平和な日常
1997年火の月緋の週
ひと際強い風が、木々を揺らし、肌を打つ。火の月なんて銘打たれていても、所詮は冬。年明けなんて
寒いに決まっている。
ここは大陸の辺境、大きな森の中にひっそりと存在する村、ユリア。こんな辺境でも、年明けくらいは盛り上がる。食事が豪華になったり、特別な装いをしたり。そんな、ちょっとした幸せを満喫する。(まあ、僕は普段着なのだが)
盛り上がる村の中心、別に名前がついているわけでもない広場。そこでは先祖への祈りと今後の村の平和を祈って、一日中火が焚かれている。組まれた木々の中で燃える、とても大きな火。何をするわけでもなく、座り込んでしばらくそれを眺めていた。
始めは少し特別な感じがするのだが、所詮は火。眺めていればまぁ・・・・飽きる。どのくらいそうしていたかはわからないが、飽きを感じてきたあたりで立ち上がる。ちょうどその時、背後から聞きなれた声が聞こえた。
「ハミル、ここにいたのか。ちょっと頼まれごとをしてくれないか?」
ハミル。僕の名前。そして、話しかけてきたこの男が僕の父だ。年のせいか無駄に落ち着いていて、優しい。まあ、怒らせると怖いんだけど。
「何、父さん。今日くらいは、のんびりさせてほしいんだけど」
「取ってきてほしいものがあるだけさ。何も、獣を狩って来いというわけじゃないよ」
「なら、いいけど。それで、何を取ってくればいいの?」
僕の普段の仕事は、この村の守り人。といっても、適度に狩りをしつつ、村に獣が侵入したら撃退するだけなのだけれど。僕のほかにも守り人は何人かいるのだけど、平和なこの村には数人で事足りる役割だ。
「この印が付いた場所に、フィーナという白い花が生息している。中心に赤い花柱があるから、すぐにわかるはずだ」
「ずいぶん森の奥地だね。狩りじゃないっていうから引き受けたの、間違いだったかも」
「そう言わずに頼む。夜の儀式で使うものなんだ。これがないと、始められない」
儀式というのは、村長が祭壇にそのフィーナという花を捧げるだけ。これも平和を祈願するものらしい。恒例となっているため、やらないわけにもいかない。それを分かった上で、僕にこの話を持ってきたのだろう。ずるい父親だ。
「はぁ、わかったよ。どうせ暇だしね。儀式に間に合うように戻ってくるよ」
「すまんな。私が行ければいいのだが、もう歳だからな。今この村でまともに戦えるのは、お前たち守り人くらいだ」
「よく言うよ。僕に剣術を仕込んだのは、どこのどいつだよ」
そんな文句を吐きながら、一度家へ向かう。さすがに、丸腰で森へ行くのは危険だからだ。
帰宅。小さな村だから、端から端へ行くのにもさほど時間はかからない。
「ただいま」
「あら、どうしたのハミル。祭りを楽しんでいるかと思ったら」
「父さんから、面倒なおつかいを引き受けちゃってね。母さんこそ祭り、行かなくていいの?」
「お父さん、一日中仕事で夜しか帰ってこれないでしょ。だから、とびっきりおいしい晩御飯作るのが、私の今日の楽しみよ」
「まったく、仲のよろしいことで。じゃあ、そのとびっきりおいしい晩御飯、僕も楽しみにしてるよ」
そういって、護身用の短剣を手に取る。獣に対してあまり有用ではないのだが、長い剣はどうも慣れないのだ。
「いってらっしゃい。遅くなる前に帰ってくるんだよ」
「儀式に遅れるわけにはいかないからね。なるべく急ぐよ」
家を出て、もう一度盛り上がっている村の様子を見る。笑顔が溢れ、家族や友達とみんな過ごしている。
「・・・・・平和だなぁ」
焚かれている祈りの火も、儀式も、いらないのではないか。そう思うほど、今日もこの村は平和だった。
ハミル=レイ(17)
辺境の小さな村で育った少年。冷静な性格で、他社との意思疎通は得意。しかし、小さな村で育ったため世間知らずな一面が目立つ。
短剣を使う剣術を主とした戦闘を得意とするが、武器を使わない体術も会得している。
生まれながらに、ある欠陥を抱えており、それがコンプレックスになっている。