国境
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「これが、戦場か」
人を斬る感覚。覚悟していたつもりだったが、その生々しい重さが、人を殺しているのだと実感させる。倒れていくヘル兵。その返り血を浴びた僕の右腕は真っ赤に染まっていく。その色は皮肉にも、フィーナの眼と同じ赤。深い深い、深紅。
「それでも、戦うって決めたんだ」
迷っても、止まらない。命を預けた友達のために。振り向かず、ただただ斬り殺す。この異常な戦場で生き抜くには、それしかないのだから。
僕とフィーナは、予定通りエイジ村を訪れていた。国境線に連なる、大きな壁の袂にそびえる村。フィーナは今、無限防壁が正常に機能しているかを確認している。僕はそれを、ただただ眺めるだけ。
「役に立たないな、僕」
まだまだ知恵の足りない僕は、フィーナの役に立てるようなことは未だに出来ていない。短剣をもらったあの日以降、フィーナに付き添うことが多くなったが、ずっと見ているだけ。今もそうだ。
「僕って、何ができるんだろう」
当時村でやっていたことといえば、村の警備と森での狩りのみ。そんな僕が、いったいフィーナに何をしてやれるというのだろうか。
「・・・・・はぁ」
「何しけた面してるのよ。ほら、終わったから行くわよ」
「お疲れ様。その様子じゃ、特に異常は無さそうだね」
「ええ。ここでやることも終わったから、明日には引き上げるわよ」
フィーナはこのように、国境付近の村や町を定期的に訪れて無限防壁の検査をしているらしい。壁をグランドが手にしている以上、それを奪われない限りこの壁に傷をつける者などいない。だから、今まで異常があったことなどないらしいが。例の瞬間移動をする魔導士の話もある。最悪を想定してのことだろう。
「あ、せっかくだし壁を見ていく?たぶん、アズマに会えるわよ」
「アズマって、ブレイカーの隊長だっけか」
「そう。この国最強の化け物、アズマ=ロンド。私も会うのは子供のころ以来だけど」
「この距離なら、そこまで時間もかからないか。僕は行ってみたいな」
「なら、行きましょうか」
「アズマ様なら、一部精鋭を率いて西のヘル駐屯地へ行っておりますよ」
「あら、それは残念。あいつがちゃんと仕事しているのは意外ね」
そう応対したのは、黒い長髪に眼鏡をかけた女性だった。ブレイカーって、戦闘狂の集まりだって聞いていたから少し意外だった。
なんでも、少し西方にヘルが駐屯地を作っているらしく、侵攻の可能性を潰すためにそこへ攻め込んでいるらしい。そのため、今は部隊の新入りがここの警備にあたっているらしい。
「でも、大丈夫なの?ここの守りはずいぶん手薄なようだけど」
「このあたりのヘル兵をアズマ様が根絶して、その結果ヘル軍が西方に集まっているとわかったのです。今ここを攻める戦力は向こうに残っていないでしょう」
「そう、ならいいわ」
結果として、僕たちはブレイカーの兵舎で夜を越すこととなった。残っていたブレイカーの兵は数名程度。みな壁の警備にあたっているため、男性の兵舎には誰もいなかった。
兵舎は壁の中にある。壁が厚い分、内部に空洞を作って基地として扱っているようだ。作った人たちの苦労は計り知れない。
静かな空間で一人になって、改めてここが国境なのだということを思い出した。そう、ここを超えてしまえば、ヘルの領土。可能性だが、そこには村のみんながいる可能性がある。
「・・・・・馬鹿らしい。僕一人で行って何ができる」
希望を追い求めるのと、無謀な行動をするのは全くの別物だ。仮にみんながヘルにいるとして、ヘルに行っても何もできずに捕まるのがオチだ。今は、フィーナと共に行動する。それが、みんなにたどり着く一番の近道だ。
「一人でいると、余計なことばかり考えちまうな。外の風にあたってくるか」
壁は思ったより厚いらしく、その内部には壁の上に上がるための螺旋階段が作られていた。登ってみると思いのほか高く、夜の暗闇も相まって足がすくむほどだった。
「グランドもヘルも、こうしてみれば何も変わらない。広大な大地が広がって、自然があって、その先に村や街があって」
なぜ二国は争うのだろうか。領土を奪うため?敵国の人間を労働力として得るため?ただ一つの、絶対的な大国になるため?
それとも、理由なんて誰も知らない、とか。誰もが、争う理由を持っている。でも、それは私怨で、この戦争が始まった理由なんて、本当は誰も知らないのではないのだろうか。もしそうだとしたら・・・・・。
「・・・・・なんだ、あれ」
正面の遥か遠方、一瞬何かが光ったような・・・・・。気のせいか?
しかし目を凝らすと、同じような光が何度か光っては消える。
「気のせいなんかじゃない。あれは、魔法を使うときに展開する魔法陣!?」
まずい、もしそうだとしたら・・・・・。
「っ!?おいおい、冗談だろ!?」
僕の上方、壁よりも高い位置にいくつもの魔法陣が展開される。そこから、いくつもの火の玉、氷の塊、雷が降り注ぐ。
「あいつら、いったい何を!?いや、今はそれよりも・・・・・」
ギリギリのところで魔法の嵐を駆け抜ける。幸い、壁は横にどこまでも広がっているので逃げる分には苦労しない。
「まさか、こんなに早く訓練の成果を発揮する日が来るとはな」
魔法を放った者たちの目的は偵察部隊の殲滅だったのだろう。それほど広範囲に魔法を撃ってくることはなかった。いや、それならそうで問題だ。やつらはブレイカーの警備が手薄なことを知っているということだ。狭い範囲の攻撃で殲滅できることを知っているということなのだから。
つまり、西の駐屯地は罠。本当は別の場所に軍を移動させていただけで、見せかけの駐屯地にブレイカーをおびき寄せることが狙い。
「今攻め込まれたら、確実に壁を落とされる・・・・・」
下では、襲撃を察知したブレイカーの兵士が馬に乗って駆けだしている。それと同時に、フィーナが階段を登ってきた。
「よかった、無事みたいね。わかっていると思うけど、ここの戦力は微力なもの。このままでは落とされる」
「あ、ああ。でもどうする。西に向かったブレイカーを呼びに行くか?」
「そんな時間はない。私たちも出るわよ!」