文化祭
花月視点です
神戸さんの餃子、凄く美味しかった!
大満足です。量は本当に多くて、本当に大満足でした。
そう伝えると「良かった」と微笑む。
柔らかく笑うので、私も癒される。
…………言ってみようかな?
でも、神戸さん困るかな? 高校の文化祭なんて、行ってもつまらないよね。
それに、忙しいかもしれない。ん? あれ?
「そういえば、神戸さんって、仕事してるの?」
「え? どうして?」
にこやかに微笑む。
「いや、なんとなく、かな。この時間に、いるから」
「僕の仕事は、えっと、花月ちゃんの学校と、ほとんど同じ時間帯なんだ」
「そうなんだ。じゃあ土日は休み? どんな仕事?」
「……ペットサロンで働いているよ。ドッグビューティーって所。僕はトリマーじゃないけど、たまに働かせてもらっている」
ふわふわとした雰囲気で話してくれるけど、少し困惑の色も見えたから、もしかしたら触れてはいけない内容だったのかな、と不安になった。けど、大丈夫みたい。
でも、どこかで聞いたような気がする。ペットサロンの名前。どこだっけ? ……あ、もしかして!
「そのペットサロンって、私の家の近くにもある気がする」
「そうなの? ここから三駅先なんだけど……」
神戸さんが教えてくれたその場所は、なんと、私の家の直ぐ近くだった! なんていう偶然!
私、記憶力は良い方だと思ってる。でも確か、あのペットサロンは、あまり繁盛していないはず。
その上、オーナーを見た人はいないって噂が流れるくらい、外面が悪かったと思う。なにせ広告も宣伝も一切しないのだ。
大丈夫なのかな、そんな所で働いて……でも、あそこで働いているなら、このビル生活も納得かも。
神戸さん可哀想。転職した方が……。
「私、犬飼ってないから、機会無いけど……今度行ってみたいな。動物好きだから!」
「ああ、良いよ。僕が出勤する日は教えるね。お客さん少ないから、あんまり犬も来ないけど、そうだな……犬三匹連れてくる馴染みの客がいてね。その日に教えてあげようかな」
「犬三匹!」
どんな人だろう? 三匹も飼っている人、近所にはいないから、きっとお金持ちなんだろうな。
ふわふわで高級感溢れる服を来た、犬に違いない。
そう伝えると、神戸さんは困った様に微笑んで「そんな犬じゃないよ。ただのチワワの雄、三匹だから」
「チワワなんですか。それも、みーんな雄?」
「そうだよ。飼い主がね、雄好きで。雌はどうも、無理みたい」
飼い主も雄なのにね。と苦笑していた。
犬を飼うのに性別は関係あるのかな? そういう言い方をされると、まるで飼い主は同性愛者なのだと聞こえる。
そういえば、神戸さんは彼女いるのかな? もし、いるのなら、私めちゃくちゃ迷惑なのでは?
「あの、神戸さん?」
「ん? なあに?」
少しドキドキしながら改めて、声を掛けたら、思いの外満面な笑みで返されてしまった。
先程よりも鼓動が早まる。あれ、そういえば、私は何故ドキドキしてるんだろう?
ただ、彼女いるのか聞くだけなのに……。
「その、彼女さん、とかは? い、いいいらっしゃるのでしょうか」
どうした私? 変な日本語になった。どうして急に敬語? そして噛みまくった。恥ずかしい。顔に血が集まる。
それは神戸さんも感じたのだろう。少し目を見開くと「どうして敬語?」と笑った。
更に動揺する。
「あ、えっと、ええっと、私、邪魔かなと、思いまして。今更ですけども」
そうだよ、今更じゃん。
神戸さんは絶対モテそうだし、彼女いるに決まってる! それなのに、本当に今更だよ。もっとさ、気を使おうよ、私! 神戸さんの優しさと食べ物にテンション上げてる場合じゃない。
いくら友達でも、生物学的に、男女な訳だし、ね。
「ふふ、本当に面白いね、花月ちゃん。大丈夫、僕に彼女なんているわけ無いよ」
本当に嬉しそうに、笑いを堪えているみたいだった。
「え、いないんですか?」
「うん。恥ずかしいけど、僕、モテないんだ」
「はぁ、え、ん?」
モテない? 何を、どんな顔の人間が言った? いやいやいや、モテるだろう。嘘つけ。
そう思っているのが伝わったのか、顔に出ていたのか、神戸さんは「だって」と告げた。
「だって僕、告白されたことないもの。僕からも、したこと無いけどね」
「え、冗談、ですか」
「いや? 本当にモテない。好かれないのかもしれないね。だから、友達は初めてなんだ」
ふわり、と花が咲くかのように健気な微笑みを見せた。
ああ、そんな事言われたら、私、彼女とか気にしてたの馬鹿みたい! 恥じろ、己の醜さを恥じろ、花月。
神戸さんは純粋なんだよ、友達として頑張ろう、私。全力で尽くそう!
「神戸さん! 私たちは一生友達だよ。何かあったら、直ぐに、何でも言ってね!」
「え、う、うん」
それは困るかな? と呟いていた神戸さんの手を取り、硬く握り締めた。
気押されていた神戸さんも、私の熱意が伝わったのか「ありがとう、末永くよろしくね」と笑った。
外が薄暗くなった頃、神戸さんはまた駅まで送ってくれた。
もうすぐ駅に着く。そんなとき。
「今日、学校の授業何だったの? 英語かな? 懐かしいなー」
神戸さんの言葉で、思い出した、文化祭の存在。
「今週末、文化祭なんです。だから、今は勉強無くて」
「文化祭? それも懐かしいなー。何かやるの?」
「うん。お化け屋敷なの」
「お化け屋敷? 怖そうだね」
そう言いながらも、全然怖がっていない横顔を見て、なんだか怖がらせてみたい。
神戸さんに怖いものなんてあるのかな?
身体も細身だし、筋肉もそんなに無さそうにみえるけど、怖がる想像は出来ないかもしれない。いつも笑っているからかな?
「私、脅かす役なんだよ!」
「え? 花月ちゃんがお化けなの? 見てみたいなあ。僕も行こうかな」
「神戸さん来る? いいよ! 案内する!」
「本当? じゃあ、お願いしようかな」
友達が私の学校に来るなんて! 初めてだ。
友達ってどう接するか分からないけど、たぶん案内とかするんだよね?
わぁ、私の方が楽しみだ!
神戸さんが来てくれるなんて!
「じゃあ、また後で連絡するね。気を付けて帰るんだよ?」
「はーい!」
笑顔で手を振ると、私は改札を通った。
家の近くにある、神戸さんが働いていると言っていたペットサロンの前。
ドッグビューティー。
こんな所に勤めているんだなあ、と思って見上げていた。
「…………」
ん? 誰かの視線を感じて探すと、髪の長い人が立ってこちらを見ていた。
ひっ! 声が出そうになるのを堪える。
真っ黒。何かが光ったと思ったら、眼鏡を掛けているらしい。
誰だろう? 身長的には男性だろうか。でも、髪の長さは女性だ。
ただひたすらにこちらを見ている。たぶん。髪で目が見えないが。え、私、何かした?
「あ、あの?」
何か用事があるのかと思い、なんとか声を掛けた。ヤバかったら走って家に逃げよう。ここから直ぐだし。
「……大変だな」
「え? わ、私ですか?」
「……何でもない」
それだけ言うと、素早い動きで建物へ入って行った。
え、ドッグビューティーに入ったけど、まさか、あの人。
噂のオーナーさん?
「…………いやいや、無い、よね?」
でも、あの見た目なら、どんなに経営が悪くても神戸さんを雇い続けるのは納得。
神戸さん愛想良いし。
神戸さんも大変だな。