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立ち入り禁止区域  作者: 白川れもん
1/6

出会いました

花月視点です。

 今日もか……そう頭では分かっているけど、抗えない。


 憧れの高校に入って一年。とっても充実していた。

勉強が好きな私は毎日が楽しくて仕方なかった。と言っても大袈裟では無い。

 学校から家まで三駅離れているのだが、その間にも、電車の中で勉強する。知識が増えていく感じが、レベルアップするみたいで好きだ。



 そんな平穏が音をたてて崩れたのは、今年に入ってから。

つまり、高校二年になってクラス替えしてから。


「ねぇ、休み時間、いつも勉強してるよね。ガリ勉じゃん、キモくね?」


 突然笑いながら近づいてきたのは、一年の時から目立っていたグループの一人、桜井(さくらい)さん。


 規則を破る常習犯で、髪の色から制服の着方まで何でも注意を受けている。私とは真逆。

 私は深緑のブレザーをきっちり。蝶ネクタイも今だ毎日着けている。スカートの丈だって、膝下だ。


 規則通り、勉強してる方が褒められる。なのにどうして、私は馬鹿にされているの?


「私、勉強好きなんだ。それに、他にやること無いし」


 休み時間なんて10分程度。

その時間で、出来ることなど限られている。


「ありえなーい。友達とお話しすれば良いじゃん! だから友達いないんじゃない? (さかい)さんガリ勉過ぎ」


 ケタケタと数人に向かって笑いながら、桜井さんはそれからも頻繁に、こういった言葉を私に浴びせた。


 徐々にエスカレートしていった。

こうなるとは、なんとなく分かっていたけど、私は否定も拒否も出来なかった。

 彼女の言う事は、全て事実だから。

友達がいない、勉強ばかりしている、コミュニケーションが欠けている、運動も苦手。

どれもが、私なのだ。


「教えてあげよっか? アタシ達が、お友達の作り方!」


 そう言った桜井さんの、見たことの無い不良仲間数人に囲まれ、連れて来られたのは、学校から程近い、町の片隅にある廃ビルの二階。

窓ガラスは破れ、今にも崩れそうな建物。そういえば入口には立ち入り禁止テープが貼られていた。

 時刻は午後十六時で、夕陽が不気味さを増していた。


「あ、あの、もう、その……帰りたい」


 私はこの場所の怖さと、不良仲間の下品な笑いに、耐えられなくなり意見を始めて口にした。

すると桜井さんの目がつり上がる。


「はあ? アタシ達が教えてやるって言ってるの、嫌だって言うわけ? 何様のつもり?」


 不良仲間もこちらに注目している。

十人くらいはいるだろうか、男女半々くらいで、中には成人しているのか酒を抱えている人もいる。

 未成年に、酒を飲ませるつもりだろうか。


「で、でも、あの……私……」


「根性無いねー、無さすぎ。こんなの普通だから。皆、こういう場所探して酒呑んでるから。こーゆーことしないから、堺さんは友達出来ないんだよ? ほら、おいでー」


 馬鹿にした声を出しながら、桜井さんは私の手を引いた。

周りからは「真面目だなー」「可愛いねー堺さあん」等と、下品な笑い声が響く。


「あの! ……本当に、私!」


 エル字型の所々穴の空いた、ソファの端に座らせられそうになった時、私は勇気を振り絞って、水を差して皆の興奮しているであろう頭を冷やしたくて、大きめに声を出した。


「ま、間違ってるよ! 私、帰るから!」


 これから祝杯、とでもいう雰囲気が一気に静まりかえる。


「あのさ、あんたね、いい加減にしないと!」


 桜井さんに胸ぐらを捕まれ、咄嗟に口走った。


「わ、私! 人を呪えるんだからね!」


「…………は?」


 再び静まりかえる室内。


「おいおい、堺ちゃん、だっけ? 何? 君、場の空気直そうとしたの? ちょっと、間違えて……」


 近くにいたロン毛で鼻にピアスを刺した、金髪の男が言い終える前に私は再び口を開く。


「ほ、本当なんだよ! 呪えるの! 簡単なんだから!!」


 そう言うと、呆れた雰囲気になる人達に、アラビア語は特殊だと聞いた事があったので、適当に話してみた。途切れないように、低く、呪文の様に。

 単語をただ並べただけだが、桜井さんが引きつった顔で私の制服から手を離した。


「ちょ、え、頭大丈夫?」


 呪文に驚いて離れたかと思いきや、ただ頭の壊れた奴だと思われたっぽかった。

 ガッカリしながらも、後に引くわけにもいかず、ただただ単語を言葉にし続ける。


「おいおい、大丈夫か?」

「どうしたー、もう止めて戻ってこーい」


 数人に笑われ、止めようかと声のボリュームをだんだん小さくした時、ガシャンッ! と、目の前に高そうな空のワインボトルが落ちて来た。

 私から遠い、皆からは後方にある壊れかかったテーブルに当たり、粉砕する。

私も驚き、呪文が途切れた。


「な、なな、何?」


 まさか、本当に私の呪文と言う名のアラビア語に反応した?

 それより、あのボトルはどこから降ってきたのだろうと、上を見上げれば、ぽっかりと天井が腐敗し、無い部分もある。

奥は暗くて見えないが、このビルは確か五階くらいまであったはず。


「痛ってぇー!!! 腕擦った!」

「ちょっと! 破片! 服の中に入った!」


 そして皆、はっと我に返り、私を見つめる。

唖然としている私を見て「まさか、な」「ないない」「呪いなんてあるわけ無い」と口々に作り笑いをしながら、互いを見る。


 私は自分で呪文を言ったが、怖くなり数歩後ずさった。入ってきた扉に近づこうと。

 あろうことか、今度は皆のテーブルに皿が何枚か降ってきた。

ガシャン、パリンッ、音を立てて皆の頭上に落ちてくる。

 いや、もう落ちるというより、投げられているとしか思えないスピードだ。


 瞬間、不良達はパニックに陥った。


「きゃー!! 殺される!」

「逃げろ、早く! 頭隠せ!」

「やばい! 何? 何なのよ! 呪い? 呪いなの!?」


 私の後方にある出口へまっしぐらに走って行くけど、怖くて動けない私の直ぐ横を、何枚も皿が皆を目掛けて飛んでいく。

 身体は走りたいのに、震えるだけで動かない。


「ねえ、堺さん。アタシ、許さないから。明日から、覚悟しなよ」


 走って行く寸前。私の前でそれだけ言い、強く睨んでくる桜井さんに、私は皿以上の恐怖を抱いた。

学校に、教室に、私の居場所はもう無いと告げられていると分かったから。


 これから、どんな酷いことが待っているんだろう。

友達のいない私には、絶望的な毎日になるのかもしれない。

嫌だなあ。

 今までは、気まずい、くらいで頑張って生活して来たのに。あの目は、本気だった。

隠されたり、切られたり、陰湿ないじめにあうのかな……そういえば、私の味方は誰もいないっけ。


 そして、皆がいなくなった頃、一つの感情が私に落ちて来た。



 このまま、どこかに行きたいなー。



 例えば、そう。アリスの世界にでも。

 不思議の国のアリス。

あの世界に行ったら、何も心配しなくてもいい。知っている人もいない。ゼロから始められる。


 そんな事を考えていたからか、気がついたら辺りは暗くなり、何故か私はビルの屋上にいた。

 ギリギリに立って、町を見下ろしていた。

私に危機感は無く、ただ「このビルは意外と高いんだなー」なんて呑気に思っていた。

 飛び降りるつもりも、もちろん無かった。


「君、何をしているの?」


 背後から突然腕を捕まれたと思ったら、優しげな声が上から降ってきた。

 振り返れば、笑顔で私を見下ろす、優しい目元。

女性かな、と勘違いするくらい綺麗な顔立ちの、大人しそうな、でも背丈と声から若い男性だと分かった。

 目にかかるくらいの黒髪はサラサラで、にこやかに微笑む目元は、神の使いかと思うくらい優しい。


 私よりも随分長身だが、細身だからか、怖さは無い。


「こんな所にいたら、危ないよ、おいで」


 知らない男性に腕をとられ、ビルの奥に入って行こうとしているのに、今も恐怖心は一切無い。紳士的に見えるからか、優しく無害に見えるからか、不安も無い。

私の腕を掴む、白くて長い手を、まじまじと眺めてみる。

 本当に同じ人間だろうか。

男性の手など見慣れない為に、私よりも綺麗だ、と感心する。


 連れて来られたのは、一番奥にある綺麗な一室。

ボロい廃ビルに綺麗な一室、とは、なんとアンバランス。

 綺麗と言っても、物が少ない殺風景。赤いソファに、黒い絨毯が透けている硝子テーブルが一つ。その奥に、小さくテレビもある。が、電気は通っているのだろうか。


「そこのソファにでも座って。ここにね、僕は住んでいるんだ」


「は?」


 この廃ビルに、この優しそうな万人受けするであろう人間が、住んでいる?

 何だろう、もしかして冗談だろうか……笑うところだろうか……完全にチャンスを逃してしまった気がする。


「ふふ、冗談みたいだよね。僕も聞いたら驚くよ」


 爽やかに笑っているが、ということは、やはり本気だったのだろうか。

 え、だって、ここビルだけど、廃ビルだよ?

さっきの部屋もそうだったが、窓とか割れているんだよ? 天井だって所々無いし、ってことは床が無いって事だからね?


「あの、えっと…………騒いでしまって、すみませんでした」


 先程もいたのかもしれない、と謝罪を口にした。


「あぁ、大丈夫だよ。さっき、買い物から帰ってきたんだ。だいたいなら、ここに来る子の顔は覚えているし、君は……見たこと無いなー」


「あ、(さかい) 花月(かげつ)です。じゃあ、えっと、失礼します」


 ソファを促したまま手が止まっていた男性を見て、断ってからソファに座る。フワフワで、とてもこんな場所にあるべきソファで無いのは確かな様だ。


「あれ、そんな端に座らなくてもいいのに……改めて、僕は神戸(かのと)と言います。今の時期、ビルの屋上は寒いから連れて来てしまったけど、えっと、何か食べる? 僕ね、料理好きなんだ」


「え、あの、お構い無く!」


 よく見たら部屋の端に台所があった。そこへ向かう神戸さんに、思わず立ち上がるが「座っていて」とフヤリ、とした笑顔で手を振られてしまう。

 思わず降り返す私は、何をしているのだろうか。


 ぼんやりと周囲を見渡すと、ハンガーに服が何枚か掛けられている。本当に住んでいるみたい。


「はい、どうぞ。寒いでしょ? スカートだしね」


 いつの間に現れたのか、直ぐ横にいる神戸さんから薄緑色の毛布を手渡させる。


「あ、ありがとうございます」


……優しい。見た目だけではなく、性格まで優しくて気が利く。まさに王子様だ。


「何か食べたいものはある?」


「え、あの、本当に、お構い無く」


「そうだなー、オムライス、とか? 卵がたくさんあるから。僕一人では多くて。一緒に食べてくれると、助かるんだ。駄目かな?」


 不安そうに、訪ねてくる表情が、もう、とても手助けしたくなる様な、捨てられた子犬の様な。

 思わず頷く。

 こんな、こんな相手を配慮した誘い方があるだろうか? ドラマとか漫画でしか見たこと無いよ。


「あの、本当に神戸さんは、ここに住んでいるのですか?」


 料理中、申し訳ないとは思っていても、優しい笑顔に、柔らかい雰囲気の背中に、つい声を掛けてしまった。

怒られない。そう思えるから。


「そうだよ。このビルね、結構住み心地良いんだ。前は、えーっと、ホストかスナックか、とにかく何かを一、二階でやっていてね。そこから上は、人が数人住んでいたらしいよ。まぁ、そういう店のビルだから、そういう人が住んでいたと思うけどね」


「そ、そうなんだ。だからソファとかテーブルが多かったんですね」


「そうみたい。だから、この四階は住みやすいんだ。床もちゃんとあるから。花月ちゃんは、どうしてこのビルに? 制服だし……学生、だよね? 高校生かな?」


「あ、えっと、高校二年です。その、友達……なのかな? と、ここに。でも、皆帰っちゃって。それで、ふらふらしていたら、いつの間にか、ビルの屋上に」


 気づかないうちに、とか。馬鹿丸出しみたいで、恥ずかしくて、照れ隠しに頬をかいた。


「へー、肝試しでもしたのかな? ここ、そういう人が多いんだ。後は……花月ちゃんくらいの子が、ここでお酒を呑んだりしているのも、見たことあるなー」


 それです。私もその若者に連れて来られました。

そう思って苦笑いしていると「でも良かった」と神戸さんは、フライパンを動かしながら振り返り、私に笑った。


「てっきり、そのまま飛び降りちゃうのかと思ったから」


 その笑顔は、安堵にも見えた。

私も、神戸さんの笑顔に安堵する。あの時話しかけられなかったら、私はどうしていただろうか。


「すみません、心配おかけして」


 どこまで優しいの、この人は。

オレオレ詐欺とか、簡単に騙されてしまいそう。何かあっても、力とか……無さそう。

 ここに来る不良にも、きっと何も言えないんだ。だから、住んでいるのに、されるがまま。


「あ、気にしないで! 花月ちゃんみたいに、真面目そうな子がいたから、珍しくて声かけたのもあるから」


 室内に、良い匂いが漂ってきた。

オムライス楽しみだな。実は大好物です。




 それにしても、どうしてこんな所に住んでいるんだろ?

こんなに良い人、見たこと無いのに。

 やっぱり、騙されたのだろうか? 家もお金も一文無しになった、とか……ありえる。

あの笑顔で「でも、僕も悪かったし」とか、なんなら相手も恨んでなさそう。恨みとか、妬みとか、一番無縁の場所にいる。


「出来たよー。はい、どうぞ。飲み物は、お茶でも良いかな?」


 私の隣へ腰を下ろした神戸さんは、私の前へオムライスを置く。

オムライスはホカホカで、ケチャップで可愛く「花月ちゃん」と書いてある。

女子力高い! 文字も可愛い!

 神戸さんのには「かのと」と書かれている。


「か、可愛いっ! 美味しそう! あ、お茶、大丈夫です」


「ふふっ、ちょっと、子供っぽかったかな? 書いた後だけど、なんか恥ずかしいな。止めとけば良かった」


 恥ずかしそうに頬を染めて、苦笑いするカノトさんも可愛い。

とても成人男性とは思えない。


 いただきます、と手を合わせた。すると神戸さんが「どうぞ」と柔らかく微笑んでくれる。


 一口、まあ、なんというか、予想はしてたけど、物凄く美味しい! これは、良いお嫁さんになれる。

むしろ嫁に来てほしい。

女の私より良いお嫁さんだわ、これ。負けたな。


「ど、どうかな?」


 ハラハラしたような顔で聞いてくるが、何も心配なんていらないんじゃないかな?

むしろ神戸さんは何が心配で、私の顔を覗くのだろくか。

オムライスから口へ来るスプーンが止まらない。


「……完璧、です。美味しすぎる!」


「ほ、本当に? あー、良かった。どんどん食べてね! なんなら僕のもあげるよ?」


 ふふふ、と柔らかく笑いながら、私の頭を撫でてきた。


「え?」


 突然触れられて、オムライスを口に運ぶ手が止まる。


「ん?」


 どうかした? 言わんばかりの、キョトン顔。

だが、今だに神戸さんの右手は、私の頭に乗っている。

こっちが、キョトン、だ。


「……あ、ご、ごめんね。あ、えっと、無意識に! 何だろう、どうしたのかな、僕」


「あ、いえ。大丈夫です。びっくりしただけですから」


 勢いよく手を引っ込めたあたり、本当に無意識だったんだろう。

小さい子供みたいに見えたかな? 恥ずかしい。

美味しすぎて頬張ってたもんな、私。


 そして私は、一皿平らげた。

なんなら、神戸さんのも少し貰った。相当食い意地の張った女だと思われただろうな。


 私の、この女子力の無さよ。



 そして、この神戸さんとの出会いが、私の後の人生を、大きく変えることになる。

 もちろん、この時の私は、知らない。



今回は花月視点ですが、神戸視点の物語もこれから出てくる予定です!


前書きにて、その都度お知らせします。


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