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王子はベソをかきながら王宮へと戻っていった。
使用人達に寮へ荷物を運ばせ、私はそのまま学園へと向かう。
父が泣きながら土下座していたが、学費と多大なお小遣いが約束されているので、家には何の未練も無い。
寮にも規則はあるが、夜間外出禁止、男子禁制くらいで、家にいるよりもずっと自由だ。
ゴロゴロだらだらし放題! 家庭教師も来ない! むしろ寮に入る事が楽しみでしかない。
いつものように目立たずこっそりと教室に入ると、全員の視線が私に集まり、教室内が一瞬静かになった。
不穏な空気。
仲良しのベネット嬢が、他の女子と一緒にいたので、そちらに足を向ける。
「ごきげんよう、ベネット様」
声を掛けると、ベネット嬢は曖昧に微笑み「ちょっと用事が」と席を立ってしまう。
ウキウキした気分が一気に沈み込む。
これ、イジメ?
一番後ろの長机の端の席に座ると、全員が振り返り、こちらを見ながらコソコソと何か話している。
気にしてませんよ~、というフリをして、鞄から小説を取り出して読み始める。
あ、涙が……。
「おいおい、君たち、感じ悪いなぁ。 気になるなら本人に直接聞いてみればいいじゃないか」
そう言いながら机に手を掛けたのは、隣国のエイリーク王子。
14歳にしては大人びた顔だちの、つややかな銀髪ロン毛、紫の瞳の美少年だ。
ゲーム的には、もちろん攻略対象。
「ごきげんよう、エイリーク殿下。 私に何かお聞きになりたい事でも?」
本から顔を上げると、すぐそこにエイリーク王子の顔。
近い、近いって! この世界の男どもはパーソナルスペースというものを理解していないのか。
「おはよう、アンジェラ・レベッカ・スペンフォード嬢。 貴女と話をするのは初めてだね。 ところで君、ジークフリート殿下の求婚を断ったって、本当かい? もし本当なら、その理由を聞かせてもらってもいいかな?」
そういう事か、と納得する。 みんな耳が早い。
なんとか保身を図りつつも、ジークフリート王子の立場も守らなければ。
「周りの方々が色々誤解なさって、そのようなお話もありましたが、ジークフリート殿下は私に恋情を抱かれているわけではございませんので、そのお話は無かった事になりましたわ」
「ふぅん、そう、そうなんだ」
エイリーク王子は紫の目を細め、うっすらと笑う。
なにこの人怖い。
「それは残念だったね。 貴女はジークフリート殿下と結婚したかったんじゃないの?」
「ジークフリート殿下の事はご尊敬申し上げておりますが、私もまだ、そのような事は考えられませんわ」
エイリーク王子は笑いを噛み殺し、振り向いて大声で宣言した。
「皆も知っての通り、私は魔眼を持ち、人の嘘を見抜くことができる。 私が保証しよう。 アンジェラ嬢の言葉に、嘘偽りは無い」
しまった! 油断していた。
一瞬、何を言っているんだこの中二病は、と思ったが、ここは剣と魔法の世界だった。
確かにエイリーク王子にはそんな設定があった。
いや、ごまかしただけで、嘘はついていない。 何もやましい事は無いはずだ。
「さて、アンジェラ嬢、君の尊敬するジークフリート殿下がいらっしゃったようだよ」
あ、嘘ついてたわ。
とりあえずオホホと笑ってごまかす。
エイリーク王子は間違いなく腹黒だ。 嘘を見抜ける腹黒、危険すぎる。 なるべく近寄らないでおこう。
「おはよう、ジークフリート殿下。 今、アンジェラ嬢から話を聞いたところだ。 まったく、周りの暴走にはお互い悩まされるな。 想ってもいない相手との結婚話など、無くなって良かったではないか」
「……アンジェラがそう言ったのか? まぁ、うん・・・・・・そう、かな」
「いや、しかし良かった。 君がアンジェラ嬢の事を何とも思っていないなら、私が遠慮なく彼女を口説く事ができるからな」
何を言い出すんだ、この腹黒王子は。
「エイリーク殿下、私もそれくらいの嘘は見抜けますのよ」
「あはははは」
「おほほほほ」
私とエイリーク王子の周りには、暗黒オーラが渦巻いていたが、教室の雰囲気はいつもの通りに戻っていた。
そこは感謝すべきか。