運命
「あった。これだな」
目的の花はすぐに見つかった。この時期だけ咲くのだろうか。普段この辺りでは見ない花だ。
「まったく、もっと早く用意しておけよ。用意周到な父さんにしては珍しいな」
文句を言っても仕方ないが、せっかくの年明けなのだ。少しくらい、僕だって楽がしたいものだ。
「母さんの料理、期待させてもらおうかな」
今日だけは、楽しみなことだけを考える。僕も今年で18歳だ。そろそろ、外の世界に出ることを許してもらえるだろうか。
僕は生まれて今まで、この森よりも外に出たことがない。だから、この森の外に何があるのか、見たことがない。大人たちは、森の外には広大な台地が広がっていて、国があって、海という巨大な塩水でできた湖があって、海を渡った先には別の大陸があって・・・・・。そんな、想像もつかないような大きな話を聞かせてくれた。ただ、それをこの目で確認することは許されなかった。外では、国と国が争う戦争が起こっているからだそうだ。
「そんなこと言われても、ピンとこないんだよなぁ」
僕は、本当に何も知らないのだろう。だから、見てみたいのだ。知らない世界を見てみたいのだ。
外の世界の人と、話をしてみたい。以前、一度だけここに迷い込んだ人と話したことがあるが、その人から聞いた話は、まさに未知の世界の話だった。
「帰ったら、父さんに相談してみようかな」
花を摘み、引き返す。この調子なら、夕刻には戻れそうだ。
「・・・・・ん、なんだ?あれは、煙か?」
帰路を歩む途中、村のほうから黒煙が上がった。
祈りの火?いや、いくら何でもこんな遠くからわかるほど大きな煙は立たないはずだ。まさか、火事か?よりによって、こんな日に?
「浮かれすぎだろ、まったく。まあ、守り人は残っているし問題ないだろうが」
村まであと三十分程度かかる。今から走っても、僕の出番なんてないだろう。
「けが人がいないといいけど」
そんなことを考えながら、ここまでと変わらぬ足取りで歩み続ける。
・・・・・これが間違いだった。いや、走ったところで結果は変わらなかったのだろうが。
「・・・・・冗談だろ」
黒煙は消えるどころか、その数と範囲を増していった。それにつれ、僕の足取りは意識せずとも速まった。
全力で走った。最短の道を選ぶため、木々をかき分けながら走る。枝や葉で頬や腕を切ったが、気にしてられない。
「何が、あったんだよ・・・・・」
頼むから、無事でいてくれよ。僕にとっての世界は、あの村とこの森だけなのだから。
「そん・・な・・・・・」
村を見渡せる丘。ここを下ればすぐに村なのだが、僕の足はそこで止まってしまった。
あり得ないと思っていた、でも頭のどこかで恐れていた可能性。
それが、現実となって僕の目の前に現れた。
燃える家々。僕の目に飛び込んできたのは、まさにそんな光景。炎は広がり、間もなく周りの森に移りそうで。
僕はそんな光景を、呆然と見ていることしかできなかった。
「・・・・・そうだ、みんなは⁉」
必死に視線を動かす。誰か、いないのか。
しかし、いくら探せど人はいない。誰も、いないのだ。
「みんな、避難したのか・・・・・?」
黒煙が上がってから、僕がここへ来るまでの間に?この短時間でそんなことが可能なのか?いや、そう願うしかない。燃える村の中には誰も見当たらない。
もし、逃げていないとしたら。
「・・・・・また、神隠しなのか?」
立ち止まるのはやめだ。はっきり、この目で確かめなければ。
熱い。焼けるような感覚と、煙により目の痛み。僅かな視界を頼りに、村の中を駆け回る。
誰か、いないのか。誰か・・・誰か・・・・・
「誰か・・・・・いないのか?」
気づけば村の中心、広場まで来ていた。建物がない分、火の回りは少ない。その中心には、祈りの火が燃え続けていた。
「祈りなんて・・・・・意味ないじゃないか」
何が祈りだ。何が儀式だ。そんなもの、所詮心の拠り所を作る行為に過ぎないのに。平和が、安寧が、祈るだけで保たれるものか。
僕の右手には、摘んできたフィーナの花が握りしめられていた。力いっぱい握っていたために、しおれきった数輪の花。
「儀式では、確かこの花を祈りの火に捧げるんだったな」
心の拠り所を求めずにはいられなかった。受け入れられるわけがなかった。
だって・・・・・
「受け入れられるかよ・・・・・みんなが、いきなりいなくなったなんて・・・・・」
受け入れられない現実から逃避する、心の拠り所。そんな僕のわがままのために、美しいフィーナの花は塵と化した。
「・・・・・探さなきゃ」
あれから二日が経った。森の中を駆け回り、誰かいないか探し回った。
でも、誰も見つからなかった。父さんも、母さんも、村長も、他の守り人も。誰一人として、見つからなかった。
「・・・・・これから、どうしろっていうんだ」
火は燃え広がり、森も半分以上燃えたと思う。僕は今、森の中の湖の畔で寝転がっている。探し回っている間、ろくに食事をとっていなかったため空腹でまともに動けなくなっている。湖の水を飲み、これまで一度も取らなかった休息をとる。
村は燃え尽きた。僕の帰る場所はもうない。仮に村が残っていたとしても、僕だけで生きていくなんて不可能だ。
「もう、どうでもいいや」
考えることも疲れた。このままここで飢え死ぬなら、それが僕の運命なのだろう。
少しだけ、考えることをやめて眠りたい。そう思ってからは早かった。
すぐに、僕の意識は途絶えた。
神隠し
ユリア村では、7年前から人が突如としていなくなる神隠し事件が起きていた。年に一度、消える人数はバラバラだが人がいなくなる謎の現象に村でも手を焼いていた。
ハミルもこの事件に無関係ではない。なぜなら、この事件で初めに消えたのは、彼の妹なのだから。