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お星さまにお願いして願いが叶うなら

お星さまがみていたよる

作者: 雲間真黙

クレールさんの前世第二弾

こちらも読まなくても本編には全く関係のない番外編。


上司

***

後輩女子

***

同期男


の視点である一日の夜の一コマ。




※注意

ふわっと、性的な色合いをにおわせる描写が最後に出てきます。

なのでちょっとR15。


「今までオセワニナリマシタ」

そう言って『辞表』と書かれた封筒を渡されるのは、今月に入ってもう5回目だ。

「ちょっと待て。このプロジェクトはどうするんだ。おまえが抜けたら…!」

今まさに辞表を叩きつけた目の下のクマが濃い痩身の男は、先週社内プレゼンを勝ち上がったプロジェクトの立役者の一人で、彼に抜けられるのはかなり厳しい。

彼の前に辞表を置いて辞めていったのはアルバイトや新人ばかりだったから、さほど男の業務に支障はなかったが、彼の穴は大きい。

「や。もう、無理っす。耐えられません。…ていうか、あのひと居ないんなら、残る理由ないし」

小さく付け足された言葉に、同じ室内に居た社員数人の顔が伏せられ、一瞬にして空気が淀んだ気がした。

イラついて舌打ちする。

「じゃ、そういうことなんで」

「待て!何が不満なんだ?金か?このプロジェクトが成功したらボーナスがでるぞ?…給料なら、俺一人では受理できないが、上に掛け合ってみるから…」

痩身の彼は男を鼻で笑って、何も言わずに部屋を出て行った。

「―――ックソ‼︎」

ガンッ!と無駄に頑丈な事務デスクが男の革靴の先でなった。






「―――ックソ‼︎」

ダンっと空のロックグラスをカウンターに叩きつけると、若い雇われバーテンダーが迷惑そうに眉を顰めた。

気にくわない。

「おい、おまえ。客に対してその目は何だ?」

「…いえ」

「お客様は神様だろうが!ああ゛?!」

反抗的な目が、今日の痩身の男を思い出させて苛ついた。

「…失礼。お客さん、どうなさったんです?だいぶ酔っていらっしゃる」

柔らかなマスターの声が割って入って来て、男は興が削がれて舌打ちした。

男はこの店に何度も来たことがあり、マスターとも顔見知りだった。

「…いや、何でも」

苛立ち紛れについ怒鳴ってしまい、気まずく口を閉ざした。


何でこうなったんだ。


先週までは、順風満帆絶好調だった。

数か月前の同期の結婚式では、年下のかわいい女性と連絡先を交換出来た。

その帰りに同じく同期で部下だった女が事故で死んでケチが付いたが、もともと反りの合わない女だったから、言っては悪いがむしろ清々した。

今月に入ってからは、社内プレゼンで自分の部下の立ち上げたプロジェクトが脚光を浴び、課長から目をかけてもらえたところだったのに。

大した仕事も出来ないあの女が死んでもさほど混乱するほど忙しくなった訳でもないし、その些細な穴だって人員を配置して埋まっているのに、今月に入ったあたりから少しずつ人が辞めていく。

一人一人は大した仕事も出来ないつまらない連中だが、半月で5人ともなるとかなり厳しい。

一番痛いのは、今日辞表を提出した男だ。

アレはそれなりに仕事の出来るやつだったから、代わりを見つけるのは手間だ。

補充を頼みに行った人事の奴からは、嫌味まで言われた。

しかもあの男、よりにもよって捨て台詞まで吐きやがって。


『あのひと居ないんなら、残る理由ないし』


仕事もできないくせにへらへらしてるだけの女が何だって言うんだ!





***



アンティーク雑貨が上品に配置された、落ち着いた室内に、橙のランプに揺れる明かりがともる。

コーヒーの香りが染みついた店内には、初老の店主を除くと三人の女性がいた。

一人はショートボブの小柄で、成人して間もないくらいの愛らしい顔立ちの女性。

一人は二十代後半くらいのゆるく巻いた髪をシニヨンにまとめた女性。

一人はすらりと伸びた背に無造作にまとめた髪をさらりと落としている美女。三十代前半くらいだろうか。

三人三様の彼女たちは、いかにも仕事帰りという雰囲気でスーツを着ていた。

目ざといものがいれば、彼女たちの胸元に、同じ会社のバッジを見つけることもできただろう。

「…あの、私…会社、やめようかと思って…」

シニヨンの女性がうつむいて、つぶやく。

彼女の手は指先が白くなるほど握りしめられて、膝の上で震えていた。

そんな、と声を上げたのはショートボブの女性だった。

「あなたが責任を感じることはないのよ?」

「―――でもっ!もう四人も…!」

「五人よ。社内プレゼンでグランプリ取った企画の方の男。今日、担当部署の部長と課長宛てに提出されていたわ」

美女がシニヨンの女性の言葉を遮るように言うと、シニヨンの女性は目を丸くして息をのんだ。

「そんな…」

「あの(ひと)がいないのですもの。緩衝材もなしにあのプロジェクトが実行できるほど煮詰められるはずがないわ。技術の方も引き抜きの話が来ているらしいからそろそろじゃない?」

「あー…。犬猿の仲ですもんね、あの人たち」

美女が淡々と述べていく話に、ショートボブの女性が苦笑する。

「辞めていくのは本人の勝手。貴方は、どうしてやめようと思うの?」

美女の論調に、シニヨンの女性は飲まれたように浮きかけた腰を落ち着けて、コーヒーカップの中の真っ黒な水面に映る自分を見た。

「…だって…。私が、結婚式に呼ばなければ先輩は…!」

こらえていたのに、パタパタと音を立てて涙が飴色のテーブルに落ちた。

コーヒーカップの中と同じく真っ黒な胸の中で渦巻くのは後悔。

結婚という幸せの絶頂にいたはずの女性は、結婚式の終わったその足で行ったハネムーンから帰った直後に深い悔恨の海に突き落とされた。

新人の時の指導員で主人の同期の女性は、二人の出会いの場を作ってくれた恩人でもあった。

“恋愛成就の神様”と陰で呼ばれる彼女の合コンでゴールインしたカップルは多く、この場にいる三人の女性もその中の一部だ。

その彼女が、シニヨンの女性の結婚式の帰りに、事故で亡くなった。

誰もそうと面と向かって言ってこないが、責任を感じずにはいられなかった。

「馬鹿ねぇ。貴方のこと可愛がってたあの女が、あなたのそんな顔を喜ぶとでも思ってるの?」

美女は鼻で笑うような口調で言ったが、その顔はとてもそうは見えなかった。

泣き笑いのような、泣くのを必死でこらえるような、そんな表情。

「そうよ。あのひと、あなたが“辞める”なんて言ったら必死で止めようとするでしょう?」

貴方も知っているでしょう?とショートボブの女性が手を握ってくる。

ショートボブの女性の表情は明るく笑みを作っているが、握られた手は痛いほど強く、震えていた。

「あ、ごめんね」

シニヨンの女性が握られた手を見ていたら、ショートボブの女性は恥ずかしそうに手を放してひらひら振った。

みんな、少なくともここにいる三人はなくなってしまった彼女のことを強く慕っていた。

「蔭口叩かれるのが辛くてどうしてもっていうんなら止めないけど。あの(ひと)のせいにして辞めるのだけは無しね。あの(ひと)のことを思うんなら、幸せにならなきゃ」

「そうそう。笑ってたら嬉しそうに笑ってくれる気しない?人の泣き顔見たら一瞬無表情になるでしょ、あのひと。あれ、どうしたらいいかわかんなくって焦ってる顔なんだって」

「ああ、あのこ微笑みがデフォルトだから」

ショートボブの女性の言葉に、シニヨンの女性はここに来て初めて小さく笑った。


それから三人の女性は、茜色の空に星が輝くまでの間、故人の話に花を咲かせて笑った。

三か月前花嫁になったシニヨンの女性を含めて、ようやく、三人の女性は笑えるようになっていた。






***





彼は溜息を吐いて身体を重たげにソファに投げ出した。

革張りのソファが彼の身体を受け止めてぎしり、と抗議の声を上げた。

「…お疲れ様」

妻が、疲労の色濃い男に痛ましげな眼差しをむけて暖かな湯気の立つカップをテーブルに置いた。

三か月前に結婚したばかりの妻の目元は微かに赤かった。

「ありがとう」

温かいコーヒーの入ったカップを持つと、指先からじんわり熱が伝わってきて、ほっと肩の力が抜けた。

隣に座った妻が、肩に頬を寄せてくる。

その柔らかな温かさが、愛おしかった。

「…五人目…って、聞いた」

妻の言葉にピクリと肩が揺れる。

近くから見上げてくるうるんだ瞳に温まってきていたはずの心が急に冷えていく。

「ねぇ、あなたは大丈夫?」

妻のダークブラウンの眼差しは思いやりと不安に揺れていた。

だから、安心させなければならないと、無理に笑う。

「大丈夫。俺のところの部署はあんま影響ないし」

妻の目の中の不安の色は消えなかったけれど、彼の言葉に一応微笑んでくれた。

「俺より、お前は大丈夫か?」

多少赤くなった目元を指で拭うと、妻はうれしそうに笑う。

「うん。今日ね、早引けして会社の帰りにみんなで飲みに行ったの」

みんな、という言葉で思い浮かぶのは、妻の同僚の女子社員数人くらいだ。

「飲みに?」

だが、飲みに行ったという割に、妻からアルコールのにおいもしないし、日付が変わる前に帰宅した彼を出迎えもしてくれたのに、と不思議に思う。

「うん。先輩のお墓、遠いから。先輩の好きだった喫茶店でお茶飲んできた」

「…そっか」

「…うん。みんな…幸せになんなきゃ、先輩に申し訳ないって、…頑張って幸せになろうねって…」

顔を覆って鼻をすすり始めた妻の頭を抱えて撫でた。

「幸せになろうね。先輩の分も」

「……そうだな」

甘いシャンプーの香りと温かくて柔らかな妻の体を抱きしめて、女は強いな、と彼は思った。





甘くてアルコール度数の低いカクテルしか飲めなかった女を(おも)いだす。

彼女の、背中まで伸びた真っ黒な髪は、甘いけれどどこか爽やかな香りがした。

凛と伸びた細い肩を抱き寄せたら、妻と同じように柔らかくて暖かかっただろうか。









彼は答えを知らなかった。





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