第3話 はじめてのおつかい(2)
ミュータントの子供は一度頭に預けて、自分はコロニーの外へ出るのに使用する『機材』を取りに、廃墟マンションの自宅へと戻ってきた。
機材を置いてあるのは地下駐車場をガレージとしたもの。整備道具から火器弾薬まで、全部をひとまとめにして置いてある。
その一番奥に置いてあるのが戦前の技術の劣化コピーで、Arms and Armored suit、頭を取ってアース、と呼ばれるパワードスーツだ。全高三メートルほどの戦闘用兼作業用機械。しょっちゅう外へ出かける羽と違って、足の俺には用事がなければ立派な置物だし、用事があったとしてもただのゴミ掃除くらいなので大して整備もしてない。
つまり今回の事態のようなイレギュラーは全く想定していないため、このまま外へ出れば間違いなく整備不良で転ぶ。だから点検はしっかりしておこう、という考えだ。
メンテナンス用の端末をつないで、チェック開始のスイッチを押す。するとエラーの文字が出るわ出るわ、センサー、カメラ、間接、モーター。あらゆる場所が黄色信号を点灯させている。とはいえ、どれも今すぐパーツ交換する必要はない程度だったのは幸運だろう。行って帰るだけなら問題なさそうだ。
「チェック終了と。じゃあ、腹ごしらえするかぁ……」
気は進まないが、と心の中で呟いたら、冷蔵庫の中から合成食糧をワンパック取り出して、キャップを外して口に含む。ツンと鼻を突く酸っぱい香り、グっとチューブを握りしめ中身を押し出し、口でも全力で吸い込み、味わう暇なく一気に飲み込む。
が、それでも舌の上を通るからには嫌でもその味を堪能させられる羽目になる。酸っぱくて、生臭くて、その上わずかに残る食物の残渣のようなナニカ……一言で表すなら、良く冷えたゲロだろう。
不快でしかないその味を、ろ過した水で洗い流して飲み込んだら食事は終了だ。ただただ苦痛でしかないこの食事で良い点を強いてあげるなら、苦痛が一口で終わること、そして一日三食これを食べて水を飲めば、他に栄養補給が必要ないことだ。
「まっずぅ……」
込みあがる吐き気を堪える。ここで吐けば貴重な栄養がすべて詰まったあのありがたい合成食糧をもう一度食わねばならない、あの苦痛にもう一度耐えねばならないのだと。空になったチューブをゴミ箱へぶち込んで口元を拭う。
吐き気が収まったらガスマスクを付け直し、自分の相棒である機体に向き、正面装甲を開いて機体に乗り込む。機体の腕部に腕を通すと電源が入り、眼前にある機内モニターに光がともる。いくつかの文字列が流れた後に、頭部カメラからの機外の映像が出てきた。
カメラは問題なし。左右の腕は、ちゃんと動く。両足は、少々異音があるがちゃんと動く。問題ないな、問題ない。警告文字なんて見えない。見ないふり。
武装はブレード、対人・対獣用マシンガン、治安を乱す馬鹿を建物やバリケードごと吹っ飛ばすための対装甲用ロケットランチャーの三点セット。スカベンジャーの制式武装だ。
ガレージのシャッターを開いてスロープを上がり、表の道路に出たら足のローラーを起動して頭の待つ区画へと走っていく。
自分の足だとしばらくかかったが、アースは車並の速度で走れる。十分とかからずにシェルターに着いた。そこで一度アースから降りて、門番に頼みミュータントの子供を連れてきてもらう。
「頭から伝言だ。子守りなんてさせるんじゃねえ、とさ」
「すまん、と伝えておいてくれ。それじゃあえーっと……お嬢ちゃん」
しまった。名前を呼ぼうと思ったが、聞いてないから出てこない。
「マスクをして、ついてこい」
「アンリだよ」
「そうか。名前はどうでもいいからついてこい」
「え、ひどい」
本当ならこんな面倒な仕事なんてやりたくなかったのだが。引き受けたからにはやらねばならない。無茶な命令とわかっていても、美味しそうな餌に釣られてしまったのだ。外部スピーカーでやりたくもないコミュニケ―ションを取りながら、コロニーの外へ出るためのゲートに向かう道を行く。
ゲートまではいくつかの重要でない区画を通り抜けなければならないのだが、そこを通るときに起こるであろう問題がまためんどくさくて嫌になる。
重要な場所は当然、スカベンジャーが常に目を光らせている甲斐あって治安が非常に良い。通り魔が出たとして、犯行を起こした後にミンチになるくらいだ。
だが、重要でない区画は警備の手が薄いどころか、ほぼスカベンジャーの手が入っていない。限られている人手を割くほどの価値がないからだ。
「さて……ここから先に進む前に言っておくことがある」
問題の区画と、そうでない区画を隔てる検問を前にアンリに命令する。理由はあえて言う必要はないだろう。子供でもわかる、簡単な事情だ。
「言うことは二つだ。機体から離れない。命令には従う。OK?」
「変なこと頼まないでよ」
「俺も命が惜しい。人肌恋しいなら仕事が終わってからロリコンに頼むんだなお嬢ちゃん」
どちらも命に関わる命令だ。下手をすれば護送対象を守るどころか、うっかり殺しかねない。
「よし。行くぞ」
ライフルを持ったスカベンジャーに通してもらい、問題の区画に進入する。彼らの目の届く範囲は安全だろうが、奥へ進めばそうではない。気を引き締めなければ仕事を失敗して頭に大目玉をくらう羽目になるだろう。それはめんどくさい。失敗自体は別に気にならないが、怒られるのが実に面倒だ。
区画に入ってから五分ほど。進めた距離は区画の半分にも満たない。アースのみであればゲートまで辿り着けただろうが、子供の足に合わせていれば仕方がない。
だがゆっくり進めば面倒ごとに見つかるのも当然か、モニタに写る機体後方の映像には何人ものやせ細ったゴミ達が、物陰に隠れながらコソコソと付いてきていた。
気付かれていない、と思っているのだろうか。それとも。
「きゃぁ!」
気を引くためにわざとやっているのか、と思っていたらその通りだった。路地からやせ細ったゴミが飛び出て、ガキを攫おうと手を伸ばしていた。体はやせ細り、口からは涎を垂らしながら、目だけを爛々と輝かせて。不気味で、醜悪で、不快極まる。幸運なことに、俺はきちんとした市民の両親の元に生まれたが、一歩間違えばこうだったと思うと吐き気がする。
「伏せろ」
栄養が足りていないカスカスの脳みそから無い知恵を必死で絞って考えた作戦なんだろうが、完全に予想できていた脅威だ。腰部ハードポイントのウェポンロックを、武器を水平に下ろして解除、ブレードを取り外し、引き抜きざまに脅威を振り払う。
幅広で厚みが一センチ、長さが一メートル半あるそれは、刃物というよりも鈍器の性質に近い。幼女に手を伸ばし、その柔らかな肉に食らいつこうとするゴミは刃に直撃し、血肉を抉りちらしながら道路に倒れて動かなくなる。見せしめに重機の足で頭を踏みつぶして地面のシミを増やしてから、振り向く。
待ち伏せが失敗したゴミ共があきらめてくれるなら、面倒が減っていいんだが。
「うぉおぉぉぉおおお!!」
残念なことに叫びながら群れで突っ込んできた。仕方ないとため息をついたら、ブレードを腰に戻し、片手を空にしてガキを捕まえる。
「掴まってろ、落ちるなよ」
「ひぃぃ!!」
握りつぶさないように気を付けて、脚部のローラーを起動。バックで進みながら右手の機銃で道を薙ぐように発砲する。12.7mm機関銃のドドドドドというご機嫌な歌声が路地に響き、肉骨片の絨毯ができあがる。追いかけてくるゴミ達にとっては、肉の山、ご馳走の山とも言い換えられる。
連中の目当ては肉だ。命の危険を冒して追いかけても手に入るかどうかわからない肉より、労せず手に入る、そこにある肉を選ぶだろう。
案の定出来立てのゴミの死体にゴミ達が群がり共食いを始めたのを確認したら、機体を反転して道を急ぐ。連中の興味が肉に向いているうちにゲートまで突っ切ってしまおう。外に出さえすれば、もう追っては来れないのだし。