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第7話 お取替え(2)

「お待たせしました。こちらが代用品の機体です。無線機は修理して積み替えてあるので、周波数はそのままです」


 ガレージで引き渡された機体は、俺の使っていたものよりもかなり上等な代物だった。艶消しがされた黒塗りの装甲は、戦前の高い加工技術が見て取れる美しい曲線のシルエットを持つ。表面には傷も汚れもなく、おそらく実戦で使用されたことのない、新品なのだろう。おまけに保管状態も良好だ。


「……中古品はないのか?」

「ありますが、すべて使用中かメンテナンス中です」


 せめて中古品なら壊れても言い訳ができるものを、あえて新品を寄こすとは性格が悪い。最初から逃げ道を潰しに来てやがる。新品なら動作保証もされているけれど……ああ、そうだ。その手で攻めてみよう。

 

「新品てことは、発掘してから誰も使ってないんだろう? ちゃんと動いてくれるのか?」

「動作確認くらいはしてあります。不安でしたら、搭乗後になされては?」


 やっぱり駄目か。動作確認がされてるなら、もう逃げ道はどこにもない。アースなんて消耗品同然、壊れる前提で乗るものを壊すなと言われても困る。どうにかして譲歩を引きずり出したいものだが、頭を使うのはどうにも苦手だ……このババアも長い間生きているのなら、(かしら)と同じくらい頭も切れることだろう。粘るだけ徒労になりそうだ。

 

「……できるだけ壊さないよう努力はする。それでももし壊れたら、頭に請求してくれ。俺に請求しようとしても、たぶんその時は死んでるからな」

「仕方ありませんね。しかし、条件があります……」

「あまり難しいことは勘弁してくれよ」

「いいえ。困難極まることでしょうが……まあ、できればで構いません。なんなら話を聞くだけでも。先日も、それ以前にも、そちらのコロニーで殺された、私たちの仲間がいますよね……彼らの仇を討っていただきたいのです」

「いや無理」


 仇を討てということは、支配階級に反逆しろということだ。そんな恐ろしいこと、できるはずがないだろうに。そんなことをしようものなら、コロニーを出る前に襲ってきた刺客がダース単位でやってきて家ごとハチの巣にされる。たとえ先の短い命であっても、なくすのは惜しいのだ。

 

「気持ちはわかります。ですが絶対に、実行には移さないでいただきたい。支配階級がその気になれば、我々スカベンジャーにあなた方の殲滅を命じるでしょう。そうなれば逆らえません」


 これほど重大な問題を聞かされてはさすがに平常ではいられない。普段の言葉遣いを忘れて敬語になるほど恐ろしい話だ。

 支配階級が一世紀以上コロニーの支配者たりえる理由は二つ。彼らは戦前の技術力を未だに保管している、それは武力もイコールだ。デッドコピーとオリジナルじゃあ天と地ほどの差があるだろう。

 もう一つはあっちが電力を握っているから。発電所のメンテナンスができるのは支配階級しかいない。電気を止められればわざわざ血を流す必要もなく、市民からの突き上げを食らってスカベンジャーは三日で沈黙する。

 技術を強奪しようにも、彼らの住む区域と俺たちの住む区域は高く堅牢な壁で仕切られていて侵入は不可能ときた。だから支配階級には表立って逆らえない。腹の中でどう思っていようとも、顔にはこびへつらう表情を張り付けている。


「あなた方との取引が失われるのは、スカベンジャーにとって大きな痛手となるのです。ご理解ください」

「ええ。存じております。我々にとっても、あなた方は重要な取引相手。ですからこうして心情を語るだけにとどめているのですよ」

「……口だけでも、心臓に悪い」


 ゲロを吐くかと思った。


「ではこの話はこれでおしまいに。重ねて申し上げますが、可能な限り、壊さないように。丁寧に扱ってくださいね。傷一つ付けるなとまでは申しませんので」

「善処する」


 他のアースと同じように前面装甲を開いて背中を預けるように乗り込み、機体の腕の空洞に自分の腕を通す。起動方法は昔から変わらないと聞く、おそらくこれで電源が入るはずだ。

 

「動いた」


 目の前のモニターに光が灯り、機体のセットアップ画面が開く。それから表示されたのは、警告が大量に表示された画面。大気汚染、放射能汚染、その他いろいろ。一通り見て、機体に関する警告はなかったので一つずつ消していく。続いて、念のための自己診断をスタート。

 十秒ほど待って結果が表示される。見事に問題なし。素晴らしい、完璧な機体だ。これが借り物じゃなく、自分のものだったならもっと素晴らしかったのに。


 手を握ったり開いたり。腕を伸ばしたり、曲げたり。一通り動きを試してみる。モーショントレースのラグが限りなくゼロに近く、精度も高い。運動性も良好。なるほど、これはいいものだ。借りパクしたい。


「では。大事にしてくださいね」

「もちろん」


 できる限り大事に使わせてもらうつもりだ。と言っても、帰ってすぐにひと騒動ありそうだが。支配階級の犬がまだ見張っているなら狙撃をよけながらの侵入、もとい帰宅になる。考えるだけで嫌になるな。なんで家に帰るためだけにこんな試練を課されなきゃならんのか。というか、狙撃を避けながらなんて生き残れる気がしない。しかしやらなければ帰れない。

 帰りたいのに帰りたくない。複雑な気分だ。

 

「はぁ……じゃあ、さよなら」

「ええ。さようなら。あなたが無事に帰れますように、祈っております」


 無事に帰ってほしいのは、俺じゃなく機体の方だろうな。こうなるとわかっていたなら頭からの依頼でも断ったのに……どうせ下っ端だ、拒否権なんてないか。今更後悔しても遅い。

 

 ガレージの扉を開いてもらって外に出る。コロニーと違ってきれいな空だ。こんな場所で暮らせるなんてミュータントは羨ましい……汚染さえなければ住み着きたい。ただ、ミュータントからすれば物資の豊富な工場があるコロニーで暮らす俺たちがうらやましいとでも思うのだろうか。


 集落の道を歩いて、門を開いてもらって。再び無人の荒野へ。今度は一人でこの先に行かねばならない。寂しくはないが、いざとなればターゲットを押し付けられるデコイが居ないのは悲しい……そういえば無線機は修理したと聞いたな。デコイがないなら、出してもらえばいいか。俺の代わりに注意を引いてくれるスケープゴートを。

 

「こちらクロード。応答してくれ」

『どうした』


 聞きなれた頭の声だ。安心はしない。糞みたいな仕事を押し付けてくれた張本人だし、安心などできるわけがない。

 

「これから帰るぞ。到着予定は三時間後。そのくらいにゲート前の掃除をしておいてくれ。陽動でも構わない」

『トーマスにやらせる。もちろん、あいつの独断ってことにさせてな』

「足のリーダーだぞ。いいのか?」

『どうせ暇してる。死んだら……そうだな。次のリーダーはお前だ」

「あいつのことだ。死ぬわけねえよ」


 トーマス・カーク。治安維持部隊の隊長で、射撃が得意なナイスガイ。足の部隊内での模擬戦ランク1位。サボり魔なことを除けば完璧な男だ。戦いさえすれば、たぶん生き残れるだろう。


『そうだな。死ぬとしたらお前だけだ、せいぜい生きて帰って来い』

「……くそ。わかった、さっさと帰る」

『機体だけでも無傷で戻ってこいよ。ババアがうるさいからな。じゃあな』

「そういうことなら迎えを用意してほし……切りやがったクソ!」


 ゆっくり戻ろうと思ってたが予定は変更だ。二度踵を踏んで、ローラーを起動する……思ったよりも強い加速でバランスを崩しそうになったことさえ除けば、何事もなくコロニーへと戻れそうだ。

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