第2話 はじめてのおつかい
道中は何事もなく平和そのもの。護身用にぶらさげたライフルの出番もなく目的地までたどり着けた。無事、という言葉は聞くだけで胸が躍る。襲ってくる阿呆が居ないというのはそれだけ仕事が減るということだ。人類は皆休むのが大好き、俺だって例外じゃない。
「足の三十二番、クロードだ。ミュータントの子供を連れてきた。通してくれ」
「……よし、通っていいぞ」
身分証替わりの金属タグを門番に渡し、頭の待つシェルターの中へ入る。分厚い鋼鉄の扉を一枚潜り、閉じた後に左右からゴォと強烈な風が吹き付ける。戦前からある建物には大体ついている、外から汚い塵を持ち込まないための機能らしい。
「ぶぇっ!?」
スカベンジャーとして何度も出入りする俺は慣れてるがこの子供は初めてだったようで、いきなりのことに驚き目を白黒させている。そんな少女の手を掴んでもう一枚のガラス扉を開くと、広いホールの奥に片足のないハゲた老人が座っていた。
その老人こそ、スカベンジャーのリーダー。頭の役職を持つ男だ。
「よう頭。ガキを連れて来たぞ。命令通り、傷一つ付けずにな」
髪の毛を何本か引きちぎったが、それは命令を受ける前だからノーカウントで。命令を受けてからは俺以外、誰の指も触れさせていない。完璧な仕事ぶりだ、褒められてしかるべきだろう。
「ご苦労。それじゃそいつを村まで送り返せ。丁重にな」
「それは『羽』の仕事だろう、俺は『足』だぞ。断る。手の空いた羽にやらせればいいじゃないか」
当たり前だが、スカベンジャーは所属ごとに役割が異なる。ここで言う『羽』は、コロニーの外へ出かけて汚染地帯を渡り、廃棄された都市で過去の資源を漁って帰って来る。『足』はコロニー内の治安維持と、コロニーに商売に来たお客様の護衛だ。羽に比べれば地味な仕事だが、大切なことだ。
で、俺の所属は足。ミュータントの護衛は確かに足の仕事だが、問題はミュータントの村落の位置だ。その場所はコロニーの外部で、決してご近所さんと言えるほどの距離ではない。人の足ならほぼ一日かかる。車や『機材』を使えばもっと短くて済むが、汚染地帯のど真ん中を歩く上に野生動物も沢山いる。一人で行くのは危険極まる。
もし道中で機材が故障すれば、汚染地帯のど真ん中で立ち往生。応急処置で何とかなればいいが、何とかもならない場合はそのまま汚染でジワジワ苦しんで死ぬ。そうでなくても修理の最中に野生動物に襲われたら生身じゃどうしようもない。
「上司の命令を拒否すんのか?」
「ボーナスをくれ、ボーナスを」
せめて、命を懸けるのに見合った対価を寄こしてもらわないと。金とか、機材の部品とか。命が安い世界だが、金に換えればそれなりの額にはなる。
「舐めてんのかてめえ」
「こっちだって大嫌いな残業を我慢してここまで来てんだ。偉そうに威張るなら出すもの出してからにしやがれハゲ。髪だけじゃなく脳みそまでツルッツルかよ」
「……ったく。お前にしか頼めないんだ、引き受けろ」
「俺の言ったことを聞いてなかったのか? つーか、俺にしか頼めないってどういうことだよ」
「理由は二つだ。まず、ミュータントのガキをいつまでもここに置いてたら、ご主人様の犬が嗅ぎつけてやって来る」
支配階級の犬、とは言うが野犬みたいに可愛らしいものじゃなく。連中は殺し屋だ。支配階級に歯向かう者の前に、返り血で染まった真っ赤な装甲の機材を駆ってやって来ると聞く。
それが来ると聞けば、どんな荒くれ者のスカベンジャーでも部屋の隅で震えて死を待つしかないという、まさに恐怖の象徴だ。
ちなみに腹をすかせた野犬が腐ったゴミの死体を食って太り、太った犬を生きてるゴミが襲って食うという地獄のような食物連鎖ができている。いや実際ここは地獄だったな。
「もう一つ、あっちにガキの親が殺されたことを連絡したら、今すぐに子供を連れてこいとカンカンに怒ってな。一秒でも早く届けなきゃいかんが、下手な奴に頼めば、護衛対象が今日の夕飯だ。人を食わない奴でないと任せられん」
「……ああ、なるほど」
確かに、このガキはコロニーの旧人類の子供と比べて肉付きがいい。そこらの汚染された土で栽培された食糧を食っても平気だから、良いものをたくさん食っているのだろう。子供は肉が柔らかいとも聞くし、カニバリストからすればご馳走だ。
糞マズイ合成食料が主食の俺からすれば、ただの面倒ごとでしかないが。
「事情はわかった。で、当然特別手当はもらえるんだろうな?」
「前向きに検討しよう」
「確約でないと行かんぞ」
「はぁ……研究所に、お客様が持ってきたレアもののパーツがある。戦前の品にしては珍しく、少し手入れすれば使える程度に状態がいいそうだ」
「へえ、そりゃ本当か」
戦前の品、というのはどうあっても高い値が付くものだ。一世紀以上前の戦争で世界中の都市が吹っ飛んで。生き残りが集まってコロニーになり、その中でスカベンジャーが発足し、組織的に骨董品の蒐集を始めるまでに、戦前の高度な技術の多くは雨風に曝されて瞬く間に風化・消滅していった。
しかしその中にあって機能が消失せず、しかも実用的な代物とくれば、金塊ほどの価値がある。自分の機材に組み込んで、うまく稼働してくれるなら自分で使うし。だめならジャンク屋に売って金に換えればいい。
そういうわけで、この報酬には命を懸ける価値があるとみた。生身なら危険な場所でも機材さえあればちょっとした散歩感覚で行ける。儲けものだな。
この時は猟犬のことなんてすっかり忘れていた。依頼を引き受けたことを激しく後悔することになる。