再び邂逅する
私は薬師とまではいかなくても、冒険者に売れるだけのポーションを作って販売することにした。
だけど師事する先生なんていないので、全ては独学だ。
ラインハルトが買ってきてくれた書物で一からの勉強し、色々と試してみる。
「うーん、これで本当に出来てるのかな……」
試作品を何度も作ってみるのだが、実際に使って試してみれる訳ではないので、完成したのか分からない。
そんな苦悩を続けつつ徹夜で頑張っていたある日、机に突っ伏して寝てしまった筈なのに呼ばれて目を覚ますと、そこはいつぞやの真っ白な世界であった。
『お久しぶりです、千尋さん。いえ、今はエリスさんとお呼びすべきですね』
『あれ? 私、なんでここに……まさか、また過労死しちゃったの!?』
そんなに頑張ったつもりは無いのだけれども。
『いえ、そうではありません。今回は私がエリスさんをお呼びしたのです』
『良かった……でも、それはどうしてですか?』
取り敢えず死んでいなかったことに安堵する。
電車の中でというのも最悪だが、貴族が薬草まみれになって机の上で倒れるというのも、なかなかに駄目な死に方だと思う。
『エリスさんは過労で死んでしまったのにも関わらず、またしても頑張り過ぎているのです。だから心配になって、一度ここにお呼びしたのです』
『あはは、すみません……』
会社員時代の『三徹ぐらいは余裕でしょ』という名残が出てしまって、自分でも気付かずに負荷を掛けてしまっていたみたいだ。
でも今後の生活の為には、今頑張らなくていつ頑張るというのか。
『エリスさん、まだ頑張るおつもりなのでしょう……』
『え!? あはは、イヤだなそんなわけ……バレました?』
神様相手に誤魔化すなんて出来ないか。
『はぁ……やっぱり、ここに呼び出して正解でした。このまま帰すのはやっぱり心配なので、エリスさんには監視をつけますから』
『えっ!? 監視、ですか? 嫌ですよそんなの!』
『駄目です、これは決定事項です。エリスさんが、また過労死されては困りますから。それでは改めて、いってらっしゃい!』
『ちょっ、まっ──』
神様は私の言葉を聞き遂げてくれず、問答無用で送り返されてしまった。
「ん、んん……そうか、机で寝て……」
『駄目だよ、エリス。そんなところで寝ては風邪を引いちゃうよ?』
「うん、ありがとう、ライン……って誰!?」
ラインハルトとしか家にいるはずないのに、その声はラインハルトよりも遥かに高く子供のような声だった。
だけど周囲を見渡しても、誰もいない。
『下だよ、下』
「下?」
『そう、もう少しだけ下』
『えっ?』
目線をおもいっきり下げて床の方まで落とす。
するとそこにいたのは、白いフワフワで……。
「ワンちゃん!?」
思わず手が伸びてモフモフとしてしまう。
『モフモフするのはエリスだからいいですが、後で整えて下さいね。それに私はワンちゃんではありません』
「えっ? でも犬じゃないの?」
目の前にいるのはどう見ても、私の膝丈にも満たないぐらいの白い犬なのだ。
そんな疑問を持っていると、私の声が聞こえたのかラインハルトがやって来て……。
「エリス、どうかしました──って、ワイルドウルフ!?」
ワンちゃんを見て、ラインハルトは腰に身につけた短剣を抜く。
「ちょっ、待って、待ってラインハルト。この子は大丈夫だから……よね?」
まず間違いなく神の使いはこの子だろうけど、一応は確認する。
『うん、大丈夫だよ。エリスに危害を加えられたら、ただでは置かないけどね』
可愛い見た目をして、意外と勇ましいことを言うんだな……って、そうじゃなかった。
「ほら、二人ともお座り!」
流石にラインハルトにお座りさせられないが、話を聞く体制に戻って貰う。
「……それで、エリス。この喋るワイルドウルフはなんなんだい?」
「えっと、何て説明していいのか難しいのだけれどもね……一言で言えば神の使い?」
「神の……いや、確かに聖霊獣ならば、おかしくはないのか?」
「聖霊獣?」
聞き慣れない言葉に、私は尋ねる。
「聖霊獣はまさに神の使いと呼ばれるものだ。お伽噺の中の存在とばかり思っていたが……」
「ああ、そういえばそんなのあったね」
そのお伽噺はグランリッヒ王国に古くから伝わる建国記で、この国を建国した初代国王様をロゴス教の初代教皇様は白い聖霊獣を連れて手助けしたというお話だ。
『それは僕ではないから他の子だろうね。でも確かに僕は、ここでは聖霊獣と呼ばれる存在だよ』
「へぇー、そうなんだ……って、どうしたのラインハルト?」
ラインハルトは先ほどまでの敵対心からうって代わり、ワンちゃんに頭を下げる。
「聖霊獣様だとは思わず、先ほどは申し訳ありませんでした」
「えっ、えっ、どうしたのラインハルト? そんなに謝らなくても……」
「いや、エリス。聖霊獣はこの国では神と同列だよ。それに剣を向けるなんて有ってはならないことなんだ。なのに私は……」
「そ、そうなの?」
私はワンちゃんに顔を向けて尋ねる。
『まぁ、この世界ではそうかもしれないね。ただ僕はエリスの従魔だから。エリスが許すなら、それで構わないよ』
ラインハルトは私の方を見てくる。
「何をそんなに心配そうな顔をしてるのよ。許すに決まってるでしょ? でもそんなに凄いのがここにいたら、騒ぎにならないかな?」
「喋らなければ問題ないかと。白いという特徴を除けば、ワイルドウルフを使役する魔獣使いは居ますから、そう思われるでしょう」
「そうなのね……騒ぎにはならないなら良かったわ。ワンちゃん、これから私たち以外の人前で喋っちゃ駄目だからね」
私はワンちゃんに人差し指を立てながら言い付ける。
『うん、分かった。だけど僕はワイルドウルフでなくて、フェンリルだよ。それにワンちゃんと呼ばれるのは恥ずかしいから変えて貰いたいな』
「そうなんだ……なら、フェリ君というのはどうかな?」
『フェリか……うん、いいね。気に入ったよ』
「そう、良かった……って、ラインハルト、どうかしたの?」
何故か固まってしまっているラインハルトに声を掛ける。
「ほ、本当にフェンリルなのですか?」
『うん、そうだよ』
フェリ君が肯定して、ラインハルトは信じられないといった表情になる。
「フェンリルだと何か不味いの、ラインハルト?」
「……ええ、不味いも何も、フェンリルは正に伝説上の魔物です。それこそ一夜にして国を滅ぼしたという記述があるほどにです」
「あはは、そんな大袈裟な。どう見ても可愛いワンちゃんなのに、そんなこと出来るわけ……あるの?」
あくまでも伝承で嘘だと思うけど、私はフェリ君に尋ねてみる。
『まぁ、大人の体になったら、出来なくはないだろうね。でも僕はエリスを守るためにいるんだから、そんなことはしないよ』
フェリ君はサラッと怖いことを肯定してくる。
それはつまり私に何かあったなら、国を滅ぼしちゃうかもってことじゃない。
「じょ、冗談だよね? 絶対にそんなことしてはいけないからね!」
「うん、分かったよ」
見た目は可愛い子犬のモフモフなのに、秘めたる力は本当に神の使いなんだね。
「私もそんなことが起こらないよう、何が何でもエリス様をお守り致します」
ラインハルトがいつになく真剣な表情で誓ってくる。
「ええ、本当に宜しく頼むわね」
こうして我が家に新しい家族が増えたのだけれども、先行きは不安で仕方がないのであった。