僕の感情
神戸視点です。
食器を片付けながら、花月ちゃんとの繋りがほしい。そう思った。
何でも良い、約束を結ぼう。そういえば、連絡先も聞いていないな。
適当に理由をつけて、また来てくれるように。
そう思っただけだが、友達になることになった。僕は人生初の友達だが、花月ちゃんも似たようなものだろう。
ずっと気になっていた敬語を「友達になったから」とタメ口にしてもらった。
一生懸命、敬語を使わないように頑張る花月ちゃんが可愛くて「はい、良くできました」頭を撫でれば照れている。
そういえば連絡先も交換しよう、と撫で心地の良い頭から名残惜しくも離す。
そして、スマホを貸してもらった。
こんなに簡単に、しかも出会ったばかりの僕に貸してくれるとは。警戒心がまるで無い。これから先、ちゃんと生きていけるのだろうか? 心配になる。だから、ガキ共に目をつけられてしまうんだよ。
守ってあげよう。そう思った僕は、貸してもらったのを良いことに、僕のスマホに入っている、あるアプリを仕込んだ。
見た目はただの時計アプリ。開けば世界中の現在時刻を知らせてくれるだけ。
鴉さんの知り合いが作った新作で自信作でもある、その本当の機能は……追跡。つまりGPSが搭載されている。それだけではなく、持ち主が気づかないうちに、盗聴、盗撮も出来るのだとか。
本来の目的は、依頼者や殺し屋が、その仲間や部下に仕込み、裏切りが無いかどうかを監視する為の物。
生憎、僕には仲間なんて存在しない為、使い道が無いと放置していたが、こんなところで役に立つとは。
プライベート用の黒いスマホ。
ここから、いつでも、花月ちゃんが気づくこと無く、彼女の行動を確認できる。
何も知らない花月ちゃんは、疑うこと無く確認することも無く、僕からスマホを受けとると、カバンへ戻した。
最近買ったばかりなら、都合が良い。アプリが一つ増えたくらい気にならないだろう。
暗くなったので、駅まで送って行く。
「また来てね!」
笑顔で言うと、花月ちゃんは控えめに笑っている。
きちんと電車に乗ったのを見届ける。
テストも兼ねて、先程からアプリを起動しているがGPSは問題ないなさそう。
スマホの中で花月ちゃんの位置を示す、赤い矢印が動いている。結構精密に出来ているらしい。電車の中での移動も手に取るように分かる。
「さて、と」
盗聴、盗撮のテストについては、花月ちゃんが自宅に着いた頃を見図ろう。
白のスマホをポケットから取り出すと、鴉さんから報酬場所の詳細が送られてきていた。
ガキ共についての情報は既に送っておいたが、どうだろうか。
行く場所などだいたい想像はつく。あの鴉さんの事だ。殺しはしないだろうが、痛い目は見てもらわないと。特に男は可哀想だが、遅かれ早かれこうなっていた。
もう終わった頃だろうか。
報酬を取りに行くついでに、鴉さんへ電話してみた。
「はあーい! 丁度良いトコロよ! 今、終わったの」
「ご苦労様。それで、良い子はいた?」
「いたわ。いたわよ! これからお持ち帰りしちゃおっかな、なーんて! うふふ、あなたも、来る?」
色気のある声を出しても、相手はあの、鴉さん。
「遠慮しておくよ。僕、ゲイじゃないから」
「あら、優しくするのにい……ところで、あなたの方はどうなの? あれ、役に立ったかしら?」
「うん。それと、依頼金は弾むから、もう少し詳細が欲しい。そうだな、これまで過ごしてきた時間、とか。何をして、どう生きてきたのか。調べれないかな?」
「あら、あらあらあら、ら」
ニヤニヤと笑っているのが、電話越しにでも伝わる。
確かに、僕が一人に、それも普通の一般人に執着するのは珍しいが、そんなに笑わなくても……。
「…………何かな」
「珍しいじゃない! それも、うふっ、異性。気になるのね?」
「…………そうだね。まあ、何でも良い。調べてくれ」
「わかったわん! ああ、それと、依頼金はいらないわ。ここでね、凄ーくタイプの子がいたから、出会えたお礼に、タダで動いて、あ、げ、る!」
「そう、ありがとう。じゃ、急がなくてもいいから、調べて、分り次第、僕に連絡してくれ」
「りょーかい!」
電話を切って、報酬受け取り場所であるレンタルショップに入った。
報酬金を貰う途中、そういえば、どこまで帰ったかな、とスマホを覗けば、家まであと少しだった。丁度良い。
アプリを盗聴モードに変えて、イヤホンを耳に挿す。
やはり精密度が良く、恐らくカバンの中にあるにも関わらず、玄関を開ける音まで拾っている。
「私、友達出来たんだー」
嬉しそうな花月ちゃんの声。思わずニヤける。
それとは反対に。
「ふーん、良かったね」
興味の無さそうな、少し低い声。弟か。
「由月」と呼ぶのを聞いて、弟の名前を知る。
由月は直ぐに出て行ってしまった。きっと花月ちゃんしかいないのだろう、静になる。
冷たい弟だ。思春期か? でも、こっちには都合が良い。
後で連絡してみよう。きっと寂しいに違いない。
レンタルショップから出て、駄目にした皿の変わりを求めて適当な店を転々としていた。行く先々で僕が歩く度に、後ろから足音がついて来る。
付いて来る人物に心当たりはあるが、厄介なのに変わりは無い。
ため息をついてから、馴染みの三駅先、花月ちゃんの住む町にある、ペットサロンへ向かった。
「ちょっと、どういう事?」
閉店後の薄暗いペットサロンに着くなり、僕をつけていた人物、東園は詰め寄って来た。
「何が?」
「何が、って……お前、女の子と一緒だったろ、駅で! しかも、女子高生!」
「ああ、やっぱり。僕の住処からずーっと、暇なの、東園?」
東園が一人で経営しているペットサロン「ドッグビューティー」は、繁盛していないらしい。
大方、暇で僕を訪ねようとした所、ビルから出て来た、僕と花月ちゃんを見て驚いて尾行していたのだろう。
「で、何か用?」
受付用の椅子に座る。
東園は人間が苦手で、自分のテリトリーであるこの場所か、僕の住処でしか会話が出来ない重度患者だ。
それなのに店を経営とは、馬鹿としか思えない。
ちなみに、東園の店の常連は鴉さんの愛犬三匹だ。
そう、東園は僕たち側の人間。
「だから、女の子! 誰? お前の、女? お前って、女興味あったの?」
「……まだ、僕のじゃない」
「ま、まだ? おい、お前、まさか?」
引きつった顔を僕に向けるが、僕にも分からない。
「分からない」
東園は、何かを探るように目線を動かした。
こいつは、人が苦手なだけあって、人の心情というか、言動には敏感だ。何かキャッチしたのだろう。僕の気付かない僕の感情だろうか。だから嫌いなんだ、こいつ。
人の顔を見たくないが為に、前髪や何やら、とにかく女のように髪が長い。
しっかりと食っているのか怪しい体型な為、女に間違われることも多い。眼鏡を掛けているため、顔は見えにくいが、確かそんなに悪くない顔立ちだったはずだから、より女に見える。
「あの女の子、俺、見た事あるぞ! 確か、この辺で! わざわざここに来たのって、まさか……」
「うーん。花月ちゃんじゃないよ。弟、見てみたいなって」
「お前、弟の方狙ってんのか?」
「は? 僕はゲイじゃない。殺すよ?」
「はっ、一番死ぬ確率が高いのは、実戦しているお前だろ? 俺を殺したら、お前、どこから武器手に入れるんだよ?」
東園は、重度のガンマニアでもあった。
トイガン、エアガン等を改造し、実弾を使える様に作る。もちろん、裏ルートで手に入れた本物も改造する。僕の手に合う品を、作ってくれる。
正直、死なれると、まあまあ困る。けど。
「確かに困るけど、僕が消えても、東園は困るよね。ここ、直ぐに潰れるよ」
東園は、その性格から人を信用出来ない。だから、滅多に依頼は受けない。
高校からの腐れ縁で、依頼の九割は、僕だ。
つまり、ほとんどの収入源は、僕にかかっている。
「ああー! そうだった。おい、俺の為に死ぬなよ。あの女についても、何も言わない。関係無いからな」
「そうはいかないよ。手伝ってもらいに来たんだ。こんなに近い、良い場所に住んでいるんだから。見たことだって、あるんだろ?」
「えっ、いや、あるけど。名前だって知らないし」
「花月ちゃん。さっき言っただろ? 僕が仕事で忙しい時で、尚且つ、彼女が外出する時。後をつけるだけで良い。もし万が一、何かあったら東園に任せるよ」
「嫌だよ、俺だって忙しい。それに」
「報酬は弾むよ。いつもの倍出す。それでも駄目かな?」
「ば、倍!? そんな、まさか……」
「本気。きちんと払うよ。約束する」
明らかに迷惑そうな雰囲気から一転した。そんなに傾いているのか、この店は。
「し、仕方ないな。受けてやるよ」
「ありがとう、助かるよ。機械は絶対じゃないからね。ま、人も絶対じゃないけど」
「機械? 何かで監視でもしてるのか?」
「例のアプリだよ。監視じゃなくて、見守っているつもりだけどね」
「あの、盗撮盗聴GPSの何でも有りアプリか? まさか、お前、そ、そこまでしてるのか。引く、引くわ。いや、え、その顔で何故にたった一人、それも根暗そうな女子高生を? とにかく、本気なんだな…………」
動揺しているのか、怯えているのか。
「お前が、そんなストーカーみたいな奴だったとは」僕に何を期待していたのか、幻滅している。
「よく分からないけどね…………あ、メールしようと思ってたんだ。ええ、と」
仕事以外のメールとかしたことないから分からない。
そんな僕の様子を、東園は唖然として見ている。
「お前、まじか! そんな尽くすタイプだったっけ? 駅でも思ったけど、そんなに優しい笑顔出来る奴だったけ? お前の仮面どこ行った!?」
「ねえ、動物の絵文字を入れようと思うんだけど、絵文字ってどこにあるの?」
東園が何か興奮しているが、寂しがっているであろう花月ちゃんへのメールに忙しい。
東園は機械に強いらしく、スラスラと文句を言いながら教えてくれた。
無事に送ったところで、盗撮機能を思い出し、さっそく遠隔してみる。
僕のスマホへ送られてきたのは、天井。一般家庭らしい、天井。
「ほ、本当に盗撮出来るんだな。しかも、相手が気づかないうちに、だろ?」
「そうみたいだね。他の機能も全て試してみた。なかなか精密に作られているから、僕は満足してる。東園も使えば?」
「俺は遠慮する。相手もいないから。それより、この子の弟に会うのか?」
「うーん……やっぱりいいや。情報来てからにする」
その後もアレコレ聞かれたが、何を興奮しているのか、僕の言動に終始驚いていた。
そして、その間にも、花月ちゃんと連絡を取り合った。
次の日の朝。
思ったよりも早く花月ちゃんのスマホが動いた。
こっちに通知が来ればもっと楽なのに。今度言っておこう。
昨日聞いたやり方で、おはようメールを制作する。ちなみに、昨日と動物の絵文字は変えた。
送信すると、直ぐに返事が。通学途中だと言うので、「頑張って」と入れておく。
そこからは、盗聴。
確かあの学校はスマホ禁止のはず。そうなると、ずっとバッグの中。聞ける範囲は限られるが、聞かない考えは無い。
クラスに着いて直ぐに呼び出しをくらった様だ。
会話を聞いていると、鴉さんに掃除された子の一人。恐らく、去り際に脅していた同じ制服の子。
なんとなく予想はついていたが、いじめられていたのかな。
会話は終わり、声のビビり具合から、いじめは休止するだろう。
それからもずっと聞いていると、ある単語が聞こえてくる。
「…………文化祭?」
そうか、お化け屋敷をやるのか。楽しそうだな。
行こうかな、僕も。
午後まで聞いていて思ったことがある。
花月ちゃんは、本当に友達がいない。ほとんど、誰とも会話をすることなく、午後の授業に突入していた。
この調子じゃ、毎日だろう。
今日の放課後は会えるかメールしよう。
餃子でも作ろうかなー。盗聴しながら、買い物を済ませ、ビルで下ごしらえをしておく。もちろん、一人では食べきれない量。
昨日の食べ具合から、花月ちゃんはきっと、これくらいは食べるだろう、とか予想して作るのは楽しい。
そんな時、僕の胸を騒がせる出来事が。
メールに、返信が来ない。いつまで経っても、だ。
見ていないのかもしれない。そうは思うが、GPSでは、もう学校を出ている。何故見ない?
それとも、無視をしているのだろうか? 嫌われた? まさか。
こういうとき、どうすれば良いか分からない。駅まで行ったら迷惑だろうか。待ち伏せしていると思われるだろうか。東園みたいにストーカーだと思われるだろうか。
「…………こんな事になるなら、昨日のお茶に睡眠薬でも仕込んでおけば良かったなー。そうすれば」
そうすれば、閉じ込めておけたのに。心が騒ぐ事など、無かったのに。
…………でも。
「でも、僕の部屋は、監禁用には出来ていないからなぁ。うーん、作っておくか」
仕方ない。それに、作っておくだけでも、僕の心の精神安定剤になるだろう。今みたいに、ハラハラしない。
いつでも閉じ込めておける。そう思えるだけ、ずっと安心する。
行くだけ行ってみよう。見ていないなら、直接言えば良い。無視しているのなら……僕を見た瞬間に分かるだろう。彼女は、顔に全部出る。