特別な日③
翌日
「ハミル、二日後の夜は空けておきなさい」
「二日後?何かあるのか?」
「何もなければ言わないわよ。大事な用があるから、絶対に予定を入れるんじゃないわよ」
「・・・・・わかった」
何の用か、説明する気はないらしい。まあ、夜なんて書庫に籠るか寝るかしかないし問題ないか。
「・・・・・それと、ちょっと見てほしいものがあるのよ」
「見てほしいもの?」
フィーナは、数枚の紙を手渡してきた。そこに書かれているのは、大量の文字と記号。そして魔法陣。
「魔法式、だよな。でも、いったい何の・・・・・」
紙を一通り見て、紙の枚数が五枚だとわかる。しかし、それぞれの魔法式は到底理解不能なもので、何の魔法なのか見当もつかなかった。
「それ、五つの魔法じゃないわ。五枚の魔法式を立体的に考えた、一つの魔法」
「嘘だろ!?これで一つの魔法だって!?」
それは一度に発動するにはあまりに情報量が多すぎる。でも、確かにそう考えれば共通点が見えてくる気がする。・・・・・重力魔法による圧縮・・・・・その中に、空間を維持する別の重力?
「なあ、これはいったい何なんだ?」
「やっぱり、あなたでもわからないわよねぇ・・・・・」
「どういうこと?」
「昨日ここにアイがいたでしょう。あなたが来る前は、その魔法の話をしていたの。まあ、彼女もそれがなにかわからなかったわ。・・・・・実際のところ、私もそれが何なのか確信はないの」
フィーナですら確信がないだって?あの自称とんでもない魔導士のフィーナですらわからない魔法、か。
「私自身、作っている過程で無理を感じたの。制御が出来るかもわからないし、最悪対象者は・・・・・死ぬ」
「もう、教えてくれないか?それは、いったい何をするための魔法なんだ?」
「・・・・・・・・これは」
「物体の瞬間移動を可能にする魔法・・・・・のはずよ」
「でも、これを試すのは危険すぎるから、今は棚の奥に封印するつもりよ。そもそも、致命的な欠陥があるしね」
「そもそも、この魔法って何が危険なんだ?」
「一つは、制御が出来なかった場合、対象者が超圧縮されて消え去ってしまうこと。もう一つは、出口の作り方がわからないこと。これが欠陥ね」
「恐ろしいな・・・・・」
村のみんなが生きている可能性。国王様が言っていた瞬間移動の魔法が一番あり得そうだが、今の話を聞いて少し不安になった。
その魔法が、成功していなかったら・・・・・?その魔法の原理が、今フィーナが言ったもので、同等のリスクのある魔法なのだとしたら・・・・・。
・・・・・いや、考えるのはやめよう。昨日と同じだ。答えの出ない疑問をいつまで考えたって無意味だ。
「あ、そうだ。近々、国境付近の村に視察に行く予定だから、そこの机に置いてある資料に目を通しておいて。まあ、基本的には無限防壁がちゃんと機能しているか確認するだけなのだけど」
資料を手に取って確認してみる。確かに付属する地図を見る限り国境に近い。
「国境付近には、街の門とは比べ物にならない大きな壁がある。大昔はそれで二つの国をわけて平穏を望んだそうだけど、今となっては戦況を傾かせるための基地でしかない。ちなみに、いま国境門を支配しているのは私たちよ」
「逆に言うと、そこを落とされたら一気に攻め込まれる危険性があるのか・・・・・。あれ、じゃあなんでグランドはヘルに侵攻しないんだ?そこを自分たちが持っているなら攻め込むには好機だろ?」
「それができる兵力がうちにはないのよ。ヘルと違って、私たちグランドは強制徴兵を行わない。志願兵のみで軍を構成しているから、どうしても兵力では向こうに負けるわ。でも、一応攻め込む作戦は立てているそうよ」
確かに、主力を注ぎ込んで攻め込み、敵を落とせなかったとなれば、この国を守る戦力がなくなってしまう。だから、勝利を確信できない勝負を無闇にするわけにはいかないわけか。
「まあ、国境が落とされることはないでしょうから安心しなさい。殺しても死なないような男が守っているから」
「それって、前に言ってた“ブレイカー”って部隊の隊長?」
「ええ、そうよ。アズマ=ロンド。少なくともこの国にあの男を殺せる奴なんていないでしょうね。剣を持たせたら人類最強クラスよ。武力国家のストレンジア国王とやりあって、決着がつかなかったらしいわ」
「ストレンジアって、闘技大会で国王決めてるっていう西方の国だよな。そこの国王と互角って、考えただけでやばそうだな」
ストレンジアの資料はほとんどなかったためその程度のことしか知らない。というのも、この大陸は東がグランド、西がヘルという形で分かたれているため、西方のストレンジアへ行くにはアスピレイトとサイバーライトを経由するしかない。魔境さえなければ、遠回りになっても船で行くことは可能なのだが。
「目安は来週、翠の週よ。視察する村、エイジのことを学んでおくこと。いいわね」
「わかった。今日やらなければいけないことは?」
「特にないわね。私はもう一度街に出るから、好きにしていて構わないわ」
「そうなると、セドさんに訓練してもらうしかないわけだが」
昼までまだ時間があるし、頼めば平気だろう。一刻も早く、短剣でも戦えるだけの能力を身につけなければ。そう、この短剣の・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・あれ?」
普段から腰に鞘を固定して、常に携帯しているはずの短剣。それが・・・・・・・ない。鞘だけを残し、短剣が消え去っていた。
「嘘・・・・・だろ・・・・・」
あれは、守り人の就任祝いに村の大工に特別に打ってもらった大切なものなのに。
・・・・・部屋に忘れてきたか?可能性は低いが、それしか考えられない。
「・・・・・まじか」
あった。部屋の机の上に、堂々と短剣は置かれていた。ただ一枚、“ごめんなさい”と書かれた紙とともに。
「誰だ?特注品とはいえ、そこまで高価なものでもないし、盗む価値なんてないはずだけど」
しかも実際短剣は返されている。つまり、盗むことが目的ではなかったのだ。
「まったく、わからないことだらけだな」
返ってきたものを追求する気はない。とりあえず、返ってきたから良しとしよう。
「・・・・・あれ?」
この紙に書かれた文字、どこかで見た気が・・・・・。
グランド王城1階 政務室
「お、来たね。じゃあ始めようか」
いろいろ気になることはあったが、ひとまずは訓練に集中しよう。
「君の戦闘能力は知っているから、実践は控えよう。君は、その短剣での戦い方を学びたいんだったね」
「はい。村にはこんな短い剣を使う人なんていなかったので、自分で戦い方は学びました。だから、一番良い戦い方を知りたいんです」
「一番良い戦い方、か。それは難しいな。こういう武器は、使用者のセンスに大きく左右される。だから、僕にとっての一番が、君にとっての一番とは限らない。たから・・・・・君には何が一番なのか、自分で探してもらう。そのための協力者も用意した」
「えっ・・・・・?」
直後、扉を開けて入ってくる一人の人物。黒い特徴的な大きな帽子、それに揃えるように服装も黒。資料で見た魔導士の典型例のような少女がそこにはいた。歳は僕やフィーナと同じくらいだろうか。僕より年上なのは見てわかるのだが、終始ビクビクしていて威厳がない。
「紹介するよ。この国で唯一、魔導士でありながらマギに属さず、我々ノーレッジに所属する、リアーナ=サフランだ。まあ、僕の妹なんだけどね」
結構歳の離れた兄妹だな。リアーナさんはまだ30歳になってないのではないだろうか。
「こいつ、うちの暗殺集団には珍しい魔導士の生まれでね。一時期はアイに任せていたんだけど、見込みがないって突き放されたんで、うちで働かせてるんだ」
「あの、兄さん・・・・・。私だって頑張っているのですが・・・・・」
「それはわかってるよ。だから今日はお前を呼んだんだ」
「彼の・・・・・訓練ですよね。でも・・・私は剣の訓練なんて出来ない、です」
「剣の訓練だったら、わざわざお前を呼んだりしないよ。お前は、彼にひたすら氷でも打ち続けてくれ」
・・・・・嫌な予感。
「ナイフの精度、それと効率的な使い方が学びたいならこれが一番だ。不規則な魔法攻撃、これをすべて撃ち落としてもらう。できなければ、最悪死ぬよ。やるかい?」
むちゃくちゃな訓練だ。でも、セドさんだってこれをやって様々な武器を身に着けたのだろう。人は窮地に立たされると、本来制限している力を発揮できるというし。
「もちろん、やります。僕はそのために来たんです」
「よし、じゃあ中庭に行くよ。僕は離れてみているから、無事に終わったらアドバイスを上げよう」
「それじゃあ、始めようか。リアーナ、訓練だから、同時撃ちはやめてやってくれ」
「は、はい。気を付けます」
「それでは、始め!」
リアーナさんが魔法陣を展開する。・・・・・氷を打ち落とす、か。少しでもずれれば、うちこぼした氷が体に突き刺さる。まさに、命を賭けた訓練だ。でも、やらないと。
「絶対に成功させ・・・・・えっ、ちょっ!?」
飛んできた氷の数は、僕の予想を裏切った。腕を振る速度、氷の位置を把握する時間。少なくとも、若干思考する猶予はあるものだと思い込んでいた。
しかし、実際はどうだ。氷はほぼ間隔なく、しかも十を超える数を一気に飛ばしてくる。それを見た瞬間、僕の体は本能的に横へ飛んでいた。
氷の突き刺さった壁を見る。石の壁でありながら、そこには確かに傷が残っていた。
「・・・・・あっ・・・ぶねぇ・・・・・」
背筋に冷たい感覚が走る。あと一歩避けるのが遅かったら、僕はどうなっていた・・・・。
「まあ、最初はこんなものか。どうだい、ハミル君。まだ続けるかい?」
「・・・・・やります」
「わかった。リアーナ、次だ」
「は、はい」
再び、氷が飛んでくる。・・・・・一瞬を見極めろ。後半は見えなくても、少なくとも最初に飛んでくる数個の氷は見える。その位置を確認し記憶したら、そこから視線を奥にずらす。さっき確認した前半の氷は、記憶を頼りに本能的に落とせ。今見るべきは、奥にある後半の氷。
確認と同時に、一発目の氷に短剣をぶつける。視線は、そっちに向けずにだ。
「ふっ!・・・っ、はぁ!」
そのまま短剣を、記憶を頼りに振る。しかし3発目を落とした時、再び背筋を冷たい感覚が撫で上げる。4発目を落とし損ねたのだ。
一発ずれれば、そこからブレは広がっていく。先ほど同様、僕は横に飛びのいていた。
「3発か。2回目にしてはよく見えているね」
「あの、これってセドさんは初めから出来たんですか?」
「そんなわけないだろう。僕がこれを出来るようになったのは、ネロと出会った翌年、22の時だからね。しかも、半年くらい訓練したかな。どこぞの魔法馬鹿に負けたくなくてね」
セドさんが半年かけて身に着けた技。それを、今いきなり僕にやらせたわけか。見た目に似合わず、かなりスパルタだなこの人。
「まあ、この技の完成形は魔法の嵐の中を生身で駆け抜けられるレベルだ。君の呑み込みの早さなら、努力次第ではかなり早く身に着けられるかもしれないよ」
「やってみせます。僕は、フィーナに頼らなくても戦えるようになりたい」
「ああ、がんばれ。他人のためとなると、人は急速に成長するからね」
イリーナ=サフラン(27)
セドの妹であり、魔導士でもある。子供のころ奴隷狩りにあいセドと別れて数年を過ごした。その間な過酷な生活を続けるうちに、今のビクビクした性格が染みついてしまった。
ネロと合流したセドに助けられてからは、グランド軍の一員として働いている。まじめな性格なのだが、少々抜けているところがあり、ミスが多いドジっ子だという一面も。