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早くしなければ日が昇ってしまう。
「お父様、彫像は置いて行ってください。 そんなもの持っていっても邪魔だしお金になりません。 お母様、ドレスは30着くらいに抑えてください。 貴金属を中心に。 お兄様方、何をやっているのですか、早く準備して、金目の物をかき集めてください」
焦る私をよそに、兄達は皆、動くそぶりすらを見せない。
あと少し、あとほんの少しの所で夜が明け、王宮から早馬が到着する。
「もうダメだわ、お父様、このお屋敷に秘密の抜け道は? 荷物は諦めて、持てるだけの貴金属を持って逃げましょう!」
「いや、アンジー。 秘密の抜け道なんてものが存在するのは王宮くらいだろう。 我が家には無いよ」
終わりだ。
不敬罪でお家取り潰しで打首獄門だ。
もう終わりだ。
短かった私の第二の人生。
第一の人生も短かったのに、あんまりだ。
絶望に打ちひしがれている私の肩に、長兄が手を置く。
「そんな事にはならないさ。 お前を勘当して差し出せば、スペンフォード家への罰はせいぜい多少の領地没収くらいで済むだろう」
「あぁ、そうか」
両親までもが納得した顔をしてこちらを凝視する。
あっという間に私は縄を打たれて王宮からの使者の前に引き出された。
自業自得とは言え、この仕打ち。 スペンフォード家め、呪われるがいい。 七代祟ってやる、ハゲる呪いをかけてやる。
この頃の私は、まさか自分も一代目に数えられるとは思ってもいなかった。
呪い、ダメ、絶対。
使者は訝しみながらも、国王陛下からの書状をその場で開き、朗々と告げる。
「略式にて失礼いたします。 この度、グランテスト王国第一王子、ジークフリート・アレキサンドル・グランテストの名に置いて、スペンフォード家ご息女、アンジェラ・レベッカ・スペンフォードに、正式に婚姻を申し込むものである」
書状をくるくると巻きながら、使者は笑みを浮かべた。
「この後すぐに殿下がいらっしゃいます。 お返事は殿下ご本人になさってください。 その方が殿下もお喜びになるでしょうから」
言葉通り、馬車の軍団が土埃を立てながら現れた。
先頭の馬車から、両手いっぱいに薔薇の花束を抱え、王子が降りてきた。
後続の馬車からも、従者たちが大勢、それぞれ抱えきれない程の薔薇の花束を持って降りてくる。
「アンジェラ、俺と結婚してくれ! 良い返事をもらわなければ俺は父上と母上に怒られて、王宮を追い出されてしまうんだ!」
あぁ、なんて情熱的なプロポーズなのでしょう。
追い出されてしまえ。
いっそ王位継承権も剥奪されてしまえ。
「よし、決めたわ! 私、プチ家出します。 プチ家出というのは、すぐに帰ってくるという意味ではありません。 家を出て学園の寮に入ります。 ですが、金銭面は全面的にお父様に出していただき、お小遣いもキッチリといただきます。 そんなぬるい家出の事ですわ! いいですわね、お父様」
ダメと言われても家出はする。
先程の仕打ち、忘れるものか。
その場合、向かう先は隣国。 都合のいい事に、荷物は既にまとめてある。 逃走ルートも準備済みだ。
覚悟の程を察してか、父は泣きそうな顔で頷いた。
「殿下も、追い出されるんでしょう? だったら入寮手続きをしたほうがいいわよ」
こうして、権力を乱用し、王子と私の即日入寮が決定したのです。(通常、入寮には1か月ほどの準備期間が必要です)
※薔薇の花はスタッフがおいしくいただきました、多分。