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立ち入り禁止区域  作者: 白川れもん
2/6

神戸さん、とは

今回も、花月視点です。

 食器を片付けた神戸さんは、私の向かいへ座った。


「そうだ、オムライス気に入ってくれたみたいだから、また食べにおいでよ。僕、つい買いすぎたり、貰ったりしちゃうから。来てくれると、僕も助かる」


「え、良いんですか? わ、私、意外と暇人なんですよ? それに、と、友達、とかも、いなくて」


「え、そうなの? それなら、より、良いかも。僕も友達いないから。仲良くしようよ。あ、じゃあ、僕達、友達、だね」


「友達に、なってくれるんですか?」


「もちろんだよ。花月ちゃんみたいな可愛い子と、友達になれるなんて、ありがとう」


 か、可愛い? 途端に顔に血が集まるのが分かる。

は、初めて言われた! いやいや、お世辞でも、これは……そんな、眩しい笑顔で!


「いや、あの、可愛いとか、いいですから。本当に」


「え? 本当の事だよ。それに、僕、もう二十三だから。女子高生みたいな、流行とか、そういうの、疎いから」


「わ、私も疎いです! お洒落とか、女子力も、その、無いですし……」


 お洒落も女子力も絶対、神戸さんの方がある。

神戸さんはセンスが良いのだろう。大きめの長袖シャツと細身のジーンズを着こなしている。


「じゃあ、似ているのかもね、僕達。そうとなれば、敬語も止めよう? 友達は敬語なんて使わないから」


「あ、はい! じゃなくて、分かった!」


「はい、良くできました」


 再び、今度は無意識ではない、大きな手で頭を撫でられる。

 優しい瞳で、真正面から撫でられるのは、恥ずかしい。子供みたいに神戸さんは思っているのかもしれないけど、男性に免疫の無い私は、どうにも意識してしまう。


「あ、ありがとう」


 いたたまれない! 優しい、というか、甘い感じを打破したい。

走って逃げたい気分だ。


「それじゃ、早速、連絡先でも交換しようか。えっと、スマホ、持ってるよね?」


「あ、はい!」


 ゆっくり私から手を離すと、ジーンズのポケットから黒いスマホが出てきた。

 私も急いでスクールバッグを探る。

スマホ禁止の学校の為、普段はマナーモードのカバンに放りっぱなしだ。

 シルバーのスマホを取り出して、連絡先を出そうと操作した。


「あれ、もしかして、それ最新機種? わー! 僕これ欲しかったんだよね。見ても良い?」


「そ、そうなの! 買って貰ったばかりで。あ、どうぞ!」


 目をキラキラさせながら、僕も次はこれにしよう! と色々触っている。こちらからは見えないが、まあ、知られてまずいものは無い。


「ついでに、僕の連絡先も入れておくね!」


「あ、お願いしまーす」


 すっかりリラックスした私は、今日宿題あったっけ? とカバンを探っていた。

もう家にいる気分だ。



 だから、忘れていたのだ。今日、どうやってここに来たか。

誰と何をしに、このビルを訪れたのか。




 帰り際、危ないから、と駅まで送ってくれた神戸さん。

笑顔で「また来てね!」なんて言われたものだから、ルンルンで帰路についたのは、言うまでもない。


「私、友達出来たんだー」


 帰宅した時、既に家に帰ってきていた一つ下の弟に、それはもう、満面な笑みで声を掛けた。

 弟、由月(ゆずき)は、テレビを見ながら、興味など微塵も無いように「ふーん、良かったね」と、こちらを見ようともしない。


 冷たい弟だ。いつもこんな感じだから気にはしないが。


 両親は、ほぼ毎日の様に帰りが遅い為、由月と過ごす時間の方が多い。

 でも、由月は私とは違う。

 友達もたくさんいて、たぶんだが、彼女だっている。今日は偶然にも家にいるが、帰りは、いつも夜遅い。なんだったら、朝帰りとかもある。特に何も言わないが、不良に限りなく近いリア充感がする。


「由月、ご飯食べたの?」


「……食った。出掛けてくる」


「え、どこか行くの?」


 私の問いかけには答えず、財布だけ持つと、部屋を出ていった。少しして、ガチャン、と玄関の扉がが閉まる音が聞こえた。続いて、鍵が掛かる音。

 鍵かけてくれるのは、私が一人になるからだろうな。優しさが伝わるが、静まり返った部屋は、何だか寒い。



 寂しいな、なんて思いながら風呂へ入り、ひと息つこうとコーヒーを淹れていた所で、スマホが光っているのが見えた。

 誰だろ、迷惑メールかな、なんて思った数秒後、神戸さんの存在を思い出した。

 神戸さんかな? と少しドキドキしながら、コーヒーを中途半端にスマホを手に取ると、差出人に、神戸の文字。


「友達とメールなんて始めてだ!」



 見れば、家に無事着けたかの確認メールだったが、心配してくれた! それだけでも嬉しかった。

 友達って良いなー、と思いながら、数回送りあって就寝した。

寂しい感情は、いつの間にかどこかへ行っていた。





 次の日の朝、まだ寝ているであろう由月を、起こさない様に早めに家を出た。

 今日は、文化祭の準備で早く学校に集合予定だ。クラス全員来るとは限らないが、週末に迫った文化祭。少しでも多い方が捗る。


 今年の文化祭は、お化け屋敷を自分達のクラスですることになった。

驚かす仕掛けが多くて、猫の手も借りたい。

 友達来てくれるって! と喜んでいた隣の席の子を思い出して、

神戸さん、誘ったら来るかな? などと考えていると、「おはよう」メールが届いた。


 神戸さんはメールでも可愛らしくて、よく動物の絵文字が文の最後についている。

昨夜は羊。今日はヒヨコだ。可愛い。


 心がルンルンになったまま、学校に着く。

クラスに入ると、私を見て、鬼のようにこちらを睨んできた、桜井さん。


「っひ!」


 喉が引きつり、無意識に後退る。

 そうだった、昨日、ビルで皿が降ってきて大変な事になって、それから、そうだ、明日覚悟してろよって、忘れてた! 何で学校来たの、私!!


 どうしよう、とオロオロしていると、桜井さんが私の所までやって来て「ちょっと来て」と腕を捕まれた。


 そのまま女子トイレに連れてかれて、私はバッグを抱き締めたまま隅に追いやられた。


「あ、あの、桜井さん、私……」


「これ、見て」


 桜井さんはおもむろにYシャツのボタンを外した。

え、あの、と再びオロオロする私に「これ!」と、腹部を指した。

 目を見開く。そこには、色黒くなった痣。殴られたのか蹴られたのか、大きく、痛々しい。


「ど、どうしたの?」


「どうしたの、って、あんたでしょ? どういうつもりよ! これも呪いだって言うの?」


「の、呪いは、あれはただのアラビア語で、呪いなんて……」


「じゃあ何? あの殺人鬼みたいな男は誰よ! アタシ達、逃げた先で、せっかくだからって酒呑んでたの。そうしたら、あの男が! 突然襲ってきて、皆、アタシより酷いんだから。腕とか脱臼してる子もいて……」


「ま、待って。え、何? 話が全然分からないけど」


 何だと言うのか。私の呪いは無いけど、どうして襲われて?


「あの男、アタシ達が、あのビルにいたこと知ってた。だから、あんたしか居ないと思ったの! 誰よ、あいつ! あんたの知り合いなんでしょ?」


「待っ、待ってよ、私は何も……お、男の知り合いなんて……」


 真っ先に浮かんだのは、神戸さん。

でも、神戸さんが、こんな……それに、どう頑張っても彼の腕では勝てそうに無い。


「大男よ。背の高い、ゴツい感じの、大男! すっげー強くて、でも、オカマだったけど」


「お、大男の、オカマ? そんな知り合い、いません」


 怖いよ、想像しただけでも怖いよ。

大男で、いや、なのに、オカマ? 怖すぎる!

化粧とかしているのだろうか……もっと怖いな。


「本当に? 仲間の男、何人か連れてかれたけど……何だか電話で指示されてたみたいだったし! あんたじゃないの?」


「してない! しないよ! そんな怖い人、知らないよ」


 連れてかれ……まさか、お持ち帰り? もう考えるの止めよう。


 そのあと、なんとか説得したが、疑問は残るみたいで、私への態度は相変わらず冷たかった。

それから桜井さんは、必要以上に絡んでくる事が無くなったので、そのオカマさんに心の中で少しだけ感謝する。


 文化祭の準備も順調に進んだ。

放課後、下を向いて作業していたせいか、首が痛い。

それに、文化祭の準備期間は、授業がない。勉強、出来ない。学校につまらなさも、持っていた。


 帰ろうと駅まで歩いていると、声を掛けられた。


「花月ちゃん! 帰るの? えっと、忙しいのかな……?」


「あ、神戸さん!」


 振り返ると、優しい面持ちで、でもどこか不安げな神戸さんがいた。


「どうしたんですか?」


 突然の友に、嬉しくなって駆け寄る。

見上げると、安心したような表情。


「忙しいのかな、今日は。あの、僕ね、さっきメールしたんだけど、返事が無かったから……ご飯食べに来ないかなって。餃子を作ったんだけど、作りすぎちゃって」


「え、メール!? 気づかなかった」


 確かにカバンの中を見れば、青く点灯し、連絡を知らせる私のスマホ。

 不安そうに笑う神戸さんが、なんだか捨て犬みたいで……前もあったな、この感じ。

私はこの顔に弱いのかもしれない。今日は、明日とて、予定は特に無いので、何もなくても誘いに乗るが。


「で、どうかな? また、あのビルになってしまうけど……寒いよね?」


「あ、大丈夫です! 餃子、良いんですか? 私、オムライスの次に好きなんです!」


「本当? 僕の手作りだから、口に合うか分からないけど、じゃあ、一緒に行こうか。他に食べたいのある?」


 ぱあっと、明るい笑顔で私に歩調を合わせてくれる神戸さん。

数メートル歩いてから「持とうか?」と、私のスクールバッグまで持ってくれた。

 もちろん最初は断ったが「僕、手ぶらだから」とにこやかに、自然な動作で私からバッグを取った。


 神戸さんは、スクールバッグすらも似合う。

私は羊が好きで、スクールバッグの持ち手には羊のマスコットをつけているのだが、それも似合う。

優しいさわやか系には、可愛い羊も似合うのか、と感心する。


 途中、ジュースやお菓子も買ってくれて、大満足で餃子を食べに向かった。


 神戸さんは凄く優しくて、気が利いて、良い人で、お金はあるのか奢ってくれて、甘やかしてくれる。お兄ちゃんみたいなお友達。


 ただ、甘えすぎると、人として駄目になってしまう気がして。

神戸さんがいないと、生きていけなくなる様な気がして。

 私は、それだけは気をつける様にしたい。神戸さん取り扱い説明書の注意点だと思っている。


 優しいからといって、依存しては、いけない。

だってまだ、出会って一日しか経っていない。私だってまだ、神戸さんの全てを、信用している訳では、無いのだから。



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