嗜好品
美味しいコーヒーを飲みながらゆったりと過ごしたい。ただそれだけの思いつきからカフェを始めることにした私は、ミルでコーヒー豆を砕きながら考え事をしていた。
「はぁ……やっぱりこれ以上、お金を出して貰うのはね……」
それなりにしっかりとしたお店を構えようとしたら、結構な費用が掛かるのだ。
お店を始めるにあたって色々と道具を揃えたのはいいのだけれども、それだけで随分と散財してしまった。
貴族の暮らしが長かったからか、その辺の感覚が緩んでしまっていたみたいだ。
まだ手元のお金には余裕があるみたいだし、親に頼めばたぶん工面をしてもらえる。
でもこれからは出来るだけ自分たちで何とかしたいのだ。
「うん……これだけ美味しいのだから、机と椅子さえあれば皆よろこぶと思うけど?」
ラインハルトは私が淹れたコーヒーと、クッキーを食べながら褒めてくれる。
「でもそのクッキーが一枚で作るのに銀貨一枚ぐらいにはなるのよ?」
私もせっかくなのでコーヒーに口をつけるも、この一杯ですら銀貨五枚ぐらいにはなる。
ラインハルトが買ってきてくれたのだけれども、値段を聞いたらコーヒー豆も砂糖も思ってた以上に高くて驚いた。
嗜好品にお金をかけるのは、それこそ貴族ぐらいだし、ここの町ではまず売れないだろうね……。
「それぐらいなら売れるのではないのですか?」
ラインハルトは平民の暮らしが殆どないから、さも当然といった表情で聞いてくる。
執事をしているけども侯爵家にずっと住み込みで働いているから、感覚が少しおかしいのだった。
まぁそれも私たちの家族が、何でもかんでも欲しいものを値段も気にせず買ってたからなのだけれども……。
「ううん、こんなに高かったら市民は手が出ないよ。それに材料費がそれなら、売るときにはもっと高くないと利益が出ないもの……」
気軽にカフェを始めようと考えたのだが、そんな簡単にはいかないみたいだ。
「……凄いですね、エリスは」
「え、どうしたの急に?」
「そんなことまで分かるとは驚きです……」
「何それ、褒めてるのか馬鹿にしてるのか分からないんだけど?」
確かに庶民的な生活なんて送ってなかったから、感覚の違いが分かるのは千尋としての記憶があるからだけどね。
「馬鹿になどしていませんよ。本当に驚いているのです。私なんて先ほどこの町で、聖金貨を取り出した瞬間にビックリするぐらい嫌な顔をされたぐらいですから……」
聖金貨とはこの国でもっとも価値の高いお金のことだ。
この国でお金の単位はグランというのだけれども、聖金貨が百万グランで大金貨が十万グラン、次いで金貨の一万グラン、銀貨の千グラン、銅貨の百グランとなる。
グランと日本円の価値は似たような所があるから、普通のお店で聖金貨を使う迷惑さは半端ないよね……。
「今後は買い物に私も付いていくべきかもね……でも、本当にこれからどうしようかしら……」
お金を稼ぐ手段の一つが駄目になってしまったのだ。
他にお金を稼ぐ方法を考えなくてはいけない。
「やはりポーションを作るというのが良いのではないですか?」
「やっぱり、そうよね……」
魔法に関しては貴族として知識だけは身に付けてきた。
でも薬草や薬については一から勉強しないといけない。
薬剤師とか国家資格が必用で大変なイメージだから避けたかったのだけれども、お金を稼ぐためには仕方がないか……。
「分かったわ。それならポーションの作り方を一から勉強するから、作り方が書いてある本を買ってきてくれる?」
「ええ、分かりました」
簡単なポーションの作り方は、貴族学校で一度だけ習ったことがあった。
材料を混ぜて魔法で仕上げるだけの本当に簡単な作り方だってので、何となくは今でも覚えている。
でもきっと、そんな適当なものでは売り物にならないだろうからね。
しっかりと勉強して、なるべく品質の高いものを売らなくては駄目だ。
こうしてラインハルトにポーション作りに関する書物を買ってきて貰い、私は勉強を始める。
だけど後々にその本たちの値段を聞いて、本当にラインハルトを一人で買い物に行かせるのは駄目だと、心に誓うことになったのであった。