表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
立ち入り禁止区域  作者: 白川れもん
3/6

僕の住む場所で

神戸視点です!

 右手に持った白のスマートフォン。

買い物から帰ってきた頃に、着信が入っていた事に気づき、今、折り返しかけ直した。


「それで、僕の報酬はどうなっているの?」


 電話の相手は取引先。仕事を紹介してくれ、僕を気に入ってくれている、(からす)さん。一応、男だ。

僕の仕事は、世間でいう殺し屋だ。

今朝終えたばかりの依頼金は、どうやら手渡しらしい。

 どこに取りに行けばいいか問うと、低く野太い返事が返ってきた。


「下町にある、レンタルショップの……」


「ちょっと待って」


 数人の若い下品な声が下の階から、聞こえてきた。

 また、あの若者だろう。覗けば、手に酒を持っている。またか。


「どうしたの? カノトちゃん?」


「うるさい悪ガキ共が、来たみたい。話聞こえなくなるから、ちょっと待ってて」


 電話の向こうでは「やだ、こわいわね」と野太い声が返ってくる。

 怖いのはお前の見た目だろう。キングコングみたいな大きさの癖に、ニューハーフという、悪夢を見そうな外見をしている、鴉さん。どう見ても仕事紹介人より、作業する側だ。

 昔は彼も、作業側だったみたいだけど。


 下の若者達には、悪いが帰ってもらおう。

僕は昨夜から寝てない為、疲れている。


 警察でも呼ぼうかと、もう一つのスマホ、私生活用の黒い方を取り出す。

 すると、声が聞こえてきた。


「わ、私! 人を呪えるんだからね!」


 あまりに突然で、あまりに堂々とした声のため、吹き出しそうになった。

どんな子か見てみたくて、僕は身を乗り出して、声の主を探す。



 夕陽に照らさせて、下の様子はよく見える。

 ここに来ている若者達とは、明らかに異なる真面目系の女の子。

 きっちりと制服を着ている、気の弱そうな小柄な子は、周りが引いているにも関わらず「ほ、本当なんだよ!」と、今だ言っている。


 なんだか面白くなってきて、そのまま眺めていると、なんと、アラビア語を唱え始めた。

文にはなっておらず、単語を並べているだけ。「車」「紙」「税関」「手帳」等、会話にはなっていない。


 そうだ、僕が助けてあげよう!


 その辺に落ちていた、恐らく若者達が以前捨てて行った空きのワインボトルを、躊躇なく落としてみた。


 バリン、勢いよく粉砕するのは、気分が良い。

 若者達が何やら動揺していて、怖くなったのか、真面目そうな女の子が数歩、後退った。今なら彼女を傷つけずに済むかな、と思い、買ってきたばかりの真っ白い皿、数枚を投げる。

 逃げていこうとする若者達に向かって、手加減無く、当たって死ねば良いくらいの勢いで投げた。


 バタバタと悲鳴を上げながら出て行った。

その中の一人、彼女と同じ制服を着たギャル風の女が、何か話して行った。途端に彼女の顔色が悪くなる。

 脅されたのだろうか?


 右手に握っていたスマホから微かに声が聞こえて、通話中だったと慌てて耳に当てる。


「ちょっと、カノトちゃん大丈夫?」


「ああ、大丈夫。それより、鴉さんは、若い男の子好きかな?」


「あら、なあに? 好きよ、大好き! 大好物! 特に十代後半から二十代前半ね!……イイ人、いるのかしら?」


「それなら良かった。僕の住みかに無断で侵入してくる子が数人いてね。躾をしてほしいんだけど、その報酬に、気に入った子を連れていくと良いよ。お仕置きに」


「あらあら……喜んで! 可愛い子いるかしらぁ?」


「どうだろう……ん?」


「どうしかしたの、カノトちゃん?」


 話ながらも、今だ動かない彼女を眺めていたら、出口とは反対方向に歩き出した。

足取りはフラフラとしていて、危なっかしい。


「……ガキ共の情報は後で送る。鴉さんも、報酬場所、メールで送っておいて。僕は少し用事が出来た」


「わかったわん」


 直ぐに通話を切ると、荷物をその場に置いて、彼女を追った。

何故だか、放っておけなかった。



 気づかれないように暫く眺めていたら、なんと屋上にやって来た。

フラフラと、端の方まで行ってしまう。

……飛び降りるつもりだろうか?


「ねぇ、君」


 背中に声を掛けても、反応はない。

聞こえていないのか?


 そのまま飛び降りるつもりなのか、と不安になり、彼女の腕を掴んだ。


「君、何をしているの?」


 儚く弱い小動物みたいに先程も怖がっていたので、出来るだけ優しく、笑顔で訊ねてみた。


 振り返った彼女は、先程見た時よりも衰弱している様に見えた。

 適当に理由をつけて、部屋へ連れて行く事にした。

そういえば、誰かを招待するのは初めてだ。上手く出来るだろうか。

 衰弱しているのは腹が減っているからと思い、その為には彼女の情報が必要だと思った。

彼女に見えない位置で、利き手である左手で白いスマホから、鴉さんへ素早く連絡する。

 白いスマホは、基本仕事用だ。

そして鴉さんは情報屋としての顔もある。その仕事は、とても早い。

制服から、学校名、呼ばれていた堺、という名。そして見た目の特徴も一緒に送る。


 部屋つき、ソファへ座るように促す。

そして「ここにね、僕は住んでいるんだ」と笑ってみせた。


「は?」


 唖然とした顔は、とても隙だらけで、思わず笑ってしまう。

自分もそう言われたら驚く、と伝えれば、本気だったのか、という顔に変わる。

 顔に感情が出やすいタイプみたいだ。見ていて飽きない。


「あの、えっと……騒いでしまって、すみませんでした」


 彼女が謝罪してきたので、問題ない事と、君は見ない子だと伝えれば、すんなり名前を教えてくれた。

 堺 花月……良い名前だ。


 僕の出したままの手に気づいた花月ちゃんは、ソファへ座る。

随分端の方に座ったので笑ってしまったが、座り心地は良いみたいだ。


 名前を言うついでに、何か食べるか問うが「お構い無く!」と気を使い、腰をあげた。

 僕は「座っていて」と、手を振る。すると、何故か花月ちゃんも手を振り返してきた。

 なんだか可愛いな。


 花月ちゃんが周囲を見渡している間、白い方のスマホを取り出す。鴉さんから返信が届いていた。仕事が早くて助かる。

今回は多めに情報料を払おう。



 堺 花月。高校二年。住所と家族構成。弟は有名な不良校か。好きな物は勉強、オムライス、餃子、キーマカレー、動物。

 そして、特に親しい人は無し、か。ちょうど良いな。

ピーマンとにんじん嫌いなんだ。使わないようにしよう。


その他にも、学校でどういう立場か、など、細かく書かれている。


 鴉さんから「あんなところに住んで、冷えたらどうするの?」と、男の僕に渡してきた薄緑色の毛布。

使い時あったな。

 寒そうにしながら今も周囲を見渡している花月ちゃんに渡す。


 再び食べたいものを聞いたが、返答は変わらない。

気にしているみたいなので、僕の為にオムライスを食べてくれる様にお願いした。



 優しく、出来るだけ、弱そうに。そう意識した。

僕は、この見た目からか、弱く舐められる事が多い。その為、身体は鍛えているのだが、今は長袖なので分からないだろう。

 自分より弱いと思えば、花月ちゃんも安心するはず。


 これなら、食べてくれるだろう。

ビルの屋上にいる時よりは顔色が良くなったが、好きな物でも食べさせてあげよう。

頷くのを見てから、台所へ行く。


 ご飯や卵を準備して、ガスをつけて、とやっていると。


「あの、本当に神戸さんは、ここに住んでいるのですか?」


 向こうから話を掛けてきた。

少しは興味が出てきたのだろうか。何も考えていないよりは、良い。


 優しく、柔らかく答える。この建物の事とか。


 すると、友達、らしき人と来た、と嘘をついた。

心配すると思ったのか、それとも、僕にまだ警戒心があるのか。

 聞いて驚いた。なんと無意識にビルの屋上まで歩いてしまったとか。


…………そうか。


「でも、良かった」


 僕は振り返り、しっかりと花月ちゃんを見て、安堵した。

飛び降りるつもりが無いのを聞いて、僕は心の底から安堵していた。

 花月ちゃんも、安堵した様子だった。


 すみません、と謝るので、気にしない様に伝える。


 ジュウウ、とオムライスが二人分、作られていく。

僕も一人暮らしをして長い。オムライスは、割りと得意な方だが、どうだろうか。


 見た目だけでも良くしたくて、ケチャップで柄にも無く可愛らしく名前を書いてみた。

女子高生は、こういうの、好きだろうか?


「うーん、うーん……」


 唸りながら考えている自分に、気がついた。


 もしかして、僕は必死に好かれようとしているのではないか、と。

ただの、一般の女子高生に。殺しを仕事としている、僕が?

いやいや、そんなわけ、だって、僕は。


「出来たよー。はい、どうぞ。飲み物は、お茶でも良いかな?」


 隣に座り、オムライスを出す。ついでにお茶も。

 こっそり反応を伺う。


「か、可愛い! 美味しそう!」


 今日一番の高反応をしてくれた。

テンションが急に上がり、はしゃいでいる。可愛い。

照れ臭くて「止めとけば良かった」などと言えば、それすらも聞こえないのか「いただきます」と食欲が勝った様だ。


「どうぞ」


 微笑んでみるが、内心バクバクだ。

どうだろうか? 美味しいだろうか? 味付けは?


 そわそわして訊ねてみれば、スプーンで何度も口へ運んでいる。


「……完璧、です。美味しすぎる!」


 ホッとした。

 美味しそうな顔をするものだから、凄く嬉しくて、自分のもあるよ、とつい言ってしまった。

女子高生はそんなに食べるはず無いのに。


「え?」


 キョトン、とした顔をして僕を見ている。

何かと僕も見返すと、どうやら僕の手が、花月ちゃんの頭を撫でていたらしい。


 全くの無意識だった。

僕は何をしているのか。こんなこと、始めてだ。

考えるより、身体が勝手に動くとは。

 慌てて手を引っ込める。


 謝罪すると、そんなに気にしていないのか「びっくりしただけ」と返答された。

 僕もびっくりだ。


 ぼんやりと花月ちゃんの食べっぷりを見ながら、自分の不可解な行動、感情について考えていた。



 最近は演技ばかりで、心の底から、というのが無い気がしていて、いつしか忘れてしまった。つもりでいた。

なのに今日は、少し変だ。僕らしくない。

 挙げ句の果てに、人の頭を撫でるなんて。非常識だ。

何故か、イライラしてきた。

あれもこれも、全て、この女が原因なのでは? 


 ちらり、と横目で盗み見ると、美味しそうに頬張っている。

自然と口角が上がるのが分かる。




……………………まさか、この感情は。



 ペロリと、気づけば花月ちゃんは食べ終えていた。

そして、もの足りなさそうにしている。

 女子高生ってダイエットとかしてないんだな。少食だと思っていたのは、僕の勝手なイメージだったみたい。


「僕のも、よかったら食べる?」


 半分以上残っている。

花月ちゃんは目を輝かせたが、僕に悪いと思ったらしく。


「いらないです」


 明らかに残念そうは表情。

「じゃあ」と、少しだけ分けてあげれば、嬉しそうに食べ始めた。




 不可解な感情も言動も、この頃には、もうどうでも良くなっていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ