まだ見ぬ世界
僕の名はハミル=レイ。17歳。つい数日前、住んでいた村を失い、共に生きてきた家族や友達を失い、絶望のどん底に突き落とされていた。・・・・・のだが。
「それじゃあ、今から麻酔打つから動かないでね。あなたの寝ている間に全部終わらせるから、安心して眠っていなさい♡」
不敵な笑みをこぼし、その赤い眼を妖しく光らせるやばい女に捕まっている。・・・・・どうしてこうなった。
遡ること二日前
フィーナさんに食事を奢ってもらった、その翌日。どこから連れてきたのか、フィーナさんが用意した馬で僕たちはフィーナさんの住む街に向かっている。
ちなみに、軍人については昨夜説明してもらった。確かに、僕はある程度森で戦えていた。それは、あくまで“森の中”での話なのだが。
「なあ、フィーナさんの実家ってどこにあるんだ?」
「それはお楽しみよ。あと、さん付けしなくていいから」
「いやいや、ここまで世話になった人を呼び捨てするわけには・・・・・」
「いいのよ、気にしなくて。それより、昨日の話は考えてくれたかしら?」
昨日の話というのは、体を調べさせてくれというやつだろう。はっきり言えば、嫌である。恩人とはいえ、怪しすぎる。まあ、僕の体を調べたいという理由に心当たりはあるのだが、もし僕の予想が正しければ彼女がそれに気づいたことも不信感を募らせる。
「別に、解剖しようってわけではないわ。少し、あなたの体に気になることがあるのよ」
「気になることって?」
「確信がないから、今は言えないわ。だからこそ調べたいのよ。あなたが望むなら、住む場所以外にも必要なものをいくらでも用意するわ。だから、お願い」
・・・・・今の発言。昨日の料理人の態度といい、突然馬を用意したことといい。外で生きていくのに金が必要だというのなら、彼女はかなりお金持ちということなのではないか?もしくは、人を使う権力を持っているのか。
「身の危険がないというなら願ってもない提案だ。一応、その時まで考えるつもりだけど、ひとまず了承ということでいいよ」
「そう、助かるわ。街まではまだ一日かかるから、よかったらあなたの話を聞かせてくれないかしら」
「大した話はできないけど、それでもいいなら」
このとき、僕は油断していた。だから、このとき彼女が一瞬笑みをこぼしたのを見逃してしまったのだろう。・・・・・このことを、二日後に後悔することになるのだが。
「さて、今日はここで休みましょうか」
「こんな街道のど真ん中で?獣に襲われないか?」
「ええ、大丈夫よ。ここは無限防壁の中だから」
無限防壁?そういえば、昨日料理人もそんなことを言っていたような気がする。防御魔法の一種なのだろうけど、聞いたことないな。
馬を木に繋ぎ、腰を下ろしたところでフィーナに聞いてみた。
「無限防壁っていうのは、私と一部の魔導士で共同開発した魔法よ。一度発動してしまえば、私が死なない限り消えることのない防壁。ただ、それほど強固なものでないから、この魔法の目的はあくまで時間稼ぎと危険察知。防壁が攻撃されれば私が気付けるから、すぐにとはいかなくても早い対処が可能になる。一度発動すれば魔力を送る必要もないから多くの兵士を前線に派遣できる。この魔法を、グランド領内のほとんどの地域に発動しているの。すごいでしょ」
「グランド領内の・・・・・ほとんどの地域⁉」
冗談だろ?普通の防壁魔法なんて、せいぜい自分の身を覆うくらいだぞ。それを、この広大な国のほとんどに発動しているっていうのか。
「フィーナって、どんでもない魔導士なんじゃ・・・・・」
「そうよ」
「自分で言うの!?」
「ええ、その点については譲れないわ。私は、魔法では誰にも負けない。そうでなければ、私に生きている意味はないの」
「・・・・・そこまでなんだ」
その言葉に嘘はなく、とても強い意志を感じた。いったい、何が彼女にそこまでさせたのだろう。それを聞く気には、今の僕はなれなかった。
翌朝
外で寝たため、昨日に比べ肌寒かった。それでも数日前の疲れからすぐに眠ることが出来た。そのはずなのだが、奇妙なぬくもりと重さを感じ眠りから醒めた。
「ちょっとだけならいいわよね。了承もらったし、いつ調べるかなんて言ってないし」
妙に恍惚な表情を浮かべながら、僕にまたがり何かしようとしているフィーナがそこにはいた。・・・・・・まったく。
「何してるの?」
「ひゃぁ!?起きてたの!?」
「今起きた」
その表情は一瞬で驚いたものに変わり、僕の上から退いた。どう考えても、例の調べごとというのを今やろうとしていた。確かにいつやるとは言っていなかったが、今やるか普通。
「その調べごとって、そんなに急ぎなのか」
「ああ、うん。早ければ早いほど嬉しいかな」
「ふーん」
本当に、何が目的なのだろう。僕の体を調べたって、たぶん何もないだろう。・・・・・いや、彼女が求めているのはその“何もない”ことなのだろうけど。
再び、馬を走らせる。彼女の話では昼過ぎくらいには到着できるらしい。
「フィーナって、魔法の研究をしてるのか?」
「どちらかというと研究は趣味ね。今回のように、国中を回っているほうが多いわ。・・・・・出来ることなら、最前線で兵士の代わりに戦いたいのだけどね」
「あのさ、戦争ってどんなものなんだ?まだイメージできなくて」
「・・・・・一度だけ、戦場に出たことがある。運悪く防衛線を突破されて、戦えるものが全然いなかったから私が出たの。・・・・・あれは、地獄よ。目の前で人が死ぬあの恐怖。同じ人間が向けてくる敵意。あんなもの、二度と見たくない」
「・・・・・」
「だから、戦場を支配できるほどの絶対的な力がほしい。一日でも早くこの戦争を終わらせる力がほしい。私なら、きっとできる」
フィーナの目が、少し恐ろしかった。綺麗だと思っていた赤い眼は、まるで血の色のように見えて。強い意志の正体が、なんとなくわかったような気がして。わかった上で、僕に言えることなんて何もなかった。僕は、この世界を知らなすぎる。
「この坂を上れば丘の上に出る。そうすれば、いよいよ街が見えるわ。心の準備はいい?」
「あ、ああ。大丈夫」
少しずつ、地平線から何かが見えてきて。太陽の光とともに、その光景は僕の目に飛び込んできた。
「・・・・・・・・・すごい」
大きな門と、そこから街を囲む外壁。その中には村とは比べ物にならない数の家。中央にはとても大きな広場がある。さらに奥、街の中で最も大きな建物。確か、城っていうんだっけ。初めて見た。
「どうかしら?あれが、私の住む街にして、このグランド王国の中心都市。首都グランドよ」
「・・・・・すごい、すごいよ。こんなの見たことない」
「驚いているようね。隠していた甲斐があったわ」
「人があんなにいるなんてっ!街も活気にあふれていて、見たことない造りの家もいっぱいある。これが、外の世界か!」
おそらく、今の僕は子供のように目を輝かせていただろう。それほどまでに、衝撃的だったのだ。街の中には、僕の知らないことがたくさんある。
「見てみたい・・・・・。外の世界の人が、いったいどんな生活をしているのか」
「なら、行きましょう。それは、すぐそこにあるわ」
魔法
この世界では、生まれ持った魔力の差はあれど誰もが魔法を使うことが出来る。生まれ持った魔力が多い者たちを、総じて魔導士という。魔法には、魔法の基盤となる魔法式の知識、発動媒介となる杖が必要となる。