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王宮からの追放


 この世界の成人年齢である十五歳を迎えた私は、さほど年齢の変わらない執事も付けられるようになった。そして貴族の嗜みとして社交界に出向くようになる。

 そんなある日に、私は一人の令嬢にナイフとフォークの扱いという本当に些細な指摘を行ってしまう。


 同じ過ちを他の場所で繰り返さないようにという思いで彼女にだけ聞こえるように伝えたのだが、しかしそれは古いマナーであり若い貴族にとっては曖昧になっている部分でもある。

 だが事実は事実であり格式高い場所では気を付けなければならないことだ。


 私に間違いを指摘された令嬢は紅潮し、涙を浮かべて部屋を出ていってしまった。

 これまでも幾度となく周りの令嬢に指摘を行ってきて感謝されてきたのだ。それを見ても私は彼女の為になればと思うだけで、余り深く気に止めることがなかった。


 しかし今に思えばこの時にはもう、他の令嬢から疎まれてしまっていたのであろう。


──数日後。


 私は王宮での社交場へ呼び出された。

 そこには多くの貴族が参加しているのだが、何故か私は第二王子であるアーデルト・グランリッヒ様がお呼びだということで、そちらへ向かう。

 挨拶もそこそこに到着するやいなや、王子の執事とみられる男性に大きな声で断罪される。


「エリス・カトローズ。貴殿には公の場で有らぬ嘘を付き、他の淑女を辱しめた疑いが掛かっている。何か弁明があれば申されよ」


 私は初め状況をしっかりと把握出来ず、一体何の事なのか分からなかったので普通に否定を行った。

 しかしそれこそが相手方の狙いであったのだ。


「有らぬ嘘をつくなど、そのような事を行う筈がありません。なぜにそのような──」

「貴様は王太子の前で嘘を付くのか! 多くの証言と共に、裏付けは終わっておるのだ。アーデルト様、この者の処分をいかが致しましょうか?」


 私の釈明は聞き届けられず、回りにいる皆に聞こえるほどの声で、私が黒であると断罪される。

 更には王子の前で嘘を付いたという罪を重ねさせられてだ。


「貴族の品位を欠き、あまつさえこの私に嘘を付いたのだ。不敬罪で貴族位の剥奪……と言いたい所だが、私は寛大だ。二度とこの王宮の敷居を跨がぬと言うのであれば、赦してやらんでもない」


 私は何が起こっているのか、直ぐには頭が付いてこなかった。

 しかし間違いなく王子の宣言を持って、私は侯爵家の令嬢としての未来を閉ざされたのだ。

 回りにいる令嬢がニヤニヤとしているところを見るに、最初から全てが仕組まれていたのである。

 味方がおらずこれ以上は口を開くほどに立場を悪くする状況に、私はただただ処分を受け入れ引き下がる他無かった。


「ご配慮のほど感謝致します、アーデルト様……それでは私は、失礼致します」


 集まっている全ての貴族たちから針のむしろな視線を受け、私は逃げ出すように王宮を後にする。

 そして帰路につく馬車の中で、私は悔しくて涙を流してしまう。


「大丈夫ですか、エリス様?」


 執事のラインハルトが気を使って、話し掛けてくる。

 普段は憎たらしいほどに馴れ馴れしかったりするのだけれども、こういう時は嬉しいものだ。


「ありがとう、ラインハルト……でも私、何か間違っていたのかな……」


 いつの間にかボタンを掛け間違ったのか、私は王族への不敬罪を働いた令嬢というレッテルを貼られてしまったのだ。

 これからどんな社交場に出向いたとしても、忌避の目を向けられるだろう。

 そう、嫌われ役の悪役令嬢のように。


「エリス様は間違ったことをしたと、思っていらっしゃるのですか?」


 侯爵家の長女として正しく生きることを求められ、私は母のように凜として生きたいと思ってきた。

 でもその正しさは時に、他の人にとっては望まざるもので、押し付けられれば疎ましくさえなる。


「正しいことをしてきたのだと思ってました。だけどそれは、私の自己満足にすぎなかったのかも知れません……」

「自己満足でもいいではないですか。自分が納得しないことをする方が間違いでしょう」


 ラインハルトは私を励ますように肯定してくれる。


「そうね……でもこれから私はどうしたらいいのでしょう……」


 侯爵令嬢として、その務めを果たす未来は閉ざされてしまったのだ。

 これまでの貴族らしい生活とは違う何かをしなければならない。


「エリス様は何かされたいことはないのですか?」

「そうね……私は……少し、疲れたかしら。どこかに行って、ゆっくりしてみたいわね」


 千尋としても、エリスてしても、結局頑張り過ぎたから失敗した。

 それならばもう全てを投げ捨てて、田舎でゆっくりとした生活を送りたい。


「それはいいですね。エリス様はこれまで頑張ってこられたのですから、休まれること必要ですよ」

「怒らないんですね…………てっきり、ラインハルトは怒ると思っていました」


 ラインハルトは御母様が連れてきた執事だ。

 だからこそ私がしっかりと務めを果たしているかどうか、監視する役目を与えられていると思っていたのだけれども……。


「ハハハ、怒るなどしませんよ。私はエリス様の幸せを願う執事ですからね」

「そう……ありがとう」


 人の嫌な部分を見たばかりだからか、優しくされると涙が出そうになる。


「では、そうと決まれば、移住先を決めなくてはいけませんね。エリス様はどこか希望はありますか?」

「えっ? ちょっ、ラインハルト、貴方は私についてくるつもりなの?」

「ええ、そのつもりですよ。なんたって私はエリス様の執事ですからね」

「いや……私は貴族を捨てて、田舎でゆっくりと暮らしたいのですが?」


 どこの田舎に執事付きの生活を送る人がいるというのか。

 貴族の地位に甘んじていては、また頑張りすぎてしまいそうだしね……。


「では、そのように計らいましょう! いやぁ、楽しみですね」

「ちょ、ラインハルト、私の話を聞いてる?」


 まぁ御母様が、お許しにならないか……。


「とりあえず話は置いといて、家に帰りましょう。此度のことを御母様に伝えないと」

「はい、そうですね」


 こうして私は令嬢として務めを果たせなくなった失意に暮れる気持ちと、新しい生活への期待を抱きながら帰った。

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