僕の住む場所で
神戸視点です!
右手に持った白のスマートフォン。
買い物から帰ってきた頃に、着信が入っていた事に気づき、今、折り返しかけ直した。
「それで、僕の報酬はどうなっているの?」
電話の相手は取引先。仕事を紹介してくれ、僕を気に入ってくれている、鴉さん。一応、男だ。
僕の仕事は、世間でいう殺し屋だ。
今朝終えたばかりの依頼金は、どうやら手渡しらしい。
どこに取りに行けばいいか問うと、低く野太い返事が返ってきた。
「下町にある、レンタルショップの……」
「ちょっと待って」
数人の若い下品な声が下の階から、聞こえてきた。
また、あの若者だろう。覗けば、手に酒を持っている。またか。
「どうしたの? カノトちゃん?」
「うるさい悪ガキ共が、来たみたい。話聞こえなくなるから、ちょっと待ってて」
電話の向こうでは「やだ、こわいわね」と野太い声が返ってくる。
怖いのはお前の見た目だろう。キングコングみたいな大きさの癖に、ニューハーフという、悪夢を見そうな外見をしている、鴉さん。どう見ても仕事紹介人より、作業する側だ。
昔は彼も、作業側だったみたいだけど。
下の若者達には、悪いが帰ってもらおう。
僕は昨夜から寝てない為、疲れている。
警察でも呼ぼうかと、もう一つのスマホ、私生活用の黒い方を取り出す。
すると、声が聞こえてきた。
「わ、私! 人を呪えるんだからね!」
あまりに突然で、あまりに堂々とした声のため、吹き出しそうになった。
どんな子か見てみたくて、僕は身を乗り出して、声の主を探す。
夕陽に照らさせて、下の様子はよく見える。
ここに来ている若者達とは、明らかに異なる真面目系の女の子。
きっちりと制服を着ている、気の弱そうな小柄な子は、周りが引いているにも関わらず「ほ、本当なんだよ!」と、今だ言っている。
なんだか面白くなってきて、そのまま眺めていると、なんと、アラビア語を唱え始めた。
文にはなっておらず、単語を並べているだけ。「車」「紙」「税関」「手帳」等、会話にはなっていない。
そうだ、僕が助けてあげよう!
その辺に落ちていた、恐らく若者達が以前捨てて行った空きのワインボトルを、躊躇なく落としてみた。
バリン、勢いよく粉砕するのは、気分が良い。
若者達が何やら動揺していて、怖くなったのか、真面目そうな女の子が数歩、後退った。今なら彼女を傷つけずに済むかな、と思い、買ってきたばかりの真っ白い皿、数枚を投げる。
逃げていこうとする若者達に向かって、手加減無く、当たって死ねば良いくらいの勢いで投げた。
バタバタと悲鳴を上げながら出て行った。
その中の一人、彼女と同じ制服を着たギャル風の女が、何か話して行った。途端に彼女の顔色が悪くなる。
脅されたのだろうか?
右手に握っていたスマホから微かに声が聞こえて、通話中だったと慌てて耳に当てる。
「ちょっと、カノトちゃん大丈夫?」
「ああ、大丈夫。それより、鴉さんは、若い男の子好きかな?」
「あら、なあに? 好きよ、大好き! 大好物! 特に十代後半から二十代前半ね!……イイ人、いるのかしら?」
「それなら良かった。僕の住みかに無断で侵入してくる子が数人いてね。躾をしてほしいんだけど、その報酬に、気に入った子を連れていくと良いよ。お仕置きに」
「あらあら……喜んで! 可愛い子いるかしらぁ?」
「どうだろう……ん?」
「どうしかしたの、カノトちゃん?」
話ながらも、今だ動かない彼女を眺めていたら、出口とは反対方向に歩き出した。
足取りはフラフラとしていて、危なっかしい。
「……ガキ共の情報は後で送る。鴉さんも、報酬場所、メールで送っておいて。僕は少し用事が出来た」
「わかったわん」
直ぐに通話を切ると、荷物をその場に置いて、彼女を追った。
何故だか、放っておけなかった。
気づかれないように暫く眺めていたら、なんと屋上にやって来た。
フラフラと、端の方まで行ってしまう。
……飛び降りるつもりだろうか?
「ねぇ、君」
背中に声を掛けても、反応はない。
聞こえていないのか?
そのまま飛び降りるつもりなのか、と不安になり、彼女の腕を掴んだ。
「君、何をしているの?」
儚く弱い小動物みたいに先程も怖がっていたので、出来るだけ優しく、笑顔で訊ねてみた。
振り返った彼女は、先程見た時よりも衰弱している様に見えた。
適当に理由をつけて、部屋へ連れて行く事にした。
そういえば、誰かを招待するのは初めてだ。上手く出来るだろうか。
衰弱しているのは腹が減っているからと思い、その為には彼女の情報が必要だと思った。
彼女に見えない位置で、利き手である左手で白いスマホから、鴉さんへ素早く連絡する。
白いスマホは、基本仕事用だ。
そして鴉さんは情報屋としての顔もある。その仕事は、とても早い。
制服から、学校名、呼ばれていた堺、という名。そして見た目の特徴も一緒に送る。
部屋つき、ソファへ座るように促す。
そして「ここにね、僕は住んでいるんだ」と笑ってみせた。
「は?」
唖然とした顔は、とても隙だらけで、思わず笑ってしまう。
自分もそう言われたら驚く、と伝えれば、本気だったのか、という顔に変わる。
顔に感情が出やすいタイプみたいだ。見ていて飽きない。
「あの、えっと……騒いでしまって、すみませんでした」
彼女が謝罪してきたので、問題ない事と、君は見ない子だと伝えれば、すんなり名前を教えてくれた。
堺 花月……良い名前だ。
僕の出したままの手に気づいた花月ちゃんは、ソファへ座る。
随分端の方に座ったので笑ってしまったが、座り心地は良いみたいだ。
名前を言うついでに、何か食べるか問うが「お構い無く!」と気を使い、腰をあげた。
僕は「座っていて」と、手を振る。すると、何故か花月ちゃんも手を振り返してきた。
なんだか可愛いな。
花月ちゃんが周囲を見渡している間、白い方のスマホを取り出す。鴉さんから返信が届いていた。仕事が早くて助かる。
今回は多めに情報料を払おう。
堺 花月。高校二年。住所と家族構成。弟は有名な不良校か。好きな物は勉強、オムライス、餃子、キーマカレー、動物。
そして、特に親しい人は無し、か。ちょうど良いな。
ピーマンとにんじん嫌いなんだ。使わないようにしよう。
その他にも、学校でどういう立場か、など、細かく書かれている。
鴉さんから「あんなところに住んで、冷えたらどうするの?」と、男の僕に渡してきた薄緑色の毛布。
使い時あったな。
寒そうにしながら今も周囲を見渡している花月ちゃんに渡す。
再び食べたいものを聞いたが、返答は変わらない。
気にしているみたいなので、僕の為にオムライスを食べてくれる様にお願いした。
優しく、出来るだけ、弱そうに。そう意識した。
僕は、この見た目からか、弱く舐められる事が多い。その為、身体は鍛えているのだが、今は長袖なので分からないだろう。
自分より弱いと思えば、花月ちゃんも安心するはず。
これなら、食べてくれるだろう。
ビルの屋上にいる時よりは顔色が良くなったが、好きな物でも食べさせてあげよう。
頷くのを見てから、台所へ行く。
ご飯や卵を準備して、ガスをつけて、とやっていると。
「あの、本当に神戸さんは、ここに住んでいるのですか?」
向こうから話を掛けてきた。
少しは興味が出てきたのだろうか。何も考えていないよりは、良い。
優しく、柔らかく答える。この建物の事とか。
すると、友達、らしき人と来た、と嘘をついた。
心配すると思ったのか、それとも、僕にまだ警戒心があるのか。
聞いて驚いた。なんと無意識にビルの屋上まで歩いてしまったとか。
…………そうか。
「でも、良かった」
僕は振り返り、しっかりと花月ちゃんを見て、安堵した。
飛び降りるつもりが無いのを聞いて、僕は心の底から安堵していた。
花月ちゃんも、安堵した様子だった。
すみません、と謝るので、気にしない様に伝える。
ジュウウ、とオムライスが二人分、作られていく。
僕も一人暮らしをして長い。オムライスは、割りと得意な方だが、どうだろうか。
見た目だけでも良くしたくて、ケチャップで柄にも無く可愛らしく名前を書いてみた。
女子高生は、こういうの、好きだろうか?
「うーん、うーん……」
唸りながら考えている自分に、気がついた。
もしかして、僕は必死に好かれようとしているのではないか、と。
ただの、一般の女子高生に。殺しを仕事としている、僕が?
いやいや、そんなわけ、だって、僕は。
「出来たよー。はい、どうぞ。飲み物は、お茶でも良いかな?」
隣に座り、オムライスを出す。ついでにお茶も。
こっそり反応を伺う。
「か、可愛い! 美味しそう!」
今日一番の高反応をしてくれた。
テンションが急に上がり、はしゃいでいる。可愛い。
照れ臭くて「止めとけば良かった」などと言えば、それすらも聞こえないのか「いただきます」と食欲が勝った様だ。
「どうぞ」
微笑んでみるが、内心バクバクだ。
どうだろうか? 美味しいだろうか? 味付けは?
そわそわして訊ねてみれば、スプーンで何度も口へ運んでいる。
「……完璧、です。美味しすぎる!」
ホッとした。
美味しそうな顔をするものだから、凄く嬉しくて、自分のもあるよ、とつい言ってしまった。
女子高生はそんなに食べるはず無いのに。
「え?」
キョトン、とした顔をして僕を見ている。
何かと僕も見返すと、どうやら僕の手が、花月ちゃんの頭を撫でていたらしい。
全くの無意識だった。
僕は何をしているのか。こんなこと、始めてだ。
考えるより、身体が勝手に動くとは。
慌てて手を引っ込める。
謝罪すると、そんなに気にしていないのか「びっくりしただけ」と返答された。
僕もびっくりだ。
ぼんやりと花月ちゃんの食べっぷりを見ながら、自分の不可解な行動、感情について考えていた。
最近は演技ばかりで、心の底から、というのが無い気がしていて、いつしか忘れてしまった。つもりでいた。
なのに今日は、少し変だ。僕らしくない。
挙げ句の果てに、人の頭を撫でるなんて。非常識だ。
何故か、イライラしてきた。
あれもこれも、全て、この女が原因なのでは?
ちらり、と横目で盗み見ると、美味しそうに頬張っている。
自然と口角が上がるのが分かる。
……………………まさか、この感情は。
ペロリと、気づけば花月ちゃんは食べ終えていた。
そして、もの足りなさそうにしている。
女子高生ってダイエットとかしてないんだな。少食だと思っていたのは、僕の勝手なイメージだったみたい。
「僕のも、よかったら食べる?」
半分以上残っている。
花月ちゃんは目を輝かせたが、僕に悪いと思ったらしく。
「いらないです」
明らかに残念そうは表情。
「じゃあ」と、少しだけ分けてあげれば、嬉しそうに食べ始めた。
不可解な感情も言動も、この頃には、もうどうでも良くなっていた。