消えない縁
フィーナに連れてこられた場所、そこは地下だった。ずいぶん長い階段を下りたから、それなりに深い場所にいるのだろう。
長い階段の先には、頑丈そうな扉があった。そこには、鍵穴どころかドアノブもない。
「開け」
そう、フィーナがった直後だった。扉に魔法陣が浮かび、すぐに扉が開いた。
「今のって、魔法錠?でも、杖なしでどうやって・・・・・」
「その話も、これからしてあげる」
扉の奥には、巨大な書庫が広がっていた。いくつもの本棚が並び、そこにびっしりと本が詰められている。天井にはランプが吊るされており、地下でありながら明るかった。
「ここがさっき言った書庫よ。グランド国内で書かれた本の大半がここにはあるわ。地下だから静かだし、そもそもここへ来る人が全然いないから落ち着いて本を読める」
確かに、ここはとても静かだ。今だって、足音とフィーナの声以外、まったく聞こえないほどだ。
「そしてあの扉は、外側と内側の音を完全に遮断する。あの壁の前で叫んだところで、向こう側には聞こえない。つまり・・・・・密談にはもってこいの場所ってことよ」
「密談?」
「ええ、そうよ。これからする話は誰かに聞かれてはまずい話なの。少なくとも、今はね」
聞かれたらまずい話?もしかして、さっき言おうとした僕の“欠陥”についてか?
「あなたに確認したいことがあるのだけど、フェアじゃないから先に私の秘密を明かすわね。私のこの右目を見てどう思った?」
「どうって・・・・・。綺麗な赤い眼だなって思ったけど」
「そう、ありがと。でもね、これ生まれつき持っている目じゃないのよ」
生まれつき持っている目じゃない?つまり、彼女の右目は義眼ってことなのか。
「以前戦場に出た話はしたわよね。そのとき、敵兵に目をやられたのよ。剣先が少し当たっただけだったんだけど、それだけで右目の視力を持っていかれたわ」
「・・・・・」
「命かながら逃げ延びた私だったのだけど、しばらく片目の生活を強いられてね。違和感はすごいし、何より代わりに入れた見せかけの義眼はとても気分が悪かった」
・・・・・大変だったんだな、フィーナも。僕と同い年なのに、殺し合いの場に出て、そこで自分の体の一部を失って。
「片目での生活から一月経って、その生活に嫌気がさした私は、義眼を作り変えることに決めたの。見せかけの偽物の目じゃなく、本物の私の“眼”にね。私はもともと、他人より生まれ持った魔力が多かった。だから、それを生かせるよう魔法を学び、常に杖を持ち歩いていた。まさに、体の一部と言っても過言ではないほどにね」
生まれ持った魔力が多い。つまりフィーナは魔導士寄りの人間ってことか。
「そこで私は思いついた。私の体の一部ともいえる杖。それなら、生まれ持った目の代わりにもなるんじゃないか、ってね」
「・・・・・まさか」
「わかったかしら?私はね、杖に埋め込まれた魔石を分解して新しい義眼を作った。杖としての役割を果たし、私の魔力を流し込んだ、まさに新しい私の体の一部をね。それが、この赤い右目よ」
眼が、杖の役割を果たすだって?それってつまり・・・・・。
「この眼があれば、私は杖を持たずして魔法を発動することができる。しかも、杖よりも魔法の発動速度ははるかに速いわ。だから、この通り」
フィーナが右手を前に出した。その瞬間、その手の上に火の玉が出現した。
「すごい・・・・・」
「まあ、私の秘密なんてこんなところね。それじゃあ、今度はあなたの秘密を聞かせてもらいたいのだけど、聞いていいかしら」
たぶん、隠しても無駄だろう。確信はないが、このことはもう彼女にばれている。
「いいよ、何でも聞いてくれ」
「それじゃあ、遠慮なく。ハミル、あなた魔法が使えないのよね」
やっぱり、ばれてたか。
「なんで、そう思うんだ?」
「視えるからよ。あなたに、一切の魔力が流れていないのが」
「視える?そんなことあるのか?この世界に魔力は存在するけど、それを目視することは不可能だって聞いたぞ」
「普通は、ね。でも私のこの義眼。まあ、世間では“魔眼”だなんて呼ばれているけど。これは大半が魔力で形成されている。だからでしょうね。私には、この世界に流れる魔力の流れが視えるのよ」
なるほど、そういうことか。さっきセドさんが扉の向こう側にいることに彼女が気づいたのは、文字通り“視えた”からなのだろう。つまり、壁一枚程度なら、彼女にとって何の障害にもならないということ。
「ねえ、それは生まれつきなの?この世界のすべての人間は魔力を持っているから、人間の生命活動には魔力が必要というのが一般常識。身の内に内蔵した魔力を使い切ったものは死ぬし、死んだ人間の魔力は霧散して自然に溶け込む。昔から言われていることだし、私もこの眼で見たことがあるから間違いないわ」
「でも、僕は見ての通り生きている。だから、この体を調べたい。そういうことだね?」
「察しがよくて助かるわ。さっき言った学説が正しいなら、あなたは死んでいることになる。最初は、森で倒れていたあなたを見て死体だと思ったのよ。でも、脈はあるし呼吸もしていた。そんな人間を見つけちゃったら、あの手この手を尽くして調べたいと思うのは当然でしょ?」
当然、なのだろうか・・・・・。でも、分からなくはない。村でも、僕が魔法を使えないと分かったときは驚かれたものだ。医者に診てもらったり、初歩の魔法を片っ端から試させられたり。
「できれば、知られたくなかったんだけどね。魔法が使えない人間なんて、僕のほかにはいないだろうから。他の人よりできることも少ないし。叶わない夢だとはわかっているんだけど、一度は魔法を使ってみたいものだよ」
「へぇ・・・・・」
フィーナが、不敵な笑みを浮かべた。何故だろう、今のフィーナの表情には、様々な感情が感じられる。それは好奇心ともとれるし、獲物を捕らえたと確信した時の狡猾さのようにも感じる。
「その願い、私なら叶えられるかもしれないわ」
「どういうことだ?僕は魔力をまったく持っていないんだぞ?魔法を使うなんて不可能じゃないか?」
「ええ、あなただけならね。でも、私がいれば話は別。私の研究は、まさにあなたのためにあるような研究なのだもの」
僕のためにあるような・・・・・?いったい、彼女は何を研究しているんだ?
「あなたの願いを叶えるためにも、ぜひ私専属の補佐官になってほしい。常に私の傍で、研究に力を貸してほしい。だから、あなたには私が計画しているすべてを話す」
「フィーナが計画しているすべて?それっていったい・・・・」
「私わね、一日でも早く戦場に出たい。一滴でも、国民が流す血の量を減らしたい。でも、お父様は私を戦場に出させてはくれないの。姫だからという理由だけでね。私だって、グランドの一員。戦う権利はあるはずなのに」
「でも、それは仕方ないんじゃないか?一度は、戦場で片目を失って娘が帰ってきたんだ。国王がどんな人かは知らないけど、そんな経験をした娘を戦場に送りたくないと思うのはおかしくないと思うけど」
「私は、そんなの望んでいないわ。でも、このままでは18歳になったところで戦場に出られないのは目に見えてる。だから私は、新しい部隊を立ち上げたいの」
「部隊?」
そういえばさっきセドさんも言っていたな。部隊に配属されたら、って。
「部隊っていうのはね、この国を成り立たせるためにそれぞれ役割分担された、軍人の集団のことよ。今この国には三つの部隊があるの。まず、さっきのセドが率いている、国政を担当する部隊“ノーレッジ”。魔導士で構成され、国民の援助と戦争の後衛を引き受ける、魔導士アイ=マギアの率いる“マギ”。そして、国境で戦うこの国の矛であり盾。この国最強の戦士アズマ=ロンドが率いる部隊“ブレイカー”。この国の軍人は、このどれかに属しているわ」
「えっと、つまりフィーナは“マギ”に属する軍人ってこと?」
「いいえ、私はどの軍にも属していない。・・・・・属すわけにはいかないのよ」
属すわけにはいかない?それは、さっき言っていた計画というのに関係しているのだろうか。
「聞いて、ハミル。私は、あなたの協力がほしい。あなたでなければいけないの」
「どういうことだ・・・?」
「あなた、さっき聞いたでしょ?私の専属補佐官を過去に雇わなかったのかって」
「ああ、うん」
「雇わなかったわけではないの。お父様が、私の付き人を用意してくれた。でもね、みんなあくまで仕事で雇われたにすぎない。どれだけ完璧に身の回りのことをこなしてくれても、それは従者としてだった。私が姫だから、みんな私を敬ってくれた。それが、嫌だったの。私と彼らに差なんてない。でも、みんな私が姫だと知っているから、馴れ馴れしく話してなんてくれないし、そんな人たちに私は本心を明かせない。私は、気を許して話せる、友達がほしかったのに。だから、彼らには悪いけど全員クビにした」
「そう、だったんだ。辛いこと聞いて、悪かった」
「気にしないで。だって、ようやく見つけたんですもの。私が、全てを明かせる人が。嘘偽りなく、私と接してくれる人が」
「えっ・・・・・?」
「あなたが目を覚まして、私のことを聞いて。特に驚かなかったのを聞いて、もしかしたらって思った。フィーナという名前を聞けば、この国の人はおろか、敵国のスパイだろうと驚くものを。あなたは、まったく反応を示さなかった。初めて見つけたのよ。私のことを知らない人を」
「ああ、えっと・・・・・無知ですまん」
「いいのよ、私が求めていたのは、その無知だったのだもの。私のことを、知らない一人の人間として接してくれる人。ゼロから関係を築いてくれる人。私と・・・・・・・友達になってくれるかもしれない人」
「友達・・・・・」
「お願いよ、ハミル。私と、友達になってちょうだい。従者としての敬意じゃない。友達としての信頼を、あなたとは築きたいの」
友達・・・・・。僕には、村の友達が何人もいた。でも、彼女は僕より多くの人と接しながらも、真に心を許せる人がいなかった。それって、とてつもなく辛いことだと思う。きっとフィーナは、周りと同じであることを望んでいたんだ。でも、姫という立場がそれを許さなかった。
「嫌、かしら。・・・・・そうよね、人の欠点を見透かして、興味本位でそれを調べたいなんて言ってる女、嫌に決まってるわよね」
「・・・・・違うだろ」
「え?」
違う。だって彼女は言ったじゃないか。
「私ならその夢を叶えられるかもしれない。そんなことを言ってくれたのは、フィーナ、君が初めてだ」
村のみんなは、魔法を使えない僕を、それでも受け入れてくれた。でも、フィーナはさらにその先の希望を提案してくれた。
「君は見ず知らずの僕を助け、その上僕の欠点を見抜き克服の手伝いをすると言ってくれた。そんな人、村にもいなかったよ。君は、優しい人だ」
フィーナは僕を、初めて見つけた、友達になれるかもしれない人だという。そして、僕は今、フィーナという一人の人間に惹かれている。だったら・・・・・。
「断る理由なんてない。友達になるくらいでいいなら、喜んでなるよ」
「いいの?ホントに?」
「ああ、僕自身、君には驚かされることばかりだ。そんな君のことを、もっと知りたい」
「・・・・・」
返事がない。何か、まずいことでも言っただろうか。よくよく考えると、結構恥ずかしいことを言った気がする。気まずくて、彼女から視線を外してしまっていたが、返事がないのが怖いので視線を彼女の方に向ける。そこには、予想だにしないフィーナの姿があった。
泣いていたのだ。服の袖で隠しているつもりなのだろうが、僕の方が背が高いのでバレバレである。
「その、同じこと聞くようで悪いけど。ダメ、かな」
「・・・・・ダメなわけない。その、しつこいけど、本当にいいの?あなたには迷惑をかけてしまうだろうし、嫌な思いをさせてしまうかもしれない」
「迷惑かけてこその友達だろ?それでも信頼しあえるのが、友達なんじゃないのか?」
「・・・・・うん」
するとフィーナは、そのまま僕の方に倒れ、体を預けてきた。
「・・・・・泣き顔見られたくないから、しばらくこうしていて。私の計画は、あとですべて話すから」
「わかった」
今はこのまま、フィーナが落ち着くのを待つことにした。僕も、嬉しかったのだ。こんな僕を、必要としてくれる人が現れたことが。
生まれながらに力を持ちながら、対等を望む彼女。力を持たずして生まれ、何も知らない僕。僕らは、互いにないものをそれぞれが持っている。僕らは、出会う運命だったのかもしれない。相変わらず確信はないけど、彼女には奇妙な縁を感じていた。
フィーナ=グランド(17)
グランド王国国王の娘。生まれながら大量の魔力を身の内に秘め、知恵を付けた彼女はその才を覚醒させた。妖艶に光るその赤い眼は魔力を宿した特殊な義眼。魔法を効率的に発動することに特化したその目は、世界に流れる魔力の流れを見ることができる。これにより、無機物を透過し、その先にいる生命体を見ることもできる。