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びたんっ、と倒れ込んでしまいました。同時にカッと音が鳴ったのは、床にくちばしがぶつかったからです。
痛いっ!!
呻き声をあげる余裕もなく、わたしはその場に倒れ込んだまま、痛みを堪えるしかありませんでした。
ただいまの挨拶をする余裕はありません。
少しの間悶絶して痛みをやり過ごして、ようやく体を起こす事が出来ました。
着地が上手にできないのは今に始まった事ではないですけれど、障害の無い場所でここまで派手に失敗したのは久しぶりでした。
よりにもよって、どうしてここで、このタイミングなんでしょう。
王子様が台座にいらっしゃることは解っているので、もう辺りは暗いです。わたしは迷いなく王子様がいらっしゃるだろう方へと顔を向けました。
………見ていらっしゃいましたね。でも、それを隠すために今顔を逸らされたんですね。
ぷいっ、と音がするくらいの勢いで横に向かれてしまわれました。
でも、王子様、「大丈夫?」って心配なさるような方じゃないですし、「ドジ」って言われないだけ良い方なのかもしれません。王様だったら大丈夫か? って聞いてくださいそうですけれど。
今朝会ったっきりの方ですが、意外とここから近くにいらっしゃったことが判明しました。公園内にいらっしゃるのは分かっていたのですが。
あ、また遊びにおいでって言ってくださったんですよ。その時には王妃様をご紹介いただけるそうです。それは楽しみなのですが。
「あの。王子様、お聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ」
あ、聞いていただけるようです。王様から王子様にお話しするよう言われていたのですが、わたしのお話、聞いていただけるようで安心しました。うるさいの一言で会話終了も懸念していましたから。
「あの、あのですね。王子様はお花にお詳しいのでしょうか」
サファイアが細められました。暗くなったせいで、光っていても王子様の表情が読みにくいです。失礼しますと断って、ちょこちょこ王子へと歩み寄りました。
そしてはたと思い出します。王様に言われたからとそればかりに気を取られていましたが、わたし、王子様をご不快にして逃げたままじゃないですか!
「ゆ、昨夜? は、すみませんでした」
お話するのは王様に言われた事なので、お伝えしなければなりません。王様も王子様同様に台座から離れることができないそうで、すぐ近くにいらっしゃるのに、お互い顔を会わせられたことはないそうなのです。そんな関係の王様からわたしにお話しするようにとわざわざおっしゃられたのですから、きっと何か意味があるのだと思います。
「…それはもういい。俺も、悪かった。少し言い過ぎた」
で、なんだ? とわたしにお話しする許可をいただきました。
「えっと、その、昨夜飛び出してですね、わたし、銅像の王様にお会いしたのです」
お話しつつ王子様の表情を窺いますが、夜なので、サファイアの大きさの変化でしかわたしは王子様の表情の変化を読み取れません。とりあえず、サファイアは大きくなっても小さくなってもなかったです。
「で?」
それなのになぜでしょう。たった一言にまるで冷気でも込められているような。王子様、実は魔術が使えたりできるのでしょうか。
「それで色々とお話をしたり聞いたりした結果、王様にお手伝いを頼まれまして」
あ、サファイアがすっごく細くなりました。
思わず身をすくませると、舌打ちまで…なんて追い討ちっ!!
「そ、それでですね…あの」
「ツバメ」
「は、はい!?」
「お前、声が小さすぎる。もっと近くで喋れ」
―――思っている事が素直に口からこぼれる性格ではなくてな。―――
唐突に、王様の言葉を思い出しました。
腹の探り合いが常態な環境で育ったから、捻くれてたんだ、って。
じゃあ、これもひねくれていらっしゃる?
声が小さくて聞こえないと王子様が、大きな声で話せ、ではなく、近くで喋れとおっしゃるのは。
おしゃべりを中断して王子様の足もとへと近づきました。
もしかして、わたしが思っていた以上に、王子様はわたしの事を不快には感じていらっしゃらないのでしょうか?
そうだといいな、という期待は半分だけにしておきます。そうでなかった時は悲しすぎますから。
嫌われているなら、別の寝床を探そうかとも考えたのですが、今夜は大丈夫でしょうか。
もっとも、鳥目なので出て行けと言われても移動できるのは大概です。頑張って王様の所まではいくつもりでした。だって、いつでも遊びに来ると良いって言ってくださったんですもの。
王子様の足もとまでたどり着くと、にゅっと手が伸びてきました。王子様の金ぴかの手です。わたしの頭上で止まっています。はて?
「………乗れ」
見上げた、わたしの頭の真上にあるのは、どうやら王子様の手のひららしいのです。王子様は「乗れ」とおっしゃりましたが、この場合、『手の甲』に「乗れ」と仰られているのでしょうか? 王様は『手の平』に乗せてくださったのに。
高さ的に、わたしの短い脚でよじ登れる感じではありません。ぴょんと飛び乗るのも無理です。飛ばなくては無理、です。
着地が苦手なのですが。
手から飛び降りてというのなら喜んでするところなのですが、その逆というのは困ったものです。急降下するわけではなくてもそれなりに勢いがついてしまいますから。
王子様の身体は青銅と金で出来ていらっしゃるのですが、痛覚はおありなのでしょうか? 視覚と聴覚はお持ちのようですけれど。
「早く乗れ」
「飛び乗ったら痛いかもしれません。痛くなくても金箔がはがれてしまうかも」
声が小さいと指摘を受けておりましたので、意図してボリュームを大きくして答えました。お腹に結構力入れましたので、良く聞こえたんじゃないでしょうか。
頭の上にあったお手が、地面すれすれまで降りてきました。
わたしの予想では引っ込められるはずだったんですけれど。これってやっぱり「乗れ」って事でしょうか?
「逆さ吊りにされたいのか? それとも足をもがれたいのか? そういう趣味があるとは知らなかった」
…乗りましょう。
地面すれすれまで降りてきたと言っても、わたしの脚は短いので、簡単に乗れるわけではありません。飛び乗る事が出来る高さではありますけど、止めておきます。
王子様の金箔を気にしてではありません。飛び乗った後、つるんと滑って転びそうな予感がしたからです。
慎重に足を引っかけた後、無事に上る事が出来ました。ぺしょんと手の上で倒れたのはご愛嬌です。
あ、頭上にあった時は手の甲が上だったのに、今は手の平が上になっていました。
体勢を整えている間にわたしの身体はどんどん高みへと…いえ、普段飛んでる高さに比べたら全然低いのです。でもなんとなく、そんな表現がぴったりで……お膝の上に降ろされました。
勿論、王子様のお膝です。
降りるではなく降ろされたのです。正しくは、お膝の上に到着した王子様の手が傾いたため、転がり落ちたのですけれど。
せっかく体勢を整えていたのに、また整え直しです。
「で、続きは?」
「はい? あ、はいっ!!」
危ない危ない。声が小さいという事で、ちょっと話が脱線してしまっていました。




