家庭菜園
ポーションの作製と販売を続けつつも、私は庭で家庭菜園を始めることにした。
農業として本格的に始めるには庭は狭いけど、本当に成功するか分からないので最初はこれぐらいが丁度いい。
毎日ポーションを販売しに向かう前の朝一に、少しずつ作業を行い遂に作物を植える準備をしてきた。
「……うん、これぐらいでいいかな」
ラインハルトが種を用意してきてくれるまでに、既に庭の一角を耕し石は取り除いておいた。
しかしここは普通の庭で土地としては痩せ干そっているし、肥料なんて便利なものはここには無い。
そこで薬草で使わなかった部分を腐らせておき、土に混ぜ合わせて土壌改善を図っておいた。
まだまだ不充分だけども、試しに始める分にはこれぐらいで問題ないだろう。
「凄いねエリスは……本当に公爵令嬢なのかい?」
「はは……本当にどうなんだろうね」
転生して見た目はしっかりと令嬢になっているけども、中身は田舎者の千尋だからね。
貴族然と肩を張って生きているより、こうして農作業をしているほうがしっくりくるのは否定出来ない。
「まぁそれは置いておいて、さっそく植えてみようか」
軽く誤魔化して、ラインハルトが用意してくれた珈琲の木の株を植えていく。
珈琲の木の苗を手に入れるのは簡単ではなかっただろうし、本当は砂糖から作りたいと思っていたのだけれども管理が厳しくて、その種や苗を手に入れることが出来なかった。
しかしそもそもこの世界の甘味料は甜菜のような根菜からではなくて、蜂蜜やサトウキビのような茎から取るものだ。
そもそも根っこを食べると言う風習がないから仕形がないのだけれども、変わりになるものを見つけられれば何とかなるかもしれない。
「ふぅ……これが上手く育てばいいのだけれど……」
生育環境としてはあまり良いものとはいかないかもしれないけど、私には秘策がある。
結局は魔力の問題で出来ないから広まっていないのだけれども、魔法を用いた農業の可能性という書物を読んだことがあるのだ。
魔法によって外的要因に左右されないようにすることが出来れば、安く安定的に作物を得ることが出来るだろう。
「薬草は育てないの?」
農作業を興味深そうに見ていたニコが聞いてくる。
「えっと……薬草って育てられるの?」
薬草を自ら育てているという話は聞かない。
自然に生えている薬草が採集され市場に流れたものが薬師の元に届く。
だから完全に選択肢から除外していたけども、自分で育てられて安定的に手に入るなら素晴らしいことだ。
「薬草か……流通してるわけではないから種を入手出来ないけど、外から株ごと持ってきてみて試してみるのは有りかもしれないね」
「うん、それがいいかもね。ありがとう、ニコちゃん。薬草を育ててみるなんて私は思い付きもしてなかったよ」
出来ないことが当たり前になっていた私と違って固定概念がない子供ならではの発想だと思う。
「えへへ、庭で手に入ったらなと思っただけだよ」
ニコは笑みを溢しながら照れる。
「さぁ、それなら今日もポーションを売り行こうか!」
新しい希望を抱きながら、いつもと同じようにポーション販売へ向かう。
何事もなくこの日もポーションを販売が出来ると思っていた。しかしそこで待っていたのは、予想だにもしていなかった事態だ。
「……今日からこの場所を貸すことは出来ねぇ。悪いが他の場所に移ってくれ」
販売のために場所を借りていたお店の店主に告げられる。
「な、なぜですか!? 理由を教えて下さい!」
「悪いがそれも出来ない……何も言わずに、さっさと出ていってくれないか……」
店主は目を合わせることもなく、申し訳なく消え入りそうな声で伝えてくる。
「そうですか…………いえ、分かりました。これまで場所を貸してくれて有り難うございました。またこちらのお店で買い物させて貰いますね」
何故に駄目になったのか理由を尋ねたいけど、それによって迷惑を駆けることになるのなら引かなければならない。
こうして理由も分からぬまま販売する場所を失った私たちは、これからどうすれば良いのか途方に暮れるのであった。




