかな?そしたら、未来の人たちにも伝わりそうだよね!」
二人は友情を深めていった。しかし、リヒトの存在は後に、アリスの人生を大きく変えることになるが、その時の二人はそんなことは全く知らず、一緒に魔法の勉強をしたり、遊んだりして仲良く過ごしていた。
だが、二人が出会った数年後、アリスは魔法を研究する機関で働くことを提案される。その時、アリスはまだ十五歳だった。しかし、魔力が強いため、機関のメンバーに勧誘されたのだ。アリスはしばらく悩んでいたが、両親とも話し合った末、魔法機関に行くことを決意した。アリスは魔法を使うのが大好きだったのだ。しかし、アリスには一つ、心配なことがあった。それは、リヒトのことだった。アリスは、リヒトのことを兄のように慕っており、毎日のように会っていたのだ。だが、魔法機関に行くとなると、リヒトとはなかなか会えなくなってしまう。アリスは、それがとても寂しかった。そんなアリスにリヒトは言った。
「離れるのが寂しいなら、僕が手紙を書くよ。手紙は手元に残るだろうし、いつでも読み返せるはずだ。どうかな?」
「本当?それじゃあ、手紙が来るのを楽しみにしているわ。あ、私も手紙を書くね。そしたら、読んでくれる?」
「もちろん。僕も楽しみにしている。それに、なかなか会えないかもしれないけど、一生会えないことはないからね。休みの日とかにこっちに帰っておいでよ」
アリスは笑ってうなずいた。大した約束をしたわけではないし、会える日が少なくなる、という状況が変わったわけでもない。それでも、アリスは、とても幸せな気持ちになった。
「でも、リヒト…、私がいなくなったら、どこか他の国に行っちゃうのかと思ってた…」
アリスは、リヒトが元々、世界中を旅していたことを聞いたことがあった。今はアリスが毎日リヒトのところに遊びに行っているせいかこの場所からほとんど離れていないが、もしもアリスがなかなか来なくなったら、再び旅に出てしまうのではないかと思っていたのだ。
「今のところ、他のところに行くつもりはないよ。でも、もし気が変わったら、真っ先に君に伝えるつもりだから。アリスも、体調に気をつけるんだよ」
「うん、私も帰るときはリヒトに一番最初に伝えるね。約束だよ?」
その時のアリスはまだ、幼なじみに対する本当の気持ちを知らなかった。それを知ることになるのは、もう少し後の話…。
魔法機関に入ったアリスは、様々な魔法に関する本を読み、幅広い知識を身につけていった。そんなアリスの仕事は、魔法による事件の調査を行うこと。事件の件数自体は少なかったが、一つ一つが厄介なため、なかなか休みをとることは出来なかった。でも、時々リヒトから手紙が来るため、それを読むのがアリスの楽しみだった。手紙には他愛のないことや、家族の様子などが丁寧に書かれていて、それに対して返事を書くのもとても楽しい作業だった。
「なーに、それ?ずいぶん嬉しそうだけど、恋人からの手紙?」
ある日、アリスがリヒトからの手紙を読み返していると、後ろから、事件の調査を一緒に行っている女性が覗き込んできた。彼女の名前はカロン・メーディール。実は彼女は魔女で、五百年前から生きていると聞いていた。
「違うよ!?私の幼馴染からの手紙。リヒトって言うんだけど、とても優しくてね、頼りになるんだよ」
アリスは最初、カロンに敬語で話していたが、カロンが堅苦しいのは嫌いだ、と普通に話すよう言われたので、それ以降、ため口で話している。
「ふうん…。よく分からないけど、良かったね。あ、そうだ、この資料なんだけど、ここの数字が間違ってるから、直すのよろしくね」
カロンはアリスに紙を差し出した。アリスはそれを受け取ってうなずいた。まだ資料を書くことに慣れていなかったので、アリスにとって、そういう指摘はとてもありがたいものだった。
「分かった。ここの数字だよね?すぐに直しておく」
「うん、よろしく。じゃ、それ終わったら、あたしのところに来て」
アリスはうなずいて、資料に書いてある数字を消した。基本的に、資料を書く際は、魔法を使ってはならないという決まりがある。手書きの方が、信ぴょう性があるのだ。長い文章を書くのは少し面倒だったが、文字によって少しずつ分かったことがまとまっていき、やがて一つの結論を自分で導くのが楽しかったので、アリスはこの作業が嫌いではなかった。
(にしても、最近、全然家に帰ってないな…)
魔法機関で働いている者は、近くの寮に住んでいる人が多い。アリスもそのうちの一人で、そもそも魔法機関があるのがコーデル国なので、なかなか家に帰ることはなかった。一週間ほどしたら休みをとろうか、と考えつつ、アリスは数字を丁寧に書き直したのだった。
読んで下さり、ありがとうございました。