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第1話 転換点

はじめに

この話は、拙作『鋼鉄の夢-Iron Dream-』のリメイク作となります。

全編書下ろしでございます。

話の大筋に変更は加えておりませんが、展開に多少の差異がある場合がございます。

前作をご覧になっていない方向けに警告いたします。グロテスク・人肉食描写がございます。苦手な方はご注意ください。

ではお楽しみくださいませ。

 護身用の銃を手に握り、耳を澄ませながら椅子に座って目の前の道路を見張る。ガスマスク越しに見える風景は、いつも通り濃いスモッグで霞み五十メートル先も見えない。そして工場が稼働している最中なためか、それとも今付けているフィルターが粗悪品なのか。ガスマスク越しの空気は非常に臭く、まるで火事場の煙の中を歩くように息苦しい。工場の近くだろうと遠かろうとずっとこんな空気なので既に慣れ、咳き込むようなことはないが、それでも臭いものは臭い。


 もしそんな汚染された空気の中で今つけているマスクを外してしまえば、普通の人間はたちまちに呼吸ができず水の中で溺れるように、この汚れた空気の中で窒息死してしまうだろう。

 しかし、それよりも。


「腹減ったな」


 支配階級の馬鹿がミュータントの親子を襲い、その子供が逃げ、この地区の封鎖命令が出てからもうどの位経つのだろう。ついさっきアースに乗った羽の連中がこの道路を通って行ったから、それほど時間は経っていないと思うが。しかしずっと同じ姿勢で、ずっと変化のない風景を眺めていると、時間が長く感じられて仕方がない。そのくせ空腹感が立派に主張を始めたので、交代の時間はまだかと思い袖の上から腕に巻いている時計を見る。


 が、ただ座っていただけなのに大量の粉塵が表面に付着して時計の盤面は見えない。これだから工場周りの警備は嫌なんだと愚痴を言いながら、ガラスの表面を厚いグローブで擦って時間を確認する。


 只今の時間は十四時。上を向いても太陽が煙で全く見えないせいで、太陽の位置から大体の時間を割り出すことができないため、時間を知るのに時計は必須となる。それはともかく、そろそろ他の連中が交代してくれる頃だし、この道路もさっき羽の連中が通ったところ。


 少々早いが帰っても多分大丈夫だろう。


「おはよう。えーっと……誰だっけ。今日はいい天気だな」

「クロードだ……そうだな。珍しく空が明るい」

 

 ちょうど交代がやってきた。話しかけてきたスカベンジャーの仲間に適当な言葉を返す。相手は俺が誰かをわからず声をかけたようだが、それは仕方がない。降り注ぐ工場の灰から身を守るための分厚いコートが体型を隠し、肺と目を守るためのガスマスクが顔を覆っているせいで外見での判別が困難なのだ。おまけにマスク越しのくぐもった声では個人を聞き分けることも難しい。


「そうだ、クロード。仕事はどうだ?」

「今日も異常なし」


 今日の仕事は……今日の仕事も、だな。道路の監視作業で椅子に座って往来を眺めるだけの簡単な仕事だった。道行く人々は皆、色のバリエーションこそあれどガスマスクとコートの二点セットで統一された服装に護身用の拳銃だったりナイフだったりをぶら下げている。どこにも怪しい格好の人は居ない。

 たまにマスクもせず防護服もなしで出歩く人間もいるが、それはミュータントで、コロニーにとって大切なお客様だ。


「そうか。じゃあ交代だ。帰り道にミュータントの子供が居たら、捕まえて頭のところへ連れて行くんだぞ」

「じゃあ帰るか。あとはよろしく。何事もなけりゃいいな」

「おう」


 通信機をどっこいせと背負って、のんびりと帰路につく。



 道路に積もった灰に足跡を刻み、マスクの下で戦前の歌を口ずさんで歩いていく。いつもはスモッグのせいで遮られる日差しも、今日は珍しく薄くさしているおかげで暖かい。こんな日は窓際で昼寝でもしたくなるな。帰ったらそうしよう。

 なんて考えていたらドン、と何かが体にぶつかって、視界の隅を金色の帯が横切った。反射的に片手を伸ばし、それを掴んで手繰り寄せる。

 ぶちぶちと千切れる感覚。どうやら掴んだものは髪だったらしい。


「痛いっ、放してよっ!」


 スリか? ぶつかって気を取られた間に財布か銃でも抜き取ろうとしたんだろうが、素人に盗らるような間抜けじゃあない。しかし……声から察するにまだ子供だろう。空腹に耐えかねて盗みに走ったのか。かわいそうに……俺がくれてやれるものは銃弾しかないからそれで勘弁してほしい。

 腰のホルスターに鎖でつないだ拳銃を抜き、暴れるガキの頭に押し付け、作業のようにトリガーを引こうとして……異常に気付いて指を放した。


 このガキ、マスクも防護服もつけていない。普通の人間ならマスクを着けていなければ汚染された大気に耐えられずに陸の上で溺れ死ぬ。だが、こいつは呼吸ができず苦しむようなそぶりは見せない。しまった、ミュータント(お客様)だ。


「ミュータント、の子供か。一人か? 親はどうした」


 核戦争後の世代交代により汚染された世界に適応した新人類であって、コロニーの大事なお客様。そして、俺の追加業務だ。残業発生とはついてない。早く家に帰って昼寝したいのに……本当についてない。

 とりあえず髪を掴む手を放してグローブに絡む髪の毛をつまんで取りながら話をする。どれだけ面倒でも仕事は仕事だ。


「親? パパならあなたたちの親玉に殺されたよ!」

「……親玉? 親玉か……」


 親玉と言われて思いつくのは二人。俺の所属しているスカベンジャーと呼ばれる組織の長と、さらにその上に立つコロニーの支配階級(ご主人様とも呼ばれる)。その二人だ。

 そのどちらだろうと考えて、答えはすぐに出た。スカベンジャーはミュータントと協力関係にあるが、支配階級は逆に彼らを毛嫌いする。

 スカベンジャーの仕事はこのコロニーの治安維持から、遠征での資材確保までなんでもやるが、俺が任されているのは治安維持部隊の下っ端。組織のトップに頭という役職が一人居て、スカベンジャーを統率している。

 そして、その上に支配階級が居る。多くの人はご主人様と呼ぶが、詳しくは知らない。ガキの頃、俺たちが生まれる前からスカベンジャーの上に居て、コロニーの中の一等地に壁を作って暮らしている。逆らうと殺し屋が送られてきて死ぬ。大半の一般市民が知っているのはここまでだ。普通に暮らしている分には、それ以上のことを知ることもなければ知る必要もない。スカベンジャーにとってはこれに厄介者という認識が追加される。こちらとあちらの方針の違いからくるいざこざが絶えないのだ。


「またやってくれたか……」


 なぜかは知らないが、支配階級はミュータントを毛嫌いしている。見かけたら即『猟犬』をけしかけて殺すほどに。


「……だが、スカベンジャーはミュータントの味方だ」


 何事も中途半端が一番よくない。やるのなら最後までしっかりしてくれないと、こうして後処理が面倒なことになる。何が言いたいかって、子供も逃さずきっちり殺しておいてくれたら残業せずに済んだのに、という話だ。

 背負った通信機からコードを伸ばし、マイクとスピーカーをマスクにつけて本部に通信を入れる。


「足の三十二番より頭へ。応答願う」

『なんだ』

「件の子供を保護した。現在地はD4とD3区画の間。帰宅中に発見した。展開中の捜索隊に撤収命令を出してくれ」

『了解。その子供はすぐにこちらへ連れてこい。絶対に傷一つ付けるな』

「イエッサー。通信終了」


 通信を切ってコードを巻き取る。ここから頭の居る場所まで徒歩でどれくらいかかるだろう。いくつかの大通りを歩かなきゃならないからめんどくさい。ミュータント、まして抵抗もろくにできない子供と来れば……殺して支配階級に取り入ろうとする馬鹿が出るかもしれない。注意はしておこう。

 そうでなくとも、食事か一時の快楽目当てで子供を狙う奴ならそこら中にいる。俺たちが治安維持をがんばっているおかげで保護者付きなら襲われることはあまりないが、保護者なしで出歩くのは自殺行為だ。よく一人で無事でいられたものだ……ご主人様から逃げられたことといい、運がよかったのだろう。通信機にぶらさげたスペアのガスマスクを少女に渡す。


「マスクをつけてるだけでミュータントとは思われない。被れ」

「えー」

「死なれたら困る。お前だって死にたくないだろう」

「う……じゃあ被る」


 素直に言うことを聞いてくれる子供は好きだ。言うことを聞かない子供は死ねばいい。子供に限らず人の言うことを聞かない奴は死んでほしい。というか勝手に死ぬ。

 大人用のマスクは少女には少し大きくブカブカだが、遠目に見ればわかるまい。


「……苦しい」

「我慢しろ」


 マスクは、それがなければ生きられない旧人類のために作られた装備だ。彼女らミュータントには必要ないもの。俺たちだって苦しいのを我慢して使っているのだから、普段使っていない彼女にとってはさらに苦しいだろう。

 それは承知で我慢しろと言っている。俺だって仕事でなければ子守りなんてしたくないのだ。こいつにも耐えてもらわないと、釣り合いが取れない。

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