内心
首都グランド 大門
「・・・・・・でけぇ」
遠くから見てもでかいと感じていたが、いざ目の前にするとその迫力は凄まじいものだった。開いたままになっているが、閉まっていたら人の力で開くのは不可能だろう。
「門番がいるけど、普通に通って平気なのか?」
「ああ、うん。本来なら身分を証明するものを提示しないといけないんだけど、たぶん平気」
「・・・・・・?」
身分を証明するものが必要なら、僕は通ることが出来ないではないか。そう思っていたのだが。門番は突然胸部に手を当て、背筋を正しこちらを見た。
「フィーナ様!無事のご帰還、何よりであります。そちらの方は?」
「・・・・・・客人よ。通していいわ」
「はっ!」
「ほらね、平気だったでしょ。ついてきなさい。ほら、早く」
「あ、ああ」
あまりに一瞬の出来事だったので呆気に取られている僕をフィーナが呼ぶ。
なんだ、今の門番の態度は。フィーナは自分のことを偉くないというが、本当にそうなのか?外の世界の階級制度には詳しくないが、ひょっとしてフィーナはこのグランド王国で限りなく上層の人間なのではないのだろうか。
しかし、その疑問を解決する手立てがない。本人が語ってくれない以上、今はついていくしかない。・・・・・外の世界に疎い僕でも、この後彼女がどこに向かうのかは察しが付くが。
「これが街か。すごい、いろんな食べ物、装飾品、武器、施設。村にはなかったものばかりだ」
「この活気ある街が、グランドの宝。平和の象徴よ。この平和を保つために、兵は前線で戦っているわ」
確かに、この街は平和そのものだ。僕の思い描いていた、戦争をしている国とはまるで違う。
「でも、その代償として死んでいく兵士は、決して少なくない。だから、早く私も戦いたい」
街を見るフィーナの表情は、笑顔から決意ある表情へと変わっていった。
「・・・・・・ああ、やっぱり」
「まあ、門でのあれを見ればわかるわよね・・・・・」
僕たちは今、城の前にいる。予想はしていたが、やはりフィーナは偉いのだろう。どのくらい偉いのかはわからないけど。でも、あそこまで隠そうとするのは本人がそのことを嫌がっているからだろうか。
「ハミル、城に入る前に一つ聞いていいかしら」
「なに?」
「私は、あなたの予想しているような立場の人間よ。隠そうとしてごめんなさい。それを知った上で、あなたは私と、これまで通り接してくれるかしら?」
「え?それってどういう・・・・・」
「・・・・・・あなたは、みんなと違うことを願うわ。だってあなたは・・・・・」
何かを言おうとしているフィーナ。しかし、その続きが彼女の口から発せられる前に、こちらに声をかけてくる男がいた。
「姫様、おかえりなさい。ネロも、あなたの帰還を待ちわびていましたよ」
「ああ、はいはい。お父様のところへは、あとで報告に行くわ。それよりセド、客人よ。彼に部屋を用意して。大至急よ」
「はあ、姫様がそこまで言うならすぐに用意させますが。一応、事情を聞かせてもらってもいいですか。
この国の宰相として、全てを把握しなければならないので」
「じゃあ、彼に直接聞いてちょうだい。私はお父様に報告へ行ってくるわ」
・・・・・話に入っていけない。話の流れからして、僕はこの男に事情を説明しなければいけないようだが。
この男、セドと呼ばれていたな。年齢は、父さんくらいだろうか。40歳前後だろう。黒縁の眼鏡をかけていて、黒を基調とした装束に身を包んでいる。高貴というよりは偉いといった感じだ。
「ハミルごめんね。ちょっとこの政治馬鹿に説明してあげて」
「ちょっ、姫様!?」
「事実でしょ。私を戦場に出さないためか知らないけど、政治ばっかり教えようとするんだから。今回のリバーサ派遣だって、あなたが行けばよかったじゃない」
「文句ならネロに直接言ってください。それで、そちらの君は、えっと」
「あ、ハミル、です。よろしくお願いします」
「よろしく、ハミル君。この国の政務を総括してる、セド=サフランです。立ち話もなんだ、ひとまず中に入ろうか」
城の中は、まるで別世界のような空間だった。豪華な照明、長い廊下、歴代のグランド国王のものらしい肖像画。
僕が通されたのは、入ってすぐの場所にある応接間という部屋だった。そこで僕は、これまでの事情をセドさんに説明した。
「そうか、それは大変だったね。それにしても、ユリア村が全焼、か。ネロに報告しなきゃな」
「セドさんは、知ってるんですか。僕らの村のこと。外の世界からは村に入れないようにしているって、前に村長から聞いたんですけど」
「だって、そうするように彼らに提案したのは僕たちだからね。あの村も、昔はグランド王国内の村として交易があったんだ。だが、土地が悪かった。空から攻めるというやり方が戦争の主流になってから、国境線付近にあり、かつすぐには軍が向かえない場所にあるユリア村は標的にされる可能性が高かった。だから、うちの魔導士と彼らとで森の外からユリア村が見えないよう幻影魔法を展開したんだよ」
そうだったのか。つまり、フィーナが迷わずあの森で僕を発見できたのは・・・・・
「その魔法って、術者が死ぬまで続くってやつですか?」
「いや、当時は姫様みたいな突飛な発想ができる魔導士はいなくてね。あの村の村長を中心にそうなるようにしたんだ。だから、村長があの村を離れれば魔法は意味をなさない」
村長が死んだとは限らないってことか。よかった。
「さて、ハミル君。君の話に移ろうか。こちらとしては、避難民の受け入れという形で、君の生活を保障する。仕事も与えよう。おそらく、街にあるどこかの店の手伝いとかになると思うけど」
「え、そうなんですか?フィーナは、兵士とかの軍職を与えるって言ってましたけど」
「姫がそんなことを?・・・・・ハミル君、何か姫様に言われなかったかい?手伝ってほしいことがあるとか、協力してほしいことがあるとか」
「僕のことを調べたいって言ってましたよ」
「・・・・・それか」
セドさんが、やれやれといった表情をしている。何か、まずいことでもあるのだろうか。
「そういうことなら、たぶん君の仕事はしばらくこの城でしかできないことになる。というか、姫様がそうさせるだろう。君も大変だね、ハミル君」
この城でしかできないことって、どういうことなのだろう。ここを離れてはいけない理由でもあるのだろうか。
「君の仕事については、決まり次第追って連絡する。今日は、ここに部屋を用意させるからそこでゆっくり休むといい。ユリア村の村民についても、何かわかったらすぐに君に伝えるよ」
「ありがとうございます。早く皆さんの役に立てるよう努めますので・・・」
「そう畏まらなくていいよ。君とは、長い付き合いになりそうだからね。部屋の支度が出来たら使いを寄越すから、ここで待ってて」
そう言い、セドさんは部屋を出ていった。
・・・・・そういえば、宿屋で目覚めてから久しぶりの一人だな。いろいろありすぎて、ゆっくり考える時間もなかったな。
僕はこれからどうなるのだろう。セドさんの話を聞く限り、ここで働くことになるのだろう。でも、ここで働くって何すればいいんだ。というか、ここで働いていたら、外の世界を回ってみんなを探す目的が果たせないのだが。
いや、それよりも今考えなければいけないのは、フィーナの調べごとについてだ。乱暴な真似はしないだろうが、今朝のことがある手前あまり信用できない。
「でもまぁ、拒みようもないか」
今は流れに身を任せよう。そう思い、のんびり待つことにした。
「ハミル、部屋の準備出来たらしいわよ」
そういって部屋に入ってきたのはフィーナだった。そのまま、用意された部屋とやらに向かう。
「今、お父様と話してきたわ。あなたのこと、ちゃんと保護してくれるって。後で話がしたいって言ってたわよ」
「フィーナのお父さんって、つまり国王様なんだよな。大丈夫なのかな、僕なんかが話して」
「この国の姫を呼び捨てで呼んでるくらいだし、大丈夫でしょ」
「呼び捨てにしろって言ったのはフィーナだろ」
どうやら部屋は二階の奥にあるらしい。・・・・・それにしても広いな。村長の家何個分だよ。
「ここよ」
「・・・・・マジで?」
てっきり、物置みたいな部屋に即席の家具を用意した程度の部屋が用意されると持っていた。しかし、その部屋は予想に反していた。目を引くのは大きなベッド、家具はどれも立派な造りで、本棚には様々な本が置かれている。
「あなたは外の世界について知らないことが多いようだから、書庫にある本を少し用意させたわ。足りなかったら、地下に書庫があるからそこへ行けばいいわ」
「この部屋、僕が使っていいのか?どう考えても分不相応だと思うんだけど」
「気にしなくていいのよ。あなたは私の客人なのだから。私の客人を無下にできる奴なんて、この城にはいないから安心しなさい」
確かに、この街はおろか遠い村の住民もフィーナに敬意を払っていた。それだけ、彼女は国民の信用を得ているということなのだろう。
「そうそう、あなたの仕事なんだけどね。当初の予定とちょっと違う方向になりそうなの。ごめんね」
「違う方向って、いったいどんな?」
「私の専属補佐官」
「え・・・・・」
聞いてた話と違う。詐欺っていうんじゃないのかこれ。
「この城の使用人とか、いろいろ進言してみたんだけど人手は足りているみたいでね。あなたの目的を聞いている以上、街で働かせるわけにもいかないじゃない?だから、私のもとで引き取ることにしたの。これでも忙しいのよ、私」
「えっと、つまり僕は何をすればいいんだ?」
「端的に言うなら、そうな。常に私の傍にいなさい。城で仕事をしている時も、国内の視察へ行くときも。ついでに、魔法の研究をするときもね。そして、私の手助けをしなさい」
「・・・・・それだけ?」
「言っておくけど、楽じゃないわよ。あなたには、いろいろ学んでもらうことも多いからね」
外の世界のことを学べるのはありがたい。だが彼女の専属補佐官って・・・・・。
「ひとつ聞いていいか?」
「何かしら。仕事の内容なら明日説明するけど」
「いや、そうじゃない。さっき城の人手は足りていると言ったよな?」
「言ったわね」
「じゃあ、なんで今まで専属補佐官を雇わなかったんだ?」
「・・・・・・それも、今度教えてあげるわ」
話せない理由でもあるのか。でも、それっていったい・・・・。
「それより、用があるなら入ってきたらどうかしら?」
「え?」
フィーナは突然、扉のほうに向けてそう言った。え、誰かいるのか?全然気配しないけど。
「一枚の壁ごときで、私から隠れられるとでも思っているの?私の会話を盗み聞きしたいなら、城の外からやることね」
フィーナのその言葉がとどめとなったのか、扉は開いた。そこにいたのは・・・・・
「やれやれ、あなたの“眼”を誤魔化すにはそこまでしなければいけませんか。でもまぁ、盗み聞きがしたかったわけではないんですよ。一つ聞き忘れたことがありましてね」
特に悪びれた風もなくセドさんは入ってきた。一切気配を感じなかったんだが、この人何者だ?僕だって壁一枚くらいなら、誰かいれば気付けるはずなんだが。
「聞き忘れたこと?いったい何かしら」
「姫様ではなく、ハミル君にですよ。ハミル君、君はどのくらい戦えるんだい?姫様の補佐官なら国内各地をまわることになるだろうし、いずれ部隊に配属されることもあるだろうからね」
「戦闘、ですか。森で狩りをしていたので運動神経には自信がありますが、対人の訓練はしてないのでわかりませんね。あと、他にも問題があっ・・・んぐっ⁉」
いきなり、フィーナが後ろから口を塞いできた。そして小声で囁いてきた。
「今その話はしないで」
「えっ?」
どういうことだ。僕の問題を他に公言したらまずいのか?そもそも、僕はこの話を彼女にしていないはずだ。やはり、彼女はどういうわけか僕の“欠陥”を知っているらしい。
「ハミル君?問題って何だい?」
「え、ああ、その・・・・・」
やばい、代わりのいいわけが思いつかない。セドさんもなんか僕から聞き出すつもりみたいだし、下手なこと言っても意味ないだろうし・・・・・。表情を変えないよう努力しながら悩んでいた、その時だった。
「セド、それ以上の詮索はやめなさい。彼はもう、私の部下なの。ハミルだって、聞かれたくないことの一つや二つはあるわ」
「しかし、私はこの国のすべてを把握しなければなりません。戦えないものを戦場に出すことも、知識のないものに国政を委ねることも。すべてのグランド国民が適所に就けるよう長所と短所を記憶する義務が私にはある」
「それは知ってる。あなたが誰よりもこの国のことを知ってるということは、誰もが認めているわ。でもね、彼は私の専属補佐官。大切なのは戦えるかどうかでも、知識があるかどうかでもない。そうでしょう?」
「・・・・・」
「セド、あなたに命じるわ。詮索をやめ、今は立ち去りなさい。後日、彼と話す機会はいくらでも設けましょう。だから、今は去りなさい」
「・・・・・わかりました。さすがの私も、あなたに逆らうわけにはいきませんからね」
そういって、セドさんは僕らに背を向け扉に手をかけた。しかし扉を開いたタイミングでこちらを振り返り、口を開いた。
「そうそう、ネロがハミル君と話したいと言っていました。今夜の食事の時にでもと言っていたので、覚えておいてください。なお、姫様の同席は認めないそうです」
「急な上に勝手な話ね。まあいいわ。お父様とはさっき話したし」
扉を閉め、セドさんは去っていった。・・・・あれ、今なんかとんでもないこと言ってなかったか?
「そういうわけだから、お父様との食事、楽しんできてね」
「ちょっと待て。フィーナのお父さんってことは、つまり・・・・・」
「うん、この国の国王よ」
やっぱりか・・・・・。大丈夫なのか、そんな席に僕なんかが行って。
「心配しなくても大丈夫よ、悪い人じゃないから。それより、夜になる前に話があるの。休みたいでしょうけど、ついてきてちょうだい」
セド=サフラン(39)
グランド王国宰相にして、国王ネロ=グランドの右腕。ネロ王とは最も付き合いが長く、その信頼も厚い。トーラという暗殺部隊の出身だが、少年時代にヘル側の国境の村でネロに連れ出されグランドの兵士となった。近年は政務に専念しているが、大きな戦いの際は必ず戦場に出る。