9.マヒルと定めと宝物
「…それなのに、どうしてマリさんはこの仕事を受け入れたんですか?」
「おお、そこを聞くのかい!さすが、いい質問だ。生きていた頃のことは覚えてないから憶測でしかないんだが、その理由は君たちにあるんだ、と私は思う。」
…俺たち?
会ったばかりの俺たちに、動機になる程大層な意味があるとは思えない。
「えっと、それは現地調査員になる人に興味があったとかそういう事ですか?」
「うーん、現地調査員というよりかは、君たち1人1人に、かな。」
「ランダムで選ばれる俺たちに会う為に、ここに10年間もいるって事ですか?」
俺の言葉に、マリさんは少し考え込んだ。
「うーん。どう伝えればいいのか少し難しいんだけど…。山田くんから聞いた通り、私たち偉人は同じ人生を何度も繰り返しているんだ。その説明は覚えてるかい?」
「はい。偉人は決められたルートの人生を繰り返すって聞きました。」
「その通り。しっかり聞いていてくれて良かった。もちろん生まれ変わる時に記憶は消されるからその自覚は無いんだけど、わたしはこの仕事の話を受けた時、心の中でずっとひっかかっていた疑問が解決されたのさ。」
「と、言っていたと、初めてここへ来た時に先代長官に聞いたんだ。」
「疑問って、繰り返されてることに気付いたって事ですか?」
「うーん。厳密にはそうじゃあないと思う。こう、何というか。何度も繰り返すうちに、いつかどこかで見た事がかある様な気がする場面が増えた。みたいな感じかな?」
「まぁその時の記憶は無いからハッキリそうとは言い切れないんだけどね。」
「なるほど…。そこで、人生の繰り返しとは違う生き方に魅力を感じてここへ来た、とか?」
俺の質問に少し考えてから、マリさんは口を開く。
「繰り返される人生への違和感を解消してくれる10年間。まぁ簡単に言えば夏休みみたいなものだね。なんの変化も起こらないこの10年間こそが、わたしの人生にとって大きな変化だったんだ。」
正直言ってスゴイ話だ。凡人の俺には全く見当もつかない様な葛藤があった事が言葉の重みでわかる。
「そのおかげで、あの人生を繰り返していたら出逢えなかったであろう君たちとも、こうして出逢うことが出来た。この新しい出逢いこそ、私の求めたものだったんだよ。」
「俺たちみたいな一般人と出会うことが、ですか?」
少し卑屈な言い方をした俺に、マリさんは優しく語りかけた。
「私は便宜上自分自身を偉人と言っているが、一般人と偉人に大きな違いはないよ。1人1人が存在する意味は、歴史に対して起こした事の大きさとは関係がないと私は思う。」
「自ら望んでこの世に生まれる魂は1つもないが、この世界の何処かには自分の事を必要だと望んでくれる誰かが、必ずいるんだ。すごく素敵な事だと思わないかい?」
マリさんは目をキラキラと輝かせ、楽しそうに続けた。
「大事なのは、自分がここにいる事を、どんな形であれ、声に出してみる事だ。そうすれば必ず、その声を拾い上げて、愛してくれる誰かが現れる。」
「私はそんな世界が大好きなんだ。たとえ、同じ人生の繰り返しだとしても。ね。」
マリさんの笑顔とともに放たれた言葉で、この人が偉人だと呼ばれている意味が、そしてこの場所に選ばれた意味が、わかった気がした。
「少し話が逸れてしまったけど、私は君たちと逢うためにここへ来た。もちろん、今のこの記憶も、会話も、ここでの思い出も、いつかは消えてしまうかもしれない。」
「そう…ですよね…。」
あと2年で、マリさんは今までと同じ繰り返しに戻らなければならない。
変化のない変化の中を生きる、長い長い旅だ。
「けれど、きっと、魂や心の奥底の何処かに、ここで過ごしたカケラが蓄積されているんじゃないかと信じているんだ。私は科学者だから根拠のない事はあまり好きじゃないんだが、それだけは信じてやまないんだよ。」
「だからここでの10年間は、延々と繰り返し続けた人生を、何か、どこか一瞬だけでも、もしかしたら変えてくれるんじゃないか。ここへ来る決心をした私はそう考えたんだと思うんだ。」
そう言って、マリさんは最後の一口を飲み干した。
「消えてしまった記憶だから、確かかどうかはわからないんだけどね。」
「でも、きっとそう思ったと思います。今教えてくれた事が真実だって、そんな気がします。」
これが今の自分に出来る精一杯の肯定だった。
ここへ来てから見ていた姿とは違う一面に、その大きさに、返す言葉が見当たらなかった。
「と、私の自分語りはここまでだ。少ししみっぽくなってしまったかな?」
突然いつもの顔に戻ったマリさんに、慌てて首を横に振った。
「話し相手になってくれてありがとう。たまには誰かと飲むのもいいものだねぇ。」
「山田さんとは、飲まないんですか?」
「あ〜、彼はああ見えてというか見ての通りというか、お酒がめっぽうダメでね〜。つまらない男だよ全く。」
いつもの調子に戻ったマリさんに、どこか安心しながら俺は伝えた。
「あの、俺もそろそろ寝ます。貴重なお話ありがとうございました。精一杯頑張ります。」
マリさんはその言葉に目を丸くしていた。
「お、おう、どうしたんだ急に。まぁ頑張るのはいい事だけど、無理はしないでくれよ。確かに明日は早いし、もう寝ようか!」
そう言って、空いた2つのグラスを片付けて、俺とマリさんは食堂を後にした。
「おやすみ〜。」
「おやすみなさい。」
その後は、なぜかぐっすりと眠る事が出来た。
もしかしたら、あの人はそれすらもお見通しだったのかもしれない。
初めての経験で不安に駆られる俺を、安心させてくれたのだろうか。
あの人なら、そうである気がした。
こんにちは。YUmiです。
私の中で初めてマリというキャラクターが出来上がった時、「君の創った世界を、君だけの物語を、世界に届けてみないかい?大きな声で伝えれば、もしかしたらどこかの誰かに届くかもしれない。そう思うんだ。私は。」彼女は私にそう言ってくれました。
彼女がいなければ、この物語は私の中にしまい込んだままだったと思います。
そんな彼女への感謝を込めた、少しだけしみっとした回ですが、お付き合いいただければ幸いです。
そして次回は遂に冒険です。お楽しみに。