序章
俺は平々凡々に輪をかけたような経歴に、ピースフルフェイス(平凡でつまらない顔面)を併せ持つの脅威の16才。
悩みは挙げ始めればキリがないがあえて言うなら、その名付け親が隣のクラスのマドンナちゃんだと言うこと。マジ糞クソファッキン。内心ではこんなに荒れてるのに俺が笑うとアルカイックスマイルwとか影で言われてるの、お前ら本当聞こえてるからな、自重しろ。
そんな俺に転機が訪れたのは、通学路に立ち塞がるこの山の如き巨体を目にすれば明らかだろう。
「我、地獄より貴殿に物申し奉った、青鬼が頭、剛圭なり」
剛圭は俺の三倍ほどある巨躯を縮めるべく、前かがみになって、立ち尽くす俺に鼻息をかけた。空気砲もびっくりの勢いだ。毛むくじゃらの太ぶととしたふくらはぎが目の前に突き出される。
「何を呑気に座しておられる。立たれよ」
「お前の鼻息のせいだろ」
「.....我を見ても驚嘆の様相ひとつ無く文句を垂れるとは、なんと肝の太い」
俺はさっと辺りを一瞥して、人が居ないことを確認すると、顎を突き出して鬼に尋ねた。
「お前、青だよな」
青鬼、剛圭は俺の不遜さを前に微かに眉を顰めたが、「左様」とひとつ頷いた。
「なら、賭けは俺の勝ちでいいんだな」
立て続けに尋ねる俺に、剛圭は口篭る。
俺が閻魔と交わした約束を、こいつも聞いているはずだった。
「赤が来れば閻魔の勝ち。青が来れば俺の勝ち」
剛圭はうるさそうに頭を振った。
「ああ、ああ、左様。豪胆な人間の小僧。その件については閻魔様からしかと聞き及んでいる」
「へへ、そうか」
鼻を擦って笑うと、剛圭は一度口をつぐみ、俺の傍に片膝を着いた。
平日の早朝、通学路で鬼を跪かせてる高校生は、きっと日本中探しても俺くらいのもんだろう。
「約束通り、我ら青鬼の一族は貴殿の配下に下り、今後死力を尽くして貴殿の盾となり、また鉾となろう」
「いらん」
「そしてーーーーー、何?今いらぬと申されたか?」
「ああ、そんなんいらんから、ほら、もういっこのほう!!」
「もういっこ.......いや、その前に我ら青鬼〝酔虎〟の一族は地獄界隈で他に類を見ない程の列強、」
「いやだから、いらないんだって。そういう荒っぽいの現代の日本じゃ腹の足しにもなんないから」
剛圭は言葉を失っているらしい。
ご自慢の化物軍隊をいらんで一蹴してしまったのはさすがに悪いと思ったが、そもそも俺はそんなもののために閻魔と賭けをしたわけじゃないのだ。
「〝心身百変化の奏〟」
俺が言うと、剛圭はああ.....、とそれでも腑に落ちない顔をして太眉を下げた。
「酔虎族に伝わる秘術だ。人体百箇所を好き勝手改造出来る」
「それ。それやって」
「何?!今貴様は荒っぽさは要らんと申されたろうが!」
「別に強靭な肉体欲しいわけじゃないから。いいから早く!人来るだろ」
「来たところで我の姿は見えん」
「俺が頭おかしい奴に見えんの。さあ早く」
剛圭はしぶしぶ腰をあげると、腰元から巨大な巻物を取り出して、丸い円の上に俺を立たせた。
「では、今から我のする問いに答えよ。
まず、理想の背丈」
「180センチ」
「せんち.....」
「ああ、じゃあ一間だ」
「背丈一間、心得た。では瞳は」
「涼やかな切れ長で、色はブラウン」
「ぶ」
「濃褐色」
「最初からそう申せ。他は」
「鼻は高めで、唇は薄く、肌の色はマドンナも驚きの透明感」
「待て、追いつかぬ」
鬼は円の周りに筆で特徴を書き連ね、俺はあれこれ問答しながら理想の姿を脳裏に描いた。
「これで百項目」
満足げに頷いた俺を、剛圭が何か言いたげに見下ろしている。
しかし呑気にお喋りしてる時間はないので、俺は彼に術の施行を急がせた。
「いいぞ。やってくれ」
「.....本当にいいんだな」
「ああ」
「一度術が施されれば、元の体に戻るのはそう容易くないぞ」
「戻る気ない。宜しく頼む」
「.....では」
ぱんっ、と掌が音を鳴らし、俺の体は瞬く間に煙に包まれた。
体があちこち引っ張られた気分になったのは一瞬で、すぐに煙が晴れる。
「.......どう?」
見上げると、剛圭は目をぱちぱちさせて膝をまげた。
「.....驚いた。我らはこの術を肉体強化にしか使わぬ故、こういう使い方が出来るとは思ってもみなかった」
「ふふん、相当なイケメンになったろ」
ポケットから鏡を取り出し、中を覗いた俺は言葉を失った。
「おお.........。もし俺が道端ですれ違ったら敗北感で1週間は世を恨めるレベル」
「これで良いか」
「満足だ!ありがとう」
諸君ら、もう想像がついたろう。
ーーーーーそう。斯々然々あって俺は閻魔に恩を売り、この賭けをするに至った。
イケメンとなった今、俺はこれまでの人生を覆すようなモテモテ勝ち組ライフを送るのだ。マドンナは学校。敵は本陣にあり!
「じゃあな、剛圭!軍隊とかはいらんから地獄で閻魔によろしくなー!」
「待て!いらんと言われても困るのでこれを」
「あん?」
渡されたのは翡翠色の数珠だ。
「首にかけ、好きな時に我を呼べ。力になる」
「.......お前、俺が主人で不服ないの?今なら変更できんじゃねーの」
「当然有る。何故こんな非力で不遜なヒトの餓鬼.....食ってやりたい程だ」
「思ったよりキレてたな」
だが、と剛圭は剥き出しの歯を唇の裏にしまった。
「閻魔様の賭けなら我らの賭けだ。鬼は地獄が法の番人.....嘘偽りの類を許さぬ」
「ふうん.....なら、もし何かあった時だけ。よろしく頼む」
「相分かった」
「じゃあ、俺は学校に行くから!またな」
さっさと足を進めたい俺を、剛圭は今一度呼び止めた。
「六道殿」
振り返った俺は、剛圭が影となって電柱の隅に消える瞬間、その口元がにたりと笑みを浮かべたのを見た。
「我ら地獄の番人は、嘘偽りを好まぬとて聖人とは程遠い。このこと、ゆめゆめ忘れませぬように」
麗らかな朝日に影が消える。
(はあ?.....何当たり前のことを)
首を傾げながら、それでも深くは考えずに足を進めた。心は弾み、足取りも軽い。当たり前だ。俺をこれから待っているのは、第2のモテモテ勝ち組ライフ。
顔いっぱいに笑みを浮かべながら、俺は最高の朝を迎えた。
この後俺は、男子トイレにて、本来雄にあるべき大切なものが欠けていることに気付き大絶叫することになるのだが、それはまだ先の話。