オルタスの町
令嬢としての役目を果たせなくなった私は王都を離れ、周囲を森に囲まれた長閑な場所にあるオルタスの町に向かう。
しかしそこに向かうのは私だけでなく……。
「良い所ではないですか。ね、エリス?」
「え、ええ、そうね、ラインハルト……」
私も人のことを強く言えないけど、隣にはとても田舎の町が似合わない眉目秀麗なラインハルトが一人。
私は一人で行くと伝えたのだけれども、何故か御母様はラインハルトの同行を譲らなかった。
むしろ付いて来させなければ、私が家を離れ地方で暮らすことを、認めてはくれなかったかもしれない。
「どうしたのですか、そんなに見つめて……私の顔に何かついていますか?」
「そうではないわ。ただ、本当に大丈夫かなと思ってね……」
ラインハルトの同行を認め共に辺境の町で暮らすことになった際、侯爵令嬢という立場は隠すことに決めた。
貴族として移住したのでは、結局はゆっくりと出来ないかも知れないからだ。
だからこそラインハルトは私に対して敬称をつけることをしないし、二人とも服装を民衆のそれと変わらない物を身に付ける。
更に綺麗に整えられた長髪を持った平民なんていないので、私はショートの髪型に変更した。
しかしそれだけ準備しても、全く知らない町に行くのだ。
本当に私たち二人だけで生活を送れるか不安になる。
「大丈夫ですよ。たとえエリスが何も出来ないとしても、私がいるのですから」
「はぁ……まったく、その自信はどこから来るのやら……」
「エリスが心配し過ぎなのですよ……って、ほら、そろそろ付きますよ」
王都から馬車を乗り継ぎ、ようやくオルタスの町に到着したみたいだ。
オルタスの町は小さな町で、王都のような喧騒は無い。
威張ってくるような貴族も立ち寄らないので、ゆったりと暮らすには最適だろう。
「ここが、我々の新しい家ですよ」
馬車から降りてしばらく歩き、ラインハルトが一軒の家を指差す。
しかし、その外観はというと……。
「ほ、本当に、ここに住むのですか?」
目の前にある家は廃墟と見間違えるほどの状態なのだ。
庭には雑草が、そして壁には植物が蔓延り、とてもこのままでは人が暮らせる雰囲気ではない。
「エリスが平民として暮らしたいと言ったのだから、仕方がないでしょう? 平民がいきなり綺麗な家を用意出来る筈がないので、怪しまれないためには仕方がないのです」
「まぁ、それは、そうかもしれないけど……」
幾らなんでも限度があると思ったけど、少しでも目立たない為には仕方がない……のかな?
まぁ綺麗にすれば普通に住むことぐらいは出来るだろうし、何とかなるか。
「嫌になったのなら、王都に帰っても良いのですよ?」
「誰が嫌だと言ったのですか。さぁ、早く掃除を始めましょう!」
「ええ、分かりましたよ」
せめて寝る場所を確保するために、少しでも綺麗にしなければ。
私は腕捲りをし、早速掃除に取り掛かる。
エリスになってからはメイドに任せっぱなしで家事なんてしてこなかったけど、一人暮らしで身に付けた家事スキルを見せる時が来た!
「ほら、ラインハルト、手が止まってるわよ! 何をボケッとしてるの?」
「……いやぁ、まさかエリスがここまで動けると思っていなかったからね。驚いていたんだよ」
まったく失礼な奴だ。
ラインハルトは本気で驚いた顔を向けてきた。
「何それ……確かに何時もはメイドや執事に任せているけども、私だってやれば出来るのよ」
「……そうみたいですね。これは私もです負けていられません」
「そうね、私よりも働けないなら、貴方は付いてきた意味がないものね」
驚かれたことが余りにも癪なので、ちょっと嫌みで返す。
「はは、それは手厳しい」
「ほら冗談はこれぐらいにして、さっさと掃除を続けるわよ。早くしないと日が暮れちゃう。せめて今日中に寝るところぐらいは確保しないとね」
「ええ、分かりました」
幾ら令嬢としての立場を捨てたと言っても、埃まみれのなかで雑魚寝するのは流石に嫌だ。
まだまだ足りない物は多いけども、ここから私の新しい暮らしが始まるのであった。