閑話 とある者の話。
影と呼ばれるその者は、一人の御方を見守るという使命を受けていた。
誰にも気付かれることなく自然に周りへ溶け込み、害悪の火の粉がその御方に降り注がれんとした時、その御方を身を呈して守るためだ。
そんなある日、これまでは王都で任務についていたが急にオルタスの町に引っ越すことになる。
聞くところによると、その御方が貴族同士の争いに巻き込まれてしまったようだ。
影は迷惑な話だと思いながらも、直ぐ様に自分も引っ越しの準備を進める。
影に与えられた使命は、どこまでもその御方を人知れずに見守ることなのだ。
それでも影は王都から離れることを心配する。
貴族が多く住む王都とは違い、オルタスの町は平民ばかりが住む場所だ。
貴族を疎ましく思っている者も多いだろう。
そんな場所で高貴なる御方にもしものことがあっては絶対にならない。
それに王都であれば、何が起こっても直ぐに他の者も駆け付けてくれる。
しかし辺境のこの地ではそう簡単にはいかない。
それだと言うのにその御方は一人で町を歩くのだ。
影は気付かれぬように見守るのだが、その御方が平民とすれ違う度に緊張感が走る。
(全く……御自身の立場というものを考えて貰いたいものだ)
何事もなく用事を済ませてお戻りになられるのを確認し、影は心から安堵する。
しかし今度は思わぬ出来事が起こってしまう。
その御方が見知らぬ白いワイルドウルフを連れて外出をされ始めたのだ。
影はその家のなかにワイルドウルフが入る所を見ていなかったので、自分の目を疑ってしまう。
しかし魔物と共に行動されるなど、何かがあってからでは遅い。
町の外へ出た所で、影は堪らずその御方の前に姿を表し、ワイルドウルフとの間に立つ。
「お下がりください、殿下!」
人の敵から守る為に訓練を積んできた影にとって、魔物という敵は未知なるものだ。
だけれども一匹程度であれば自分でも何とかなるのではないかと思い、ワイルドウルフの前に飛び出した。
しかし、その考えは一瞬にして砕かれてしまう。
何が起こったのか認識することさえ出来ず仰向けに倒され、胸元にはワイルドウルフの足が置かれているのだ。
「ちょっと待った、フェリ。その人は敵ではないよ」
「グルルルル……」
ワイルドウルフはその御方の指示に従い、威嚇を止めて足を退ける。
「ごめんね、大丈夫かい?」
その御方は影に手を差し出す。
「も、申し訳ありません。しかし、お手をお借りするなど、私目にはとても……」
影は遠慮するも、その御方が腕を掴み影を立ち上がらせる。
「す、すみません」
「うん、構わないよ。それに今日は君に、フェリを紹介するためにここに来たんだ」
「えっと……このワイルドウルフをですか?」
「正確に言えば違うけど……まぁ、そうだね。フェリはこれから私たちの新しい家族になるんだ。護衛の君には伝えておかなくてはと思ってね。それと、君を敵だと間違ってフェリが襲ってしまわないようにね」
もしも、あのままフェリと呼ばれるこのワイルドウルフに襲われていたら、影は一瞬にして命を絶たれていただろう。
影はその事実に震える。
しかし、これだけの強さを持ったワイルドウルフが仲間として増えたということは心強い。
「これからも、よろしく頼むよ」
「はっ、畏まりました」
こうして影が見守る対象が増えたと同時に、心強い仲間が増えたのであった。