国王 ネロ=グランド
「ありがとうね、おかげで落ち着いたわ」
「それはよかった」
どうやら、落ち着いたらしい。彼女にとって、それほどまでにこれまでの人生は息苦しいものだったのだろう。
「じゃあ、約束通り私の計画のすべてを話すわ。さっき言った通り、私は新しい部隊を作りたいの」
「新しい部隊?」
「そう。でも私一人では部隊なんて組めるわけがない。でも、あなたがいれば話は変わってくるわ」
「僕に、何かできることがあるのか?」
「正確には、私たち、ね。今から新しい部隊を作るなら、それだけの価値と実績を示す必要がある。今存在する三つの部隊にはないような価値を、ね」
新しい価値、か。政務、魔法、戦闘。それ以外の、新しい価値。その上、彼女の目的である戦場に出るという望みを叶えられるもの。
「難しく考える必要はないわ。役割が一つである必要なんて、どこにもないのだから」
「どういう意味だ?」
「私たちが作る部隊の役割。それは“すべて”よ。政務、魔法、戦闘。それ以外にも。この国のすべてに精通する部隊。それが私の作りたい部隊」
「なるほど、特定の役割に縛られず、手広くやるわけか。確かにそれなら、一つの大きな実績を示さなくても、手広くいろいろなことができると示すことができればいい、というわけだな」
「そう。国内派遣だけじゃなく、外交も。様々な魔法で新しい技術を生み出し、それでいて戦場でも戦える。万能な部隊を作る。・・・・・手伝ってくれるかしら?」
「手伝うよ。当然だろ」
「ありがとう。あなたに話してよかったわ。でも注意して。このことは、誰にも知られてはダメ。お父様もセドも、この国の誰にもね」
「仕事そのものを制限されるから?」
「そう。私たちは実績を残すとともに、国がそれを拒めないほどに国民の支持を集める必要がある。国民の後押しは、何よりの力になるわ。民衆に支持されているお父様だからこそね」
なるほど。部隊を作るための後押しを国民にしてもらうということか。確かに、フィーナは国民から尊敬されていた。宿屋の料理人の態度は、フィーナが姫だからというだけとは思えない。きっと、国内をまわって各地で信用を得ているのだろう。
「あなたがいなかったら、一人でやるつもりだった。でも、今は一人じゃないわ。できることも格段に増える」
「役に立てるなら、よかったよ。僕にできることなんて、たいしてないからね」
「ええ、だからここにしたによ」
「え、何が?」
「この地下書庫、私がもらったの」
「え、ええ!?この広い書庫を!?」
結構広いぞここ。それをもらえるなんて、やはりフィーナの権力って相当なものだな。
「ここでなら、誰にもばれずに話せる。そもそもここに入れるのは魔導士だけだしね」
「そういえば、入り口は魔法錠だったな」
「あれの開け方は明日教えるわ。ひとまず時間だから、ハミルはお父様と食事してきなさい。わかっていると思うけど」
「他言するな、だろ。わかってるよ」
「ならいいわ。楽しんでいらっしゃい」
グランド王城3階 食卓
「・・・・・ここか」
城のどこに何があるのかは大方フィーナに聞いたが、それでも広すぎて把握しきれない部分が多いグランド王城。今夜招待された食卓だって、あまりに高貴な雰囲気を放つ扉のせいでここが本当に食卓なのか確信が持てない。
なんでも、ここは外国からの使者が来訪した時に、王が彼らと食事をするときくらいしか使わないらしい。普段は自室か1階の広間を使うらしい。
「・・・・・ここに僕を呼んだってことは、たぶん色々聞かれるんだろうなぁ」
ただ食事がしたいなら、フィーナ含め広間に集めてしまえばいい。それをしないということは、セドさんの言っていた“聞きたいこと”が優先なのだろう。
まあ、考えても仕方ないか。聞かれたことには極力答え、フィーナとの秘密に踏み込まれたらうまく誤魔化す。
一度深呼吸し、扉をノックする。
「来たか。入っていいぞ」
「失礼します」
相手は国王。無礼のないよう気を付けながら扉を開ける。そこにいたのは、ある意味想像していた王様とは別の人物だった。
卓に肘をつき、ワイングラスを傾けながらこちらを見てニヤッと笑う。短めの黒髪に少し生えた顎髭が大人の男の雰囲気を醸し出している。
てっきり、王冠かぶってふんぞり返ってるような人を想像していたんだけどな。でもまあ、フィーナの父親と言われれば納得もできるが。
「本日は、招待していただき感謝します。自分は、ユリアむr」
「そんなに畏まらなくていい。君のことはセドに聞いているからね。早く座りたまえ、ハミル君」
「は、はぁ・・・・・」
軽い。僕の想像する王様像をことごとく破壊してくる。
でも、こちらの方がやりやすいか。ひとまず失礼して席につかせてもらおう。
「今日来たばかりで疲れているだろうに、呼び立ててすまないな。ユリア村であったことを、直接聞いておきたかったんだ」
「村のこと、ですか?それなら一通りセドさんにお話ししたはずですが」
「ああ、何があったかは聞いた。村が全焼し、村人は行方不明。森で倒れていた君を、娘が連れてきたことまでな。だから、君がどう思ったのかを聞きたいんだ」
「僕がどう思ったか、ですか。それは、なぜ村が燃えたのか、とか、なぜ村のみんなが行方不明なのか、とか。それらについてですか?」
「そうだ。それらに関しては、当事者である君にしかわからないことだ。だから、なるべく詳しく教えてほしい」
「・・・・・わかりました」
僕は嘘偽りなく思っていることを話した。燃えた原因はわからない。しかし、遺体一つ見つからない以上、村のみんなは避難した可能性があるということを。
話し終えると、王は何かを考えているような顔つきで食事に手を付けるのをやめた。しばし無言の時間が続き、その静寂を王が終わらせた。
「俺は一度、ヘル領内の村で、村民が一夜にして消えるという現象を目の当たりにしたことがある」
「村民が、たった一夜で!?」
「寝て起きたら、そこに人はいなくなっていた。だから一夜としか言えないが、実際は一瞬だったのかもしれない。そして、君の村でも、君がいない間に村人が消えた」
「もしかして、同じことが起きたってことですか。その現象の原因って、いったい何なのですか!?」
「魔法なのは間違いない。そして、俺は以前対峙したことがある。空間を一瞬で移動する術を使う魔導士にな」
「その魔法で、村人を別の場所に移動させた・・・・・」
あり得るのか?瞬間移動ができる魔法など聞いたことがない。
「ユリア村が国境に近い村ということから、あり得ない話ではないと俺は思う。その類の魔法を使われれば、国境から手出しができない。今までその魔法を使ったヘルの攻撃はなかったが、可能性としては十分あり得る」
戦争、か。ユリアが森に閉じこもったのは戦火から逃れるため。そんなユリア村が真っ先に標的となったのなら、なんとも皮肉な話だ。
「貴重な話をありがとう。ユリア村の村民については、情報が入り次第君に伝えるよ」
「あ、ありがとうございます」
「国王として、君に聞きたいことは以上だ。さあ、せっかくの食事だ。君も食べたまえ」
「は、はい。いただきます・・・・・」
拍子抜けだな。こんな席まで用意して、聞きたいことはこれだけ?
まあ、面倒なことを聞かれるより遥かにましだが。今は食事をいただくとしよう。過去に見たこともないような豪華な食事だ。これなら気楽に楽しめそうだ。
「さて、堅苦しい話も終わったところで、ここからは俺個人として聞きたいことなんだが」
・・・・・だめだ、楽しめなさそうだ。いったい何を聞いてくる気だ。おそらくこちらが本題なのだろうし、警戒しよう。
「君は、娘とはどういう関係なんだ?」
「・・・・・はい?」
あれ、聞き間違いか?僕の警戒していたような質問の斜め上を行く問いかけだった気がしたのだが。
「娘が自分から人を連れてくるなど初めてだ!君と娘は、いったいどういう関係なのだね!」
ちょっ!?怖い!この人怖い!
「お、落ち着いてください国王さm」
「落ち着いていられるかぁ!」
「誤解ですから!国王様のご想像なさっているような関係ではありませんから!」
「嘘をつくな!今まで国一の美少年と呼ばれる男や、最も優秀な執事をフィーナには付き人として近くに置いたのだ!なのに、あの子は一切興味を示さないどころか全員一日でクビにしろと言ってきたんだぞ!その娘が人を、しかも男を連れてくるなど、何かあったに決まっている!」
やべぇ、めんどくさいこの人。どんなすごい人なのかと思っていたら、ただの親バカじゃないか。
弁明したいんだけど、その話する場合僕の秘密とか話さなきゃならないんだよなぁ・・・・・。ああ、どうしよう。
「ああ、でも娘もついにそういう年頃なのだろうか。反抗期が終わって、男がほしい年ごろになったのだろうか・・・・・・」
ついに僕を無視して一人で謎の迷宮に迷い込んだ。この人が国王じゃないなら迷わずここから逃げ出しているだろう。・・・・・仕方ない、どうにかして言い訳するか。
「国王様、違うんです!僕はフィーナに助けてもらった恩を返すために働きたいだけなのです。そう、ただの恩返し・・・・・」
「嘘をつくな!少なくともこの国に、あの子を呼び捨てで呼ぶような男はいない!つまり、そういう関係なのだろう!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ」
あ、やらかした。よくよく考えると、僕はフィーナのことを様付けで呼んだことがない気がする。なるほど、今後人前ではフィーナ様と呼ぶように気を付けよう。
「言え!フィーナとはどういう関係なんだ!」
隠し通すの、もう無理かも・・・・・。かといって、正直に友達だといったところでこの人がわかってくれるとは思えないんだよなぁ。誰か助けに・・・・・来ないよなぁ。人いなかったし。
こうなったら・・・・・。
「国王様は、本当にフィーナ様を大切になさっているのですね」
「当たり前だ!大切な一人娘だぞ。どこの馬の骨とも知れん男にやれるか!」
馬の骨って・・・・・。さっきまでの気のいい王様はどこへ行ってしまったのか。
「フィーナ様、言ってましたよ。本人には言えないけど、感謝していると。付き人をクビにしたのも、ちょっと反抗してしまっただけで本当は嬉しかったと」
「っ!?フィーナが、そんなことを!?」
お、食いついた。フィーナには悪いがこのまま押し切らせてもらおう。
「そうです!他にも本人には言えなかったことがたくさn」
「なぜそれをフィーナは君に話すのだ!つまり、君は娘と親密な関係なのだということなのだろう!」
・・・・・めんどくせぇ。
「いや、これはフィーナ様から聞いただけでして・・・」
「黙れぇ!」
ああ、もう!話が進まないじゃないか!
もう無理だ、と思った時だった。
「黙るのは、あなたですよ!」
国王の首を背後から音もなく叩く人影。そのまま崩れ落ちる国王を受け止めると、椅子に座らせる。
セドさんだった。
「まったく、少し目を離すとすぐこれだ。すまないね、ハミル君。こいつ酒に弱いんだ」
「いえ、それはいいんですけど。・・・・セドさん、いったいどこから」
「僕は昔、暗殺を生業とする一族に所属していてね。部屋に潜り込むことくらいわけないのさ。それより、大変だっただろう。悪く思わないでおくれ。こいつも、国王である前に一人の男なのさ」
「まあ、ちょっとびっくりしましたけど。大丈夫です」
可能なら、この人とは二度と一対一で話したくないけどな。
「でも、姫様に気に入られた経緯については僕も気になるな。本当に、姫様は周りに人を寄せ付けない方だからね」
「そう、だったんですか。意外です。みんなから慕われているようだったので、てっきり他の人ともうまくやっているのかと」
まあ、本当はその辺の事情もすべて聞いているのだが。
「ぜひ、君とは一度ゆっくり話してみたいよ。姫様同伴でね」
「ええ、ぜひ」
「こいつは運んでおくから、君は部屋に戻って休むといい。・・・・・まったく、いつまでたっても部下がいないとダメな人だな、お前は」
グランド王城2階 ハミルの部屋
部屋に戻り、そのままベッドに飛び込む。
「・・・・・疲れた」
ここまで歩いてきた疲れもあるのだが、知らない人と一日に何回もやり取りをするのがここまで大変だとは思わなかった。国王様は、酒が入っていなければいい人なのだと信じたい。
「みんな、どこでなにやってるんだろうなぁ・・・・・」
窓から見える月を見て、ふと村のことを思い出した。でも、なぜだろう。不思議と悲しい気持ちにはならなかった。
「みんながどこに消えようと、僕は絶対に探してみせる。だから、今はここで出来ることをするよ」
僕にできた、新しい目的。友達を、フィーナを支えること。フィーナの泣き顔は、見ていて辛かった。本当に、寂しかったのだろう。誰も、自分と同じ場所にいてくれないことが。
フィーナを助けてやりたい。二度と悲しい思いをさせないように。
「いや、違うか。僕が、フィーナの近くにいたい。それだけなんだろうなぁ」
僕はフィーナに惹かれている。未知の世界を僕に見せてくれる彼女に。
「寝るかな・・・・・」
明日から仕事だ。いったい何をやらされることやら。
ネロ=グランド(41)
グランド王国を統べる現国王。そのカリスマ性は本物で、若かりし頃から戦場を駆け回り数々の功績を残してきた。その中で現王妃カタリナ=グランドと出会い、娘であるフィーナ=グランドを授かる。
根は良い人なので国民の支持も高いのだが、誰もが認める親バカである。